第70話 遭遇


「行くぞ、注意しろ」

「トラブルの気配がビンビンだな」

「勝手に撃つなよ」


 顔を見合わせた一同は素早く身構えると、ロバートの指示を受けて森の中を音もなく移動していく。

 クリスティーナやマリナはさておき、後衛のサシェはなんとかついて行くのがやっとだ。

 足元が悪い中で迷わず進んで行く彼らの技能に少女は舌を巻く。


「……なんつーか、どっかで通った気がするイベントだなおい」


 走りながらスコットが軽口を叩いた。


「事件が起こりやすい場所に我々が飛び込んでいっているだけでは? まぁ、たしかにこれで“二度目”ですが」


 将斗が冷静なコメントを入れてその時の当事者たちを見やった。


「聞こえない聞こえない!」

「耳と胸が痛い……!」


 つい最近、似たような状況下で助けられたため、マリナとサシェは聞こえないとばかりに頭を振る。無駄な抵抗だった。


「なんだ、前にもこんなことがあったのか?」

 

 疑問に思ったウォルターが古参組に向けて訊ねた。

 デルタ組は「コイツらちょっとは黙っていられないのか?」と呆れた視線を将斗たちに送っているが、何か考えがあってのことと思ったか話に乗って来た。


 ――まぁ、こいつらは後発組だしな。


 ライフルの重みを意識しながらロバートは苦笑する。


 自分たちがことあるごとに軽口を叩くのは、未知の世界で適度に正気を保つためのテクニックなのだが、彼らにはまだ実感が持てていないらしい。


 べつにロバート個人としては、デルタ組への対抗意識や隔意はない。

 とはいえ、何かと説明してくれるガイド役もミリアくらいしか存在しない状態で召喚された自分たちからすれば彼らは恵まれているとは思う。

 同じ国の軍人が先にいて土台を整えていてくれたのだから気楽なものだろう。

 もっとも、そこに触れても不毛な言い争いにしかならないので口にはしないが。


「ええまぁ」


 同じ感想を抱いていたのか、ジェームズも曖昧に笑ってその場は終わらせた。


 もっともウォルターとてすでにわかっているはずだ。この場合、あえて過去の失敗を言葉にするのはマリナとサシェに酷だと。

 その程度の情けは彼らにもあるのだ。


「みなさんご注意を。もう少しです」


 先頭を行く将斗が腕を上げて止めた。


「相変わらず勘が冴えているな」


 話題を変えるのにちょうどよいタイミングだとロバートは思った。


「それはいいんですが、ちょっとイヤな予感がします」


「マサトが言うならそうなんだろう」


 こういう時の彼の勘はアテになる。

 デルタ組もそこに疑問はないのか、はたまたお手並み拝見と思っているのか……。

 言葉は挟まず素直に従う素振りを見せた。


 特殊部隊の人間が重視するのはやはりどこまでいっても技能だ。

 基礎技能や特殊技能と種類は異なるが、何か優れた技能を持つ人間は一目置かれる。


「炎――いや、人の焼ける臭いだ」


 将斗が鼻を腕で軽く押さえた。

 全員の気配がにわかに緊張を帯びる。いよいよ事態は剣呑になってきた。


 しばらく進むと開けた場所が見えてきた。音の発生源はそこらしい。


「あれは……」


 視線を向けたロバートの言葉が重くなった。


 森の切れ目の向こうに集落が見えた。

 再現された遺跡の竪穴式住居みたいだと将斗は思った。森の中だけで衣食住を賄おうとすると、これくらいが限界なのかもしれない。


 さらに気付かれないよう距離を取って覗き見れば、飛び込んできたのは鎧をまとった男たちに取り囲まれた数人の女性だった。

 護衛や村民と思われる男たちはすでに周囲で事切れていた。

 槍で串刺しにされた者、袈裟懸けに斬り殺された者、火炎魔法を受けたのか黒焦げになって地面で丸まっている死体もあった。


 ――澱んだイヤな空気だ。


「武装勢力の襲撃か?」


 ウォルターが神妙な顔で小声を漏らした。


 地球時代の派遣先で何度か見た光景だ。武器がばら撒かれた地域では、対立する部族間の抗争でしばしばこうした事態が起きる。

 どうやら根本は異世界でも変わらないらしい。


「いや、これは“人狩りマンハント”だ」


 ロバートが答えた。


 未だ推測の域を出ていないが、その通りであれば事態は思った以上に深刻だ。

 すでに死人まで出ているのもそうだが、女だけを残しているとすれば狙いは人身売買にまで発展する可能性がある。

 アルメリア大陸内で戦争状態の国はないとクリスティーナの説明を受けていただけに、この状況はただ事ではない。


「人身売買? 盗賊とやらにしては装備がいい。狙われているのはなんだ? 耳が長いぞ、人間か?」


「……あれはエルフです。今回の調査目的のひとつ、というよりもまさしく探していた種族です」


 すぐ近くのサシェが小さな声で答えた。


「俺たちにもわかるように説明してくれ。――オペレーター、どうせ聞いているんだろう?」


 さすがは全世界へ送り込まれる特殊部隊の順応性でウォルターがインカムに語りかけた。


『はい。エルフを創作物でご覧になったことは?』


「あったとしても正確な理解の邪魔になる。簡単に説明してくれ」


 先入観は有害だとウォルターは即断した。

 とにかくひとつひとつを決めるのが速い。これが陸軍の最精鋭の能力か。将斗たちは感心する。


『承知しました。エルフは森の中で独自の文化を築いている種族です。この世界ではヒト以外の種族をひっくるめて亜人デミと呼んでいますが、彼らはその中でも長寿で魔法にも精通しており森の中で暮らすからか弓を得意とします』


「オーケー、理解した。そこまではいい。ちなみにあの鎧の連中が狩りまがいのことをしている理由はありそうなのか? 森を出て近隣の村なんかでの略奪を定期的にしているとか」


「いえ、その可能性は低いと思われます」


 ミリアの代わりにクリスティーナが言葉を挟んできた。


「エルフは排他的……というよりは独自の文化を形成しているため、自給自足で外部と交わることがまずありません。教会から迫害される身ですから尚のこと森から出て来ないと聞いています。我々でも交易はないのです、ベックウィズ少佐」


 隣国の王族が言うのであれば間違いはないのだろう。ウォルターは素直に頷いた。


「だとすれば鎧の者たちが侵入者ってところか……。殺しを楽しんでいやがる。盗賊と変わらんな」


 デルタチームの指揮官の目は状況を冷静に見ている。

 この惨状を前に平静さを保っていられるのは、まさしく潜り抜けて来た数々の修羅場ゆえだろう。


「それでどうするんだ、海兵マリーン。見ているだけなのか?」


 こちらが何か言う前にウォルターから問いかけてきた。ロバートは意外に思う。


 ――いや、こいつはじゃない。


 すぐに気が付いた。

 努めて冷静な素振りをしているが、すでにデルタは銃口を向けるだけの状態となっていた。

 感覚を研ぎ澄ませば、殺気にも似た剣呑な気配がすでにじわりと漏れ出ている。エドワードやピーターも似たようなものだ。


 そう、ウォルターは先発組に問いかけているのだ。「この期に及んで見ているだけの腰抜けじゃないだろうな?」と。案外熱い魂を持った連中らしい。


「……なぁ、スコット。見るからのクソ野郎どもと、びっくりするほどいいオンナ、おまえどっちが好みだ?」


「訊くまでもなかろうよ!」


「だよな。……いくぞ野郎ども!」


 指示は極めて簡潔だった。

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