第3章~〈パラベラム〉始動編~

第69話 新たな仲間


「到着しました」


「よし、調査部隊は降車しろ」


 運転手が告げ、ロバートがインカムへ向けて口を開いた。

 指示を受けた搭乗員たちが車両を降り周囲に銃口を向けた。


「全周警戒。今回はいきなりの越境作戦だ。バルバリアの人間に見つかるのは避けたい。あくまでも偵察任務だということを忘れるな」


『『『Rog.』』』


 朝早く基地を出てバルバリアとの国境をひっそりと跨ぎ、東に広がる森林地帯へとやってきた将斗たち――“パラベラム”のメンバーは、目立たぬところへ停めたL-ATVとM1126ストライカー兵員輸送車ICVから降りて展開していく。


 それぞれの車両上部の銃座には、以前までの7.62mm弾を使用するFN M240Gではなく制限解除アンロックされたM2重機関銃が鎮座している。

 対物狙撃銃アンチマテリアルライフルにも使われる12.7×99mmBMG弾で、並大抵の魔物では返り討ちどころかボロ雑巾にされるだけの打撃力を有している。


 特にストライカーICVの方は、プロテクターM151RWS遠隔操作式砲塔が取り付けられており、14.5mm重機関銃弾にも耐えられる装甲の中から人間が車外に身を出すことなく射撃が可能となっている。


 途中、ロバートが“試し撃ち”をしたそうにウズウズしていたが、残念ながらそれは目的とは異なる。

 皆が気付かないふりに徹していた。


 幸いにして襲ってくる魔物も盗賊もいなかったので出番はないままで済んだ。

 それでいいのだ。平和が一番だ。


「偽装は念入りに施しておけ。魔物じゃないぞ、人間に見つかるのが一番厄介だ」


 カモフラージュネットを被せ、遠くからでもそれっぽく見えるよう枝や葉っぱでデコレーションするのも忘れない。

 こんなものが見つかると間違いなく大騒ぎとなる。


「しかし、早いところヘリが欲しいな。車両が使えるだけ馬車よりマシだってのはわかっちゃいるが、やっぱり不整地を移動するんじゃ非効率だぜ」


 L-ATVの運転席から降りたスコットが大きく伸びをしながら漏らした。


 今回の目的はあくまでも近隣の実地調査であり、特別重い兵器や荷物があるわけでもない。

 それでも地球の環境があればヘリで済ませられていた任務だ。


 馬車の旅から解放されたばかりだというのに、すでに次の欲求がメンバーたちから出ている。


 やはり文明という存在は恐ろしい。一度知れば逃れられない。

 まさしく楽園追放となった原因――知恵の実である。さらば優しき日々。


「よくもそんな暢気にやってられるな」


 そこでひとりの男が口を開いた。

 身長は180cm弱のベージュに近い色の髪、アングロサクソンにしてはやや切れ長の理知的な緑の瞳が特徴の偉丈夫だった。


「なんだよ、“新入り”」


 スコットが胡乱な視線を返す。

「ケンカなら買うぞ」と好戦的に見えるのは何も先任意識からだけではない。単純に“彼の出身”が理由となっていた。


「ずっと説明を受けていてたが、なんともいびつなシステムに感じられるな。ゲームじゃないんだろうに、それでいてゲームを思わせるような……」


 スコットの挑発を無視したのはウォルター・アルヴィン・ベックウィズ アメリカ陸軍少佐。今回の制限解除で召喚された新たなメンバーのひとりだ。

 彼の他にピーター・メイヤー大尉、エドワード・ウィルソン大尉と合計三人がデルタから新たに召喚されている。


 彼らは統合特殊作戦コマンドU.S.SOCOM隷下の第1特殊部隊デルタ作戦分遣隊出身で、今回の召喚のきっかけとなったVR演習の選抜部隊には選ばれず、あくまでも対抗部隊として参加する予定だった。

 デルタやグリーンベレーを都合よく大量投入できる作戦も限られるため、ウォルターが率いるチームはロバートたち選抜部隊が散々荒らしまわった後に投入するいわば切り札部隊のリーダーだった。


「ビデオゲームの趣味はありませんが、なんとなくおっしゃりたいことはわかります」

「あらかじめ大隊規模の戦力が運用できると、無茶ばかりして混乱するとでも言いたげですね。たしかに間違いじゃないんでしょうけど……」


 ピーターとエドワードが続けて答えた。

 圧倒的軍事力を背景に世界中で散々暴れ回った“前科”のあるアメリカ軍らしい感想だった。


「依頼主が直接答えちゃくれないから推測でしかないが、多分俺たちひとりひとりが世界に対してつけさせる“免疫”みたいなもんだと思う。増えれば増えるほどそこをビーコンにヤバい“異物”を送り込めるみたいな……」


 小さく頭を掻き、考えをまとめながらロバートが答えた。

 副官スコットに任せておくと本当にケンカになりかねないので出張ることにしたのだ。


「なんだそりゃ、ちっともわからん。カンパニーCIAの作戦だってもう少し教えてくれるぞ」


「俺に言うなよ。陸軍の精鋭、自称“最強の特殊部隊”デルタ・フォースだろ」


「あのなぁ、海兵マリーン。こちとらモンスター相手に戦う訓練なんて受けてないんだよ。見せてくれたあの鳥はなんだ? 人間相手でも食っちまいそうだったじゃねぇか」


 新たに呼び出された三人に異世界だと証明するべく、手っ取り早く哀れなヒクイドリを撃ち落として見せたのだ。

 無論、彼らは人間を背中に乗せて飛べる鳥なんて見たこともないし、しっかりと落ちた残骸を見ればドローンでないことも理解できた。


 尚、犠牲になった個体はあとでスタッフが残さずいただいている。

 あれはあれでそこそこ美味しかったりするのだ。積極的に食べたいものでもないが。


「そういう世界なんだよ。……付近はどうだ」


 会話ばかりもしていられないとロバートが先行している将斗たちに訊ねた。


「魔物がほとんどいませんね。遠くに気配はあるけど襲ってはこない。むしろこっちに気付くと逃げてる感じです。ちょっと妙ですね」


 先頭で周囲を警戒していた将斗が口を開いた。

 隣を歩くマリナも頷いている。


 これまで冒険者として入った森とは違い、魔物がこちらを恐れているような気配があった。

 殺気ではなく警戒の波が気配探知に引っかかっているのだ。


「まるで何者かによって定期的に間引かれているような……。そう言いたいのかな、キリシマ中尉」


「ええ。まさしく、タウンゼント大尉」


「こんな森はあたしも見たことないよ。住み分けがされているっていうか……」


 自身の疑問を言語化してくれたジェームズの問いに将斗とマリナが答えた。


「なんだ腰抜けばかりか。歯応えがないもんだ」


 ノってこないデルタへの興味を失い、スコットが不満げに漏らした。


「襲ってくるのが楽しみみたいに言うなよ、海軍ネイビー。おまえみたいなのは戦場じゃ真っ先に早死にするんだが」


「一に警戒、二に警戒ってか? 暇じゃないのか? 出し惜しみはあとで後悔するぞ」


 ――いちいち突っかかるな。


 ロバートは溜め息を吐きたくなる。


 スコットの「お前ら本当に戦力になるのか?」という気持ちはわからないでもない。

 だが、軍同士のちょっとした対抗意識が顔を覗かせているのは余計だ。


「こっちはまだ落ち着いていないんだよ。こんなワケのわからないところに呼び出しやがってクソッタレめが」


 ミリアに言わせると、彼らの召喚は演習後の端末に飛んだメールをキーにしているらしい。

 データの抜き取りは既に完了していて、あとはこちらからスカウトを飛ばせばいいようになっているとか。

 本当に恐ろしいシステムだ。YesもNoも訊ねられなかったのは先駆者ゆえの貧乏くじかもしれない。


「そう言うが、拒否はしなかったんだろ? どうせ地球で軍人やってるより面白そうとか思ったんじゃないのか。メイヤー大尉にウィルソン大尉も」


「チッ、どこまでもイヤな野郎だ。……いいよ、ノってやるさ」


 図星だったウォルターが溜め息を吐いた。部下ふたりは曖昧に笑うだけだ。


 ロバートは嫌味のひとつでもと思ったが少し考えた末言わなくでおく。

 せっかく向こうが折れてくれたのだ。ここはそれを尊重すべきところだ。


「ただし、ヘリでの機動力は優先度を高くしておいてくれ。第160特殊作戦航空連隊ナイトストーカーが欲しいとは言わないが、それなりのパイロットがないと怖くて飛べやしないからな」


 ウォルターは毒づき、ピーターとエドワードは曖昧に笑った。

 

 ――まぁ、この調子なら大丈夫だろう。


「よろしく頼むよ、デルタチーム」

 

 そうこうしていると今度は怒号と悲鳴が聞こえた。


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