第67話 巻き込み事故~前編~


「これがあたしの結論かな。そりゃあ、あたしにはサシェみたいに選択肢があるわけじゃないから元々こうするしかないんだけどさ……」


 言い切ったマリナは少しばつの悪そうな顔になる。自分だけが先走ってしまったと思ったのだろう。


「選択肢だなんて……。わたしはあなたについて行くと決めた時に全部捨てたつもりよ」


 サシェはあくまでマリナに寄り添う姿勢を崩さなかった。

 相棒が難しい言い回しができないとわかっているから、言葉足らずでも無神経とは思わないのだ。


 ふたりの会話を聞いていたスコットは「やっぱりちっちゃい嬢ちゃんサシェきは何か事情があるな」と感じていた。


 昨日、エトセリア王都に入ってひと晩泊まると話がついてからのことだ。

 次の日からは車両で時間を稼ぐつもりだったので、すこしゆっくりしていても問題はなかった。

 なんなら「知り合いに会うとか、無理なら手紙でも出してきたらどうだ」と言ったのだが、意外にもサシェが好意的な反応を示さなかったのだ。


 マリナと違って無理矢理故郷を飛び出してきた彼女としては、知り合いに行方を掴まれたくない事情があるのだろう。

 普段は物わかりのいい彼女のネガティブな反応に、将斗たちもなんとなく背景を察していた。


 ――まぁ、いずれ機会があれば語ってくれるだろう。


 スコットは何も触れずそう流した。

 今はふたりが話しているところだ。言葉を挟むのは野暮でしかない。


「あたしは無理にとは言わないよ。サシェの人生だもの」


 マリナはあくまでも相棒の意思を尊重するつもりだった。

 彼女なりに巻き込まないための好意なのだろうが、それはそれでサシェとしては寂しい。


 ――ここで降りて実家に戻ってもいいことなんてないわよね……。ううん、きっとそう。


 相棒のマリナが残るとなれば、離脱を選んだ場合は単身で冒険者を続けるしかない。

 それは選択肢になかった。今から他の相棒なりパーティーを探すなどリスクの方がずっと高い。

 いや、違う。考えられない。


 いっそのこと、ここで冒険者を辞めて実家に戻れば、裕福な街娘としての平穏な日々は手に入るかもしれない。

 だが、それではきっとひどく退屈な思いで残りの人生を過ごしていくだけだろう。


 ――なんだ、もう結論出てるじゃない。


「……わかりました。最初から巻き込まれていたと思って諦めます。それに、ここにいた方が快適な生活もできるでしょうし」


 サシェは本心からそう言ったわけではなかった。

 マリナの言葉で折れたと思われるのは癪だったので、あくまでも利を選んだていで答えたのだ。

 もちろん、将斗たちはそこをしっかり見抜いており、ニヤニヤしたくなるのを懸命に堪えていた。

 あまりサシェはおちょくらない方がいいと思ってのことだ。真面目な性格なので、あまりやり過ぎると泣かれそうな気がするのだ。


「ちいさい嬢ちゃんはちゃんとしているようだな。マリナが野垂れ死なずに済んだわけだ」


 スコットが小さく笑った。

 彼はこれまでの中でサシェの観察眼に着目しており、その見立ては間違っていなかった。


 何も考えていないように見えて実際何もほとんど考えていないマリナがひどい目に遭っていないのは、当人の勘の働きが異常にいいのもあるが、その裏側にはサシェの警戒心がしっかり働いていたからだ。

 そんな彼女が「将斗たちなら大丈夫」と踏んだのだから、野郎どもファッキンガイズはよほど信頼に足る存在かその上を行くクソ外道かのどちらかだ。


「ええ。明らかに普通の冒険者とは違うと思いました。冒険者になる必要がないのにあえて選んだみたいな……。変なチグハグさが見えました。あとは勘です」


「なるほど。その勘は当たったみたいだな」


「おかげさまと言うべきでしょうか? 何にしてもここまで来られました。幸か不幸かわかりませんが……」


 サシェは精一杯の虚勢で微笑んだ。


 無意識の行動ではあるが、彼女の頭の中では商人の娘らしくしっかりと計算が働き、それが彼女たちを無事にここまで導いたのだ。


「え、そこまで見てたんだ……」


 マリナが小さく呻いた。

 やはりこいつは何も考えていない。


「それはそうよ。助けてくれただけで全面信頼なんてできないわ」


 だからサシェは彼らの素が出る部分に注目した。


 冒険者の仕事は過酷なものだ。

 本来であればここまでの日程も野宿続きになる可能性があった――というよりもこの世界ではそれが普通なのだ――が、サシェには「将斗たちと一緒ならそうならずに済むのではないか」という確信にも似た予感があった。


 彼らが只者ではないのは薄々気付いていたが、そうかと思えば徒歩よりマシな馬車の移動に悲鳴を上げていた。

 つまり、彼らは日常的に馬車を上回る便利な何か、それこそ凄まじいまでの破壊力を見せた武器と同じような“隠し玉”を持っているのではと考えた。

 そうでなければあれだけの教養がありながら冒険者になどならないはずだ。


 多少裕福とはいえ街娘が簡単に至れる結論ではないが、それこそ彼女が生まれ持つ優れた感覚なのだろう。


「ただ、ここまで常識はずれだなんて思わなかったけれどね……」


 かくして、サシェの予想は現実のものとなり、L-ATVやストライカー装甲車、さらには基地という形で彼女たちを驚かせた。


 一方のマリナは、「おっさんたちとならたぶんなんとかなるでしょ」と実に彼女らしいやり方で黙ってついて来ていた。

 考えているかすら怪しい部分もあるが、そこはもはやご愛嬌である。


「オーケー、俺たちもせっかく知り合った仲間と別れずに済んだのは嬉しい。それじゃあ、今後の方針を話し合おうか」


 ここでロバートは転移してからメンバー内で考えていた案を口にする。


 同行者たちの思惑はさておき、将斗たちは次の段階に進むためのターニングポイントを迎えているのは事実だ。


「えっ、基本は冒険者を続けるんじゃないの?」


 マリナが首を傾げた。


「ここまで言ったついでに、もうひとつ言わなきゃならんことがある」


「え、何? まだあるの?」


「というよりも、ここからが本題です。こちらの御方はヴェストファーレン王国の第一王女クリスティーナ殿下にあらせられます」


 ジェームズがそっと言葉を挟んだ。


 当のクリスティーナは話半分に聞きながら、砂糖とミルクたっぷりのコーヒーを美味そうに飲んでいた。

 話が自分に向いたと気付いてカップを置くと鷹揚に頷いたが、すさまじく威厳のない姿だった。これはもう残念である。


「「うええっ!?」」


 サシェだけでなく、今回ばかりはマリナも椅子から転げ落ちそうになった。


 同行者が増えた時も「もしかして貴族の護衛とかかな」と思ってはいた。

 将斗たちと同じ斑模様の服に着替えていたが、明らかに平民ではない雰囲気があったからだ。しかしまさか王族だとは……。自分たちのような平民ではわからない部分だ。


「なんで言ってくれなかったんだよう!」


 マリナが抗議の声を上げた。当然の反応だった。




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