第68話 巻き込み事故~後編~


「いや、そうは言うけどな? 俺たちの素性を打ち明けて離脱するって言ってたら、それこそ余計な情報だろうが。国家機密を抱えたまま冒険者に戻りたかったのか?」


 スコットが落ち着けと手を掲げて言うと、ふたりともすぐに理解したらしく揃って首をぷるぷると振った。


「ぶ、無礼で処刑されたりとかは……」


「不敬罪ってか? そうだな、首を刎ねられるぞ」


 エルンストが悪い笑顔で余計なことを言い、ロバートが睨んで黙らせる。


「ご心配なく。ロバート殿をはじめとした皆様方はわたしの命の恩人です。その仲間に権威を振りかざすような真似はしませんよ。なかなか難しいでしょうが、よろしく頼みます。マリナ、サシェ」


「「は、はい!」」


 もしかするとこれは社会階級を超越する友情が生まれた感動のシーンかもしれない。


 だが――


「まぁ、そこのお姫様は聖女候補だったんだが、政治の陰謀に巻き込まれて失脚したっぽい。たぶん教会の討伐軍がこぞって攻めて来る。目下の俺たちの目的はその撃退だな」


 ロバートはそこからふたりを、考え方によってはもうひとりまで巻き込んで容赦なく地獄に叩き落した。


「きょ、教会と敵対……」


「ちょ、ちょっと待って……。あたしはバカだけど、教会を敵に回すことのヤバさくらいはわかる……。やっぱり逃げてもいい?」


 日焼けした顔を青くしてマリナはおずおずと口にした。


 割に合わないなんて話では済まされない。世界を敵に回すようなものだ。

 サシェはもっと顔色が悪かった。

 なまじ教養がある分余計にイメージが湧くのだろう。さすがにこちらは不用意に口を開いたりはしないが。


「さすがに今から逃げるんだったら、機密保持のためにヒクイドリのエサになってもらうしかない」


 神妙な顔のままロバートは言った。

 事実上の死刑宣告である。


「ちょっとおおおおっ!? さっきは下りていいって言ったよね!?」


「ははは、冗談だ。というか、冗談で済ませてくれると助かる」


 笑っているが目は笑っていない。つまり、もう冗談では済まされないところに入ったわけだ。

 少女ふたりの背中に汗がじわりと浮かび上がる。


「それってほとんど脅迫じゃないの!?」


「お。マリナは難しい言葉を知ってるんだな」


「なんかバカにされてるよね!?」


 半ばヤケクソになっていた。

 どうせ殺されるなら言いたいことを言ってやる。

 土壇場で決断力が著しく成長していることを彼女は知らない。


「ロブ、それくらいにしておけ。どうせそんなつもりはないんだろうが」


 やれやれと立ち上がり、お代わりのコーヒーをカップに注ぎながらスコットが呆れ声を上げた。


「えっ。でも、機密がどうとか……」


 マリナは困惑の浮かべる。


「どうせ喋らんだろ? まぁ、喋ったとしても誰が信じるんだ?」

「そもそも、ゴネたら殺すつもりだったら最初から助けたりしていないぜ」


「ホントこの人たちは性格が悪いんだから……」


「「ブリカスは黙ってろ!」」


 ジェームズの言葉にスコットとエルンストが噛みついた。いつものコントである。


 ロバートが「続けるぞ」と手を叩いた。

 自分が驚かせたのはすっかりなかったことになっている。


「とりあえず、また人員を増やすがそれはややこしいから後で説明する。まずはどうだろう、基地の周りを掌握するところからかな」


「無難だな。この人数じゃできることが限られている。楽は楽だが、魔物を狩ってご近所さんの依頼を解決して終わりじゃいくらなんでもちょっとな」


 スコットがさも退屈だとばかりに答えた。


 さすがに冒険者の仕事では刺激が少ないと言ってのける神経はサシェには理解できなかった。

 もちろん、将斗もそちら側である。


「なんにしてもすぐに忙しくなるさ。そうだな。戦争にもなるから今すぐにとはいかないだろうが、いずれは傭兵みたいな存在になろうと思っている」


 とりあえず冒険者にはなってはみたものの、現状この世界で冒険者が与えられている役目はちょっとした治安維持業務みたいなものだ。

 一方、傭兵は大規模な人員を擁し、国からの意向を受けて戦争に参加しているが、話を聞けば正規軍を支援する立場の弱い下請けである。


 どちらも世の中には必要なものであるが、これらと同じでは世界を動かすことなどできはしない。

 かといって、短絡的にどこからの国に自らの存在を売り込む形でもダメだ。中世レベルの価値観しか持たない国家の意志を暴力で代行する使い捨ての暴力装置に終わる。


 ならば、まったくの新たな形が必要になる。

 幸いにして後ろ盾もできた。


 視線をクリスティーナに向けると小さく身震いするのが見えた。


「傭兵、ですか……?」


 クリスティーナは首を傾げた。


 悪寒がする。何かとんでもないことに巻き込まれたのではないかという不安というか……。

 いや、来るべき戦争に比べればきっと大したことはないと思うが……。しかし、イヤな予感が消えない。


「もちろん、適当な戦にしか呼ばれない連中とは違う。冒険者じゃできないことをやってのけ、それでいて国への影響力も高い組織だ」


 ――いずれは国りじゃないが、それに近いことも起きるかもしれないな……。


 内心でほくそ笑むロバートも、さすがに今はその選択肢を口に出すつもりはなかった。


 他に良い方法が見つかればそれでいい。

 この地へとやって来たのがそれに結び付く可能性もある。まずは森の中がどうなっているかだろう。


「とにもかくにも、もっと強力な部隊にしないといけませんね。せっかく広い基地もあるんだ、戦力も充実させたい」


 エルンストが言うように、まずは独立組織を名乗れるくらいの力が必要になってくる。


 準備が完了するまでは冒険者の依頼をこなし、周辺の安全を確保したりと地道な活動となる。

 無論、優位性げんだいへいきを行使しない手はない。

 あとは人員が問題だが、それも解決しそうだ。


 あれこれを浮かんでくる思考を振り払って、ロバートは不意に立ち上がるとその場の全員を見回して口を開く。


「実は名称だけは決まっていてね。“パラベラム”――俺たちがこれから名乗る名前はこれだ」

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