第74話 悔しくないのか


「 勘違い、だと……?」


 エルフの少女は震える声で、話に割って入ったロバートをキツく睨んだ。


 を止められて無意識のうちに苛立ったのだろう。感情が声帯を震わせていた。


「ああ、そう言った。おまえらは大きな勘違いをしている」


 女エルフたちから一身に視線を集めるロバートは平然としていた。


 将斗たちにとって、亜人に接触すると決めた時点で、こうした発作的な反応はあらかじめ予想できていた。

 どういう形であれ敵対種のヒトが出て行く以上、少なからぬ反発はあり得ると思っていたのだ。


「ロバート殿……」


「イヤな思いをさせたな。選手交代だ」


 ロバートはクリスティーナの肩にそっと手を置いた。

 視界の端でエルフの少女の顔が小さく歪むのが見えた。ようやく自分のやったことに気付いたらしい。


「イヤな思いなど……」


「何も言うな。あとはオジさんに任せておけ」


 中身はおっさんなロバートは精一杯のウインクを向けた。


「オジさん?」


 姫殿下の首が小さく疑問に傾いた。

 思わず口が滑ってしまったことでロバートに苦笑が浮かぶ。


「……細かいことはいいんだよ。あとは仕上げをご覧じろってな」


 誤魔化すように言ってロバートは前に出て行く。あとのケアは仲間たちに任せておく。


 クリスティーナには辛い思いをさせたが、隣接しているだけでなく協力者を探しているからにはヴェストファーレンに何もさせないのはナシだった。

 たとえ王女でも王族が実際に現場へ出て行き、協調のために動いた事実は後で必ず生きて来る。

 今回は既成事実を作ったようなものだ。


 だから、クリスティーナには矢面に立ってもらった。交渉役を一度任せたのはそのためだ。


 先ほどは被害者から心無い言葉を浴びせられたが、それもまた未来のために必要な痛みと割り切ってもらうしかない。

 ヒトが亜人からそれなりの恨みを買っている現実を目の当たりにすることはきっと糧になる。


 それに――ここから先の役目はクリスティーナではなく自分たち《パラベラム》が担う。


「なにも俺たちは助けてくれと頼んでいるんじゃない。これは――取引ビジネスだ」


 ロバートは後半分を強調した。


「取引だと?」


 何を言っているかわからない。

 少女の顔には疑問符が浮かんでいた。周りのエルフたちも同じようなものだ。


「そうだ。我々はクリスティーナ殿下と行動を共にしているが、ヴェストファーレンの人間ではない。あくまでも約定を結んだ上での協力関係だ」

「まぁカッコつけた物言いだが、実際は色々あって一蓮托生の身にはなっているんだがな」


 スコットが肩を揺らして笑いながら付け加えた。ロバートは視線で黙らせる。


「だから、べつにおまえたちがいなくても教会とは戦うつもりだ。そこをまず勘違いしてもらいたくない」


 ここでロバートは「どうしても必要な存在ではない」と一旦エルフを突き放した。


「……ならば尚のこと解せない。なぜヴェストファーレンの姫にあのようなことを言わせた? それこそおかしいだろう」


 少女の声には動揺の気配があった。


 要するに「あらかじめおまえがもっと説明していたら、自分もあのようなことはしなかった」と言い訳をしているのだ。


 なるほど。未だ他責思考なところはあるが、後悔する程度にはクリスティーナにしでかしたことへの羞恥心を覚えているようだ。

 これはますます可能性がある。


「そうだな……。俺たちからすればエルフだのドワーフだのに声をかけるのは事のついでだ。けれどな――」


 ロバートは言葉を切ってジェームズを見た。

 ここからはこの男の出番だろう。当人も頷いて前に出て来る。


「あなたがたは――?」


 脅すでもない穏やかな笑みのまま、青年はそう言い切った。


「「「!!!」」」


 先ほど叫んだ少女のものではない、本当にそっと語り掛ける声だった。

 にもかかわらず、この場にいた全エルフがはっきりと聞き取り、そして息を呑んだ。


「百年? 二百年? それとももっと? エルフがどれだけ長い寿命を持つかは存じませんが、仮に人間の二倍生きるとしても、それだけの期間が今のままか、あるいはさらなる迫害を受ける生活になります。もちろんそれは子孫にも及びます。それでよろしいのでしょうか?」


 あくまでもジェームズは問いかける形を崩さない。

 現実を突きつけるためでもあるが、それ以上にエルフたちに想像させようとしているのだ。


 そう、彼らに足りないものがあった。


 ――“危機感”だ。


「先ほどバルバリアの騎士が言いましたね。あなたたちのことを“家畜”だと」


 記憶が蘇ったのかエルフたちの表情に怒りが湧き上がる。ここまでは普通だ。

 しかし、これで終わってはいけない。


「今のままでは本当にそうなってしまいます。あんなけだもの連中に、なすすべもなく大事な仲間を引っ攫われていく家畜……。それでいいのですか?」


「い――」


 少女の口から歯を軋る音が聞こえた。


「いいわけがあるか! 我らはエルフ! 森に生まれ、長命ゆえに賢者とたたえられし存在だ! こんな場所で肩身狭く生きていたいなどと思っことは一度としてない!」


「なら――答えはひとつだ。まずは国をるしかない」


 今度はロバートが、このタイミングを待っていたかのように口を開いた。


 エルフたちは一瞬、目の前のヒトが何を言っているかわからなかった。



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