第62話 ここを基地とする!


 青色の光は噴水のように四方八方へ広がった。

 それぞれが独自の意思を持つようにあちらこちらへと縦横無尽に走り、空間の隙間を埋めるようにこれから生み出すものの形を成していく。


「こりゃあすげぇな……」


 スコットは感心というよりも呆然としていた。


 彼らのすぐ目の前には本部らしき三階建ての建物と併設される平屋の宿舎。そこから少し離れた場所に堅牢な車庫を築き上げ、次に建物の間の地面も高強度のコンクリートで舗装されて道となり、一部は出入口と思われる方へ伸びていく。


 ある程度“縄張り”ができたところで周囲が金網のフェンスで覆われ、さらに外側を対戦車障害物と有刺鉄線が張り巡らされてバリケードを構築、最後に監視塔とゲートが作られた。


「へぇ、なかなかのものができたじゃないですか」


 わざとらしく口笛を吹いてエルンストは感嘆を表した。

 シニカルや口調はいつもと変わらないが、そんな彼であっても表情がニヤついている。

 純粋に“新しい道具”が嬉しいのだ。


 非常識な光景に驚きがないわけではないが、それでも最初から比べればずっと落ち着いた感情だ。

 そもそも魔法の世界とはいえ銃がどこからともなく取り寄せられる非常識さを目の当たりにしているのだから、もはや「そういうもの」と割り切っているのだ。

 慣れとは恐ろしいものだった。


「いかがです、ロバートさん。ここを基地としましょう!」


 語りかけるミリアはなぜかドヤ顔だった。少し面倒くさいとロバートは思った。


「……まぁ、とりあえず合格点だな。それこそ今すぐちょっかい出されても現地軍の数個中隊くらいなら撃退できそうだ」


 きっちりと成果を得られたことに対して、スコットやエルンストのような嬉しさがないわけではないがここは無難な感想に留めておく。


「む。その心は?」


 反応がイマイチだったからかミリアの眉が寄った。


「防御力は問題ないと思う。この世界に戦車や装甲車に相当するものがなければ航空戦力以外は寄せ付けないだろう」


 正直に言えば攻撃力がまるで足りていない。


 教会との戦になるのは間違いなく時間の問題だ。

 敵を撃退するには相手を凌駕する強力な軍事力が必要となるが、そこは自分たちで用意なり工夫なりするしかないと踏んでいる。

 要するに「計画を進め、新たな実績を解除していけ」となるわけだ。なので野暮は言わない。オペレーター殿にヘソを曲げられたくない。


「横からで失礼ですが、多くの砦よりも堅牢なのは間違いないかと思われます。無論、わたしの常識で語っているのでみなさんにとっては正確な情報ではないかもしれませんが」


 ひと通り施設を見渡したクリスティーナが断言した。

 ただし、話の続きがあるらしく表情は明るいものではない。ロバートは目線で先を促す。


「航空戦力という言葉を理解しきれていませんが、空からの攻撃を意味するのであれば人類には近年実用化された《竜騎士団ドラグナイツ》――簡単に言えば翼竜ワイバーンを使った騎兵があります」


「殿下はそれが脅威とおっしゃる。ここへ来るまでに襲われた鳥との違いは?」


 すかさずジェームズがたずねた。

 クリスティーナが聖剣教会の騎士団にいたならそれなりに知っていると思ったのだ。


 判断が速い。こういう時、この男は本当に無駄がない。

 ロバートは声には出さないが感心していた。


「平均的に見てもワイバーン一体でヒクイドリ五体を軽く圧倒します」


「そんなに……!」


 将斗が驚きの声を上げた。


 ヒクイドリですら対空攻撃手段を持たなければ一方的に狩られてしまうはずだ。

 それを圧倒するのであれば魔族に対しても優位に立てるのかもしれない。


「ねぇサシェ、知ってた?」

「わたしだってただの冒険者なのよ、マリナ……」


 尚、少女ふたり組は違う世界の話を聞いたような顔をしていた。


 無理もない。情報化など程遠い文明水準だ。

 最前線から遠くの地で活動する並の冒険者では得られる情報量も限られてしまう。「殿下より、この娘たちの方が巻き込まれた感が多分にあるよな……」と将斗は思ったが言わないでおいた。


「ヒクイドリも一部の国で騎兵化が進んでおりましたが、翼竜の効率的な飼育方法の確立によりあっという間に陳腐化してしまいました」


「ふむ? 先にヒクイドリが進んでいたということは金銭コスト面での優位性があったからなのでは?」


「はい。あるにはありましたが、さすがに五倍以上の強さを覆せるほどのものでは……。それに操る騎士自体を減らせますし……」


 たしかに地球でもひとつの国で万に届くような戦闘機の数は揃えられなくなっていた。

 航空機の高性能化により機体のコストが上昇し、それを操るパイロットに要求される専門スキルも高くなったためだ。


 詳しく聞けば、こちらの世界でも同じような部分はあり、ヒクイドリの場合は知能が低いため騎手の保護にまで頭が回らず、育成の困難な飛行騎士を振り落とし死なせてしまう事故が結構な頻度で発生するらしい。


 ――鳥類よりも爬虫類の方が知能が数段高いとはいったい……。


 聞いていた将斗を除く地球組は猛烈にツッコミを入れたくなったが、そもそも鳥類は火を噴かないし、爬虫類にしても火は噴かないどころか空も飛ばない変温動物だ。

 まぁ、異世界ファンタジーにつっこむのは野暮なのだ。


「なるほど。キルレシオだけが理由じゃないと」


 ジェームズは努めて平静を装いそう返した。


 いずれにせよすべての戦いは金に左右される。それは世界を跨いでも変わらない。

 そう思っておくことにした。


「とはいえ、費用面から人類圏でも上位の強国だけが保有可能ですから数は限られますし、有用性が証明されたがゆえに、ほとんどが対魔族戦線に回されています。現段階で我が国へ侵攻があるとしても、引っ張って来られるのは精々慣熟訓練中の個体の一部くらいでしょう」


 クリスティーナの話では、いかに人類が行使可能な最強クラスの武力としてアルメリア大陸に君臨しているとはいえ、搭乗する騎士の腕前によって戦果も異なるらしい。


 つまり、裏を返せばこのファンタジー世界には“撃墜王エース”がいるわけだ。

 今のところ空軍の人間はこちらにはいないが、いずれはそういった場面になるのだろうか。異世界の空に“すべてをブチ壊す悪魔”が現れるかもしれない。


「ふむ。そこさえ何とかすれば勝ち筋も狙えるかもしれないわけか」


 腕を組んだロバートは頷いた。


「ですが、戦いは数です。マッキンガー少佐。陸上軍の数に押し潰されかねません」


 思わず将斗は「兄貴」と言いそうになった。ミリアも気配を感じ取ったのか一瞬だけ「将斗さんって、ほんとバカ……」と呆れたような視線を送っていた。


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