第73話 澱
バルバリア騎士たちの死体を全て集めて鎧や武器を剥ぎ取り、残った遺骸を積み上げていく。
もちろん、将斗たちが使うわけではない。“補償”みたいなものだった。
「怪我人はいるか?」
ひとまず落ち着いたと判断したところでロバートが語りかけた。
エルフたちから返事はない。
すでにウォルターは後ろに引っ込み、デルタ組を中心にバルバリア騎士の死体の処理を行っている。
エルフを救うためとはいえ、あれだけの苛烈さを見せつけたのだ。彼を交渉の場に立たせればエルフたちがどうしても警戒する。
なんだかんだと言って、誰しも「人を躊躇なく殺せる人間」には恐怖を覚えるものだ。
それが仲間でない異種族なら尚更だった。
「一応、こちらには治癒魔法が使える者もいる。必要なら遠慮なく言ってくれ」
最低限会話ができる程度の距離はとっている。
目的は揉め事を起こすことではない。これ以上の警戒をさせたくはなかった。
「……死んだ者以外はみなほとんど無事だ。軽く小突かれたくらいだろう。大事な“商品”を傷つけるヤツはいない」
残ったエルフの中でもっとも立場の高いと思われる少女が気怠げに口を開いた。
プラチナに近い絹のような髪に長い耳、彼女は周りのエルフよりも一段と肌が白く髪も美しく耳がわずかに長い。
おそらく血筋そのものが違うのだろう。なぜこの場に? と思わなくもないが今は関係ない。
「“商品”ね……」
やはり人身売買が行われていたのだ。
向け先はヒト族圏――教会関係のどこかだろう。
見目麗しく人間として扱われない存在がどうなるかなど考えるまでもない。
下手をすれば持っていることがステータスとも考えられる。
その証拠に周りの女エルフたちからもおよそ好意的な視線は向けられていなかった。
だが憎悪ではなかった。
強いて言うなら“困惑”だろうか。「どうしてヒトが自分たちを助けてくれたのかわからない……」といった感情が読み取れた。
――これなら多少は目があるかもしれない。
ロバートはそう思った。
犠牲となった男たちには気の毒だが、普通に交渉に訪れただけでは門前払いで終わっていたかもしれないのだ。
「それは良かった。いや、適切な言葉が見つからないから気を悪くしないでほしいんだが… …」
とはいえ、トップが「うん」と言わなければダメなのはどこに言っても一緒だろう。
まずはこの気の強そうな少女との会話を進めるしかない。
「ふっ、人間ごときに助けられるとは……」
「そうか、あのまま放っておいたほうがよかったか。悪いことをしたな」
まずは軽いジャブを入れた。
手遅れなら諦めるしかない。今のはその確認をするためだ。
「くっ……!」
少女は一瞬だけロバートのことをきつく睨みつけたものの、すぐに何かを察したかその瞳が揺らいだ。
将斗たちは憎悪の込められた視線を正面から受け止め、そしてなにも答えなかった。
笑うこともしない代わりに同情もしない。ただ相手が口を開くのを待つ。
「……すまない。命を救ってくれた相手に対して礼を失していたようだ。これではあのバルバリアの騎士と同じだな」
その際にも、少女の碧色をした美しい瞳の中に、消しようのない感情の炎が揺らめいていることを将斗たちは見逃していなかった。
頭では理解していても、感情がまだ追いついていないのだ。それでもこの少女は動いた。
「
「止めるな。これは通すべき礼節である」
すべての感情を押し殺して少女はロバートを見据えた。
『……驚きました。エルフに頭を下げさせた他種族なんてこの百年で初めてかもしれません』
どんだけプライドが高いんだエルフ。いや、それともヒトの迫害が酷すぎるのか?
ミリアの通信を受けてその場にいた全員が胸中に抱いた感想はまったく同じものであったが、それを表に出すことはしない。
「いや、ヒトに襲われたんだ。同じ種族がいたら警戒もするし気も立つだろう。悪感情はない」
皮肉めいた言葉は最初だけに留め、あとは真摯に対応する。
そうすれば相手もこちらを理解しようとする。
「そう言ってもらえると助かる」
ここでようやく少女の表情が目に見えて軟化した。
交渉を有利に進めるための硬軟織り交ぜたやり方だが、それだけではなかった。
地球では同じ人間同士で多くの争いが繰り広げられている。
人種や民族の違いが、この世界での種族の違いと同じ血の連鎖を生んでいた。
だから将斗たちは笑わないし、笑えないのだ。
「助けてもらった上で訊くのも失礼かもしれないが、貴殿らの目的は何なのだ? なにもまったくの偶然ということはあるまい」
未だこちらを警戒しているのもあるだろうが、この“
「俺たちから話しても構わないが――」
ロバートはそこでクリスティーナをチラリと見た。
「まずはこちらから話しましょう。――はじめまして、エルフの姫君。わたくしはクリスティーナ・セイレス・ヴェストファーレン。名前からすでにおわかりかもしれませんが、隣国ヴェストファーレンの王女にございます」
自らがここまでついてきた意味だとクリスティーナが前に出て口を開いた。
「隣国の……! 聖剣教会の聖女候補筆頭がなぜここに? バルバリアの者どもはエルフを奴隷として売り払う屑どもであったが、まさか我らを……」
エルフの王女がわずかに身構えた。
周りのエルフたちも不安げな表情を浮かべ、近くの同胞との距離を詰める。森を焼き払いに来たと思われたか。
「王女殿下、それは早合点というものです。……それに、正式な通達は出ておりませんが、わたくしは近々聖女候補を罷免される――いえ、人類への背教者として破門の上、教会から追われる身となります」
クリスティーナはわずかな逡巡を見せただけでそう言い切った。
まだ彼女の中で完全に処理しきれたものではないだろうに……と将斗たちは思う。
それでもやらねばならないことなのだ。
「なんだと? それがこの者たちと我らが森へやって来た理由であると?」
エルフの少女は疑問を口にした。
まだ気は許せない。
その一方で、聖剣教会の信者にとっての信仰の重さ・大きさを異教ながらに理解する身としてはクリスティーナが軽々しく口にしているとは思えなかった。
「まずはその理解で間違っておりません。幸いにしてわたしは運良く危機を脱することができました。しかし、それだけで事は終わりません。今度は祖国が教会に滅ぼされるかもしれないのです」
姫騎士の表情に悲痛なものが浮かび上がった。事態はこれからでまだ始まってもいないのだ。
「よもやクリスティーナ殿下は、まさか我々に教会と戦えとおっしゃるつもりか?」
少女の表情がふたたび険しいものとなる。垣間見えたのは不信だった。
「……有り体に言えば。これまであなたたちに手を差し伸べることもなかった身で言うのはおこがましいと理解はしています。しかし、おそらくこの機会を逃せば、教会に抗うヒト族の国は今後数百年現れないでしょう。
「自分たちが困って他に頼る先がないから我らに共謀を持ちかけてきたというわけか。亜人でも構わないから教会と戦う力が欲しいわけだな?」
「そのような……」
クリスティーナは言い淀む。
たしかに見方によってはそうかもしれないが、捨て駒のように利用しようなどとは思っていない。
「戦いの先鋒は我らか? それとも
少女は尚も止まらない。いや、止まれない。
目の前にいるクリスティーナが悪いわけではない。そもそも彼女はこれまでエルフを迫害してきたヒトではない。
だが、出会ってしまった。
死の危険を感じるまでに追い詰められた状態で、話を聞いてくれる“加害者の仲間”と目せる人間に。それほどにエルフはヒトを信じられなくなっている。
だからこそ止められない。
これまで亜人が、エルフという種族が被って来た迫害の歴史が、先祖から聞かされ自身も経験して堆積した
――これではどうにもならない。
クリスティーナが諦めかけた時だった。
「どうやら……エルフのお嬢ちゃんは何か勘違いをしているようだな」
これまで黙って聞いていたロバートがおもむろに口を開いた。
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