第63話 ハッピーハッピートリガーハッピー


「数ね。たしかにそれは大事だ。――ミリア、せっかくだから全員に基地の防御を説明してくれ。各自わからないことは聞くように。理解していないと有事の際に困るからな」


 あくまでもまだ見た限りの情報しか持っていない。

 そこでロバートは情報共有をしておく。


「はい。地球のデータを参考に小規模ながら駐屯地クラスの敷地は確保しています。周囲はゲート部分を除いてフェンスと有刺鉄線で囲み侵入を許しません。有刺鉄線の外側も対人地雷原になっています。今の人数では警備も大変でしょうからこちらは“サービス”となっています」


「サービスとは剛毅だな。雇い主の“ご配慮”にありがたくて涙が出そうだよ」


 スコットが微苦笑を浮かべた。


「ちゃんと監視塔やゲートには機銃も用意してあります」


「それは重畳。武器があるってだけで安心感がまったく違うからな」


 やはり車載機銃、可能ならば重機関銃くらいは敵の襲撃を退けるのに最低限必要だ。

 大型の魔物を狩るとしてもライフルでチマチマやってなどいられないのだ。


「なぁ、スコットのおっさん。さっきからみんながなんの話をしているかさっぱりなんだけど……」


 ミリアとロバートの会話についていけないマリナが小首を傾げながらスコットに訊ねる。

 クリスティーナも同じような表情だった。


「ここが拠点になったのはわかったか? こうなるともっと強力な武器なんかも使えるようになる。凄腕の鍛冶屋が増えたって言えばいいのかはちょっとわからんが」


「えっ! あれ以上に!?」


 拠点といってもピンと来なかったようだが、武器には強い反応を示すマリナ。

 明快な反応にスコットは小さく笑みを浮かべる。

 命が安い世界だからこそ、自分の安全を保障してくれる武器が強力になるのは素直に喜ばしいのだ。


「そうだな、簡単に言えば……。ドラゴンより強力なブレスを吐く鉄でできた巨体とか、同じく超高速で空を飛ぶ鉄の鳥みたいなものがあると言ったら信じるか?」


 ファンタジーの知識がないため、うまく説明する言葉が見当たらなかったスコットはどうにかそれっぽい喩えを口にする。


「にわかには……。そんなのは伝説に謳われる“神の武器”くらいではないかと……」


「ははは、そうだよ。そんなものがあったら世の中とんでもないことになっちゃうって。……え、もしかして、あるの?」


 サシェとマリナの言葉を聞き、スコットの表情を見たクリスティーナの顔が引き攣ったのが見えた。

  すでに朧気ながら理解したらしい。


 ヒクイドリを撃ち落としたのもそうだが、先ほどワイバーンの話をした際にもあまり驚いていなかったあたりから想像がついていたのだ。


「もっとも、今の段階で調達できるのは精々前者のちょっと弱いヤツくらいだろうが、将来的には後者だってわからん。その気配は感じ取っている」


 にやりと不敵に笑ったスコットに、直前まで「そんなまさか」と言いたげだった少女たちの目が点になった。


「だめだ、想像もできないや……」


 自分の想像力を総動員しても、それらしきものを浮かべることができなかったマリナとサシェは早々に考えることを放棄した。


「じゃあ、次は施設を見せてくれ。唯一の出入り口は南のゲートか。そっちのほうはどうなっているんだ?」


 ロバートはなぜか宿舎ではなく真っ先にゲートへ向かっていく。


 監視塔の横、地面に深々と打ち込まれたコンクリートの太い柱が目印となるゲートの外側には天幕が張られ、下には土嚢が隙間なく詰み上げられていた。

 内側にはすでに三脚に据えられたブローニングM2重機関銃が鎮座し、来るべき戦いに備えるように地平線の向こうを睨みつけていた。


「おっ、ついに重機関銃もアンロックされたのか!」


 ロバートが彼にしては珍しく声の調子を上げて足早に向かっていく。


 L-ATVにも機銃は搭載されていたが、それは馬車で使った汎用機関銃ファミリーのM240Gであり、重機関銃たるM2は先ほどまで召喚対象外となっていたのだ。

 最初の狩りから使えればいいとは言っていたが、まさかロックがかかっているとは知らないまま無理にでも大物を狙おうとしたらひどい目に遭っていたかもしれない。

 将斗は言葉にはしなかったがヒヤリとした。


「んー、久しぶりだなキャル! 相変わらずお前は本当に最高クールなボディをしていやがる!」


 M2の愛称を呼びながらボディを嬉しそうに撫でるロバート。

 普段の冷静な指揮官リーダーとはまるで違うその姿にマリナとサシェ、クリスティーナも固まっている。


「ねぇ、おっさん……。なんか話しかけてるけど、あれは前から使ってる武器の仲間でいいんだよね……? 鉄の小さな召喚獣とかじゃないんだよね?」


 鉄の妖精とでも言いたいのだろうか? だとしたらとんでもなく殺伐なファンタジーである。


「ああ。放っておけ。あいつは武器じゃないと愛せない変態なんだ」


 さも気の毒なものを見るような目を指揮官へ向けるスコット。深刻な表情で語るせいで信憑性が増してしまいそうだ。


「ちょっとハンセン少佐、指揮官のストレスで疲れているくらい言ってあげられないんですか……」


 将斗が呆れ声を上げ、エルンストは無性に「爆弾魔ボマーのあんたが言うなよ!」とツッコミを入れたい衝動に駆られ、ジェームズはとりあえず曖昧に笑うだけにしておいた。


「俺は武器に話しかけたりしないぞ」


(((そこじゃないでしょ……!)))


 三人の心がシンクロした。


 すくなくとも、火責めと愛する爆発物でゴブリンたちを吹き飛ばし、これまた愛する火炎放射器でモンスターをダンジョンごと焼き払い、ハンドルを握れば不整地にもかかわらず高速でぶっ飛ばす筋肉モリモリマッチョマンが口にしていいセリフではない。


「細かいこと言うなよ。本人が怒ってないからいいじゃないか」


 そうではない。

 上機嫌のロバートはもはや悪口など耳に入っていないだけだ。


 盗賊たちを撃退する際にもなんとなくそんな気はしていたが、どうもロバートには撃ちまくりたい症候群トリガーハッピーの気があるようだった。

 今更ながらとんでもなくヤバい集団である。


「おお、もう弾帯までついているじゃねぇか! さっさく試射しないとな!」


 どこから取り出したのか自分だけ耳栓を嵌め、ベルトリンクを給弾トレイに載せ槓桿を引くロバート。

 この時点でアウトである。完全に回りが見えていない。興味を持ったクリスティーナが近付いているのも気付いていない。これはまずい。


「ちょっと待て! こっちは何の準備もしてないんだぞ! いきなり撃つんじゃ――」


 慌てたスコットの警告も無駄だった。こればかりは油断していた。


「耳を塞げ!!」


 轟音と呼べたM240シリーズですら比較にならない、腹を殴りつけるような銃声が無人と思われる荒野に轟き渡った。

 すぐ近くでそれを聞かされることとなった残りの転移メンバーは慌てて耳をおさえるが、予備知識のないマリナとサシェ、特に近くにいたクリスティーナはそうはいかなかった。


「「「きゃあああああああああっ!?」」」


 鼓膜を殴りつけられた少女たちは遅れて耳を塞ぐが、上機嫌で五十口径重機関銃の試射を続けるロバートはそれに気付かない。


「おいばかやめろ!!」


 スコットが肩を掴んでようやく重機関銃の唸りは止まった。


「……すまん、つい……」


 過去最高に気まずそうなロバートの表情だった。スコットはただただ溜め息を吐く。


 しかし――それではおさまらなかった人間がいた。


「あんたたちいったいなんなの!?」


 クリスティーナの叫びだった。


「いきなり異世界から来て魔族は殺す! 騎士団は強襲する! わたしを連れ去る! 世界を変えるなんて突然メチャクチャは言い出す! かと思ったら冒険者になって現地人まで巻き込んでゴブリンを大勢殺してダンジョンでも大暴れ! 挙句はヒクイドリを一撃で叩き落とす! あんたたち本当に人間なの!? お次は砦を作り出したときたわ! いったいなにをするつもりなの!?」


 姫という立場で強引に押さえつけていた精神がついに限界を超えたのだ。

 全員の目が点になる。


 ちなみに不幸中の幸いとしてマリナとサシェは耳鳴りのせいで聞こえていなかった。


「殿下、ちょっと向こうで落ち着きましょうか……」


 見かねたミリアが助け舟を出し、身振り手振りで本部の建物へ連れていった。


「早めにフォローしといてくださいね、少佐」


 ジェームズから向けられたのは生暖かい笑みだった。もちろん目は一切笑っていない。


「……ああ」


 しばらくの後、耳鳴りに悩まされる少女たちに平謝りするロバートの貴重な姿が目撃されたが、それはまた別のおはなし。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る