第75話 声を上げろ


「国を――盗る……?」


 いきなりの言葉に、さすがのエルフの少女も一瞬言葉を失い目を見開いていた。


 ヒトからかけられるとはついぞ思わない、あまりにも予想外の言葉だった。


「そうだ。今のおまえたちに、胸を張れるものはない。つまり――逆にもう失うものもないわけだ」

「強いて言うなら命だけですかね」

「ソイツを賭けられるかどうかが大事なところだ」


 ロバートにエルンスト、そしてスコットが続いた。


 根っからの武闘派が率先して焚き付けにいっている。まったくもってこれはタチが悪い。


 残る将斗とジェームズはやれやれと顔を見合わせたが、周りで見ているマリナやサシェ、それにクリスティーナからすれば「あんたらふたりも同類だ」と言ってやりたかった。


「だが、国を盗るなど……。突然そのようなことを言われても……」


 先ほどまでの隠し切れない高慢な態度はどこへ行ったか、エルフの少女は狼狽えていた。

 周りのエルフたちも同じような様子だった。


 感情に突き動かされた言動をしているが、やはり迫害のせいで種族としての礎となるものがなく、想定外の事態に対応できないのだ。


「簡単だろ。相手は憎きバルバリアだ。ヤツらを叩く」

「這い上がるってんならそれくらいしないでどうする?」

「そうだぞ。これまで散々に好き放題やってくれた連中に一発カマしてやりたくないのか?」


 スコット、エルンスト、ロバートの順でさらに畳みかけた。

 彼らの中でエルフたちにバルバリアとの戦争を起こさせるのは今や確定路線だった。

 あとは首を縦に振らせるだけだ。ヤクザの所業だろうか?


「先に言っておくが、この提案には当然だが打算もある」


 そこからロバートはきちんとこちらの目論見も説明していく。


 中央から離れ情勢が安定している上に教会とはつかず離れず、軍拡思考にない小国のエトセリア。その東端に(無許可で)基地を作ったはいいが、東方亜人領域への接触を行うにあたり間に位置する仮想敵国バルバリアがどうにも邪魔なのだ。


「あの国は教会の影響力が大きいと聞いているからな。いずれ敵対することは避けられない。なら先に潰しておかなければ本番で背後から殴られる。無論、我々もエルフたちに最大限の支援は惜しまない」


 とはいえ、現状で動かせるのは〈パラベラム〉のメンバーだけだ。


 国内貴族の掌握が済んでいないヴェストファーレンが軍を動すのはまだ早いし、できる限り本番まで兵力を損耗させたくない。

 彼らには教会軍を万全の態勢で迎え撃ってもらわねばならないのだ。


 だから、ここでエルフに兵を挙げさせ国を盗らせる。


 エルフ――亜人デミが曲がりなりにも国を持ったとなれば、周辺国も――それこそ敵も味方も焦りを覚えるだろう。

 またヴェストファーレンとしても、同盟を結ぶ相手がそれなりの規模となれば、いかに亜人という差別意識があっても軽々しくは扱えない。


 〈パラベラム〉だけでの徹底的な斬首作戦も可能だったがそれは見送ることにした。


 この世界で生き残るためには共同体の大きさ――国を持つことも必要かもしれない。


 しかし、今はまだ地球組も小所帯だ。

 少数派で国を運営するなど不可能だし、現地側に寝首を搔かれかねない。積極的に取りに行く場面ではないのだ。


「……わかった。当然、国王陛下の承認は必要だが、わたしはその案に乗りたいと思う」


 支援という言葉を聞いて少女は力強く頷いた。

 周りのエルフたちにも反対する気配はない。


 悪くない流れだ。先に味方に取り込んでおけば、妙な方向には転がらずに済むだろう。


「さて、どうする? お膳立てはしてやる。必要ならある程度の訓練もつけてやる。だが、仇敵を殺すのはおまえたちだ。自分自身の意思と殺意が必要だ。戦うか否か、それを決めろ」


 あらためてロバートは問いかけた。


 今が最も傷が新しい。魔法に優れたエルフを好条件で引き込むなら今しかない。


「――やる。これを逃せば、我らも他の種族も二度と亜人デミから這い上がれない」


「だったら「助けてくれ」と言え。俺たちから助けるとは言わない」


 ゆえに“契約”を求めた。

 制約の魔法などではない、ただの言葉だ。


 ロバートたちからすれば、彼らにそう言わせる意味は形式以外には何もない。


 だが、必要な“儀式”だった。

 誰から強制されたでもなく、あくまで自分たちから声を上げて動かねば染みついた奴隷根性から抜け出せない。

 己の意思で家畜の首輪を壊せと訴えているのだ。


 少女もそれをおぼろげながら理解したのだろう。

 両手を握り締め、覚悟を決めた目でロバートを見据えた。


「どうか我らに力を貸して――いや、立ち上がるため、助けてはくれないだろうか!」


 心からの叫びだった。

 それをロバートたち〈パラベラム〉のメンバーは正面から受け止めた。


「……上出来だ。つまらんプライドを捨ててそれだけ言えればな。オーケー、力を貸そう」


 ロバートが答え、周りも頷く。

 マリナにサシェも「やってやる」とばかりに拳を握り締めていた。


「さぁ、エルフのお姫様。何て呼べばいい。いつまでもお嬢ちゃん呼ばわりじゃ格好がつかんだろう?」


「……リューディア。リューディア・クラーニ・ヒッタヴァイネン。エルフを統べるハイエルフの王族の姫だ」


 エルフの少女――リューディアはそっと頭を下げた。


 ――あのエルフが……。


 クリスティーナは驚きを隠せないが、このような状況ともなれば二度も三度もさほど変わらないかと自分で勝手に納得した。

 いずれにせよ今はこの変化を喜ばしいものとしたい。

 賽は投げられた。せめてひとりでも多くの仲間が生き残れる未来へ繋がるように。


「なら、決まりだな。リューディア、悪いが王様に会う段取りを整えてほしい。あまり時間はないからな」


 そう答えてエルフたちに出立の準備をさせる。

 村を壊滅に追い込まれた以上、生き残った女子供たちは一旦どこかへ移動させねばならないはずだ。


「ロバート殿、よろしかったのですか?」


 話がひと段落ついたところでそっとクリスティーナが語りかけてきた。


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