第61話 文明の気配(当社比)
まばらに生えた草木以外はなにもない平原が南の地平線まで延々と広がっている。
吹く風によってタンブルウィードにも似た球状の植物が時折コロコロと転がっていくのも見えた。
北へ目を向ければすぐ近くには聳え立つ山々の領域となり、表情豊かな自然の風景を織り成している。
魔物の脅威が存在し、人類の支配領域が限られるこの世界では、ひとたび街同士を結ぶ街道から外れればこうした光景が当たり前だった。
そんな景色の静寂を破り割いて、
扉を開けて中から降り立ったのは、この世界にとって史上最大の異物である
「ミリア嬢、ここでいいか? 言っていた条件的によさそうな感じだが」
降り立ったロバートが、ティアドロップのサングラスを外してミリアを見る。
無精髭を生やしているくせに、くすんだ金髪にサングラスをかけているだけでハリウッド映画の男前俳優に見える不思議な光景だった。
それほど彫りの深い顔立ちではない将斗にはすこし羨ましいと感じてしまう。
「そうですね。少し調べますのでお待ちください」
将斗たちと同じ野戦服に身を包んだミリアが周囲を見渡しながら端末を操作して答えた。
「なんだか、まだお尻がむずむずするんだけど……」
「うん、ずっと揺れているような……」
後ろの車から降りてきた少女ふたりから何やら意味深な言葉に聞こえたがたぶん気のせいだろう。
この世界には存在しない金属製の馬車を経験したサシェとマリナは揺れがおさまってもまだ落ち着かない様子だった。
さて、明らかな場違いオーラを放つ鉄の箱は四×四輪駆動の装輪式多目的軍用車両 L-ATVだ。
一九八〇年代からアメリカ軍で広く使用されているハマーの名で知られたAMゼネラル社製の『
このL-ATVは軍用車両としては比較的小型軽量ながら、RG-31やM-ATVと同等の防護能力を持ち、
「ふふ、彼女たちが慣れるにはもうしばらくかかりそうですね」
クリスティーナは少女ふたりを温かい目で見て頷いていた。「自分にもあんな頃があったな」とでも言いたげである。
「……そうだな」
ロバートは悩んだ末に沈黙を選んだ。
クリスティーナの年齢が少しばかり上だとしても、搭乗回数では五十歩百歩だろう。
そもそも二回目には地面に前衛アートを作り出している。どういうわけか彼女の記憶には残っていないらしいが。
「うん、大丈夫です。ここなら問題ないと思われます。いよいよ次の段階ですね」
ロバートがゲロ事件を指摘しようとしたところでミリアが声を上げた。図らずもクリスティーナの名誉は守られた瞬間だった。
「なにが始まるんです?」
「第三次大――ちょっと将斗さん! 横から茶々を入れないでください! ……失礼しました。オーダーに基づく拠点となる“小規模基地”――わかりやすく言えば砦を建設します」
隙あらば将斗は
思わずそれに乗りかけたミリアは
「砦? まさかそんなものまで出せるのですか?」
クリスティーナが信じられないと疑問を発した。マリナとサシェも口には出さないが同様の表情となっている。
「おそらく殿下が想像しているものとは少し異なりますが。これで現状の制限を超えた車輌の追加運用が可能になりますし、なによりこのような僻地でも快適な生活が送れます」
地球組が「やっとか……」としみじみと頷く中、ミリアは現地人にもわかるよう簡単に解説していく。
「まぁ、なんにせよ腰を据えられる場所があるのはいいことだ」
「街中にいたんじゃ訓練もできないし、車輌が使えるのはアドバンテージだな。いちいち徒歩や馬車で動いていたんじゃ、いくら時間があっても足りない」
「それよりも先にケツがもちませんよ。医療保険もないってのに……」
ロバートの嘆きに応えるように、エルンストは途中まで我慢した馬車での長距離移動を思い出して苦い笑みを浮かべた。
他の地球組も同意の笑い声を上げる。
特殊部隊出身なので過酷な訓練や長期演習にも常人以上に慣れているが、やはり一度覚えた文明の味は忘れられない。身体が自然と求めてしまうのだ。
一方、現地人たちにはあまりピンとこないようだった。やはり自分たちの尻とは異なるマテリアルでできているのかもしれない。
「わたしにはみなさんのお尻だけはなんともできませんので……。ですが、
「そいつはいい。グッドニュースだ。今は騎兵隊より柔らかい椅子が欲しい」
「妙ちくりんな鳥をいつまでもMANPADSで相手していられんしな。対空機関砲くらいあるといいな、水平射撃もできるし……」
「盗賊にはオーバーキルですよ。ミンチよりひでぇことになります」
ロバートの言葉をスコットが引き継ぎ、予想外に過激化したので将斗が我慢できずツッコミを入れた。三大欲求の次くらいに戦争がありそうな人間の話には付き合えない。
「大地のいい養分になるだろ。あれもテロリストみたいなもんだ。治安維持に協力してるんだから、感謝こそされても文句を言われる筋合いはない」
「ハンセン少佐、それ地球だったら間違いなく問題発言ですからね……」
本気で言っているスコットへジェームズが苦い笑みを向けた。
「問題にするヤツなんて向こう数百年は出てこねぇよ。……はて? もしかして
自由というよりは無秩序、あるいは「ヒャッハー!」な方ではなかろうか。
「みんなの話はわからないけど、あたしは地元が平和になって嬉しいよ」
そんな中でマリナがぼそっとつぶやいた。
何人かは「おまえもか……」とスコットからの悪影響を心配したが、現地人からすれば盗賊の被害は馬鹿にならないのだろう。
ここまでの道中でも盗賊の襲撃を数回にわたって受けていた。
昨日の初襲撃と、その二時間後に再度襲撃を受け、マリナとサシェの故郷――北西の隣国エトセリアの王都にたどり着いたのは夕暮れ時だった。
慣れない馬車に疲れ果てた将斗たちはとりあえず冒険者登録だけ済ませて宿で一晩明かし、それから早朝に王都を出てこの場所へやって来たのだ。
「王都を離れるとどうしても治安が悪くなるものね……。あ、そういえばあの御者さんは無事に帰れたでしょうか……?」
盗賊については明言を避け、サシェは話題を途中で別れたギルド職員のものに変えた。
通算四回目の盗賊の襲撃を受けたところで、ロバートは「ここまででいい」と御者に告げて馬車をヴェストファーレンへ引き返させた。
帰りのルートは安全な道を通るよう指示をしておいたし、時折山から飛んで来るヒクイドリは盗賊と馬の死肉に夢中だった。
いざとなったら馬を飛ばして逃げるように言ってあるので大丈夫だろう。
「寡黙なヤツだったが、見たところ素人じゃなさそうだし平気だろ」
ロバートはまったく心配していなかった。
あの隙のなさからするに、どうせギルドの諜報員か何かだ。
こちらを心配する素振りを見せてはいたが、ギルドから相当に言い含められているらしくプロ意識を発揮して余計なことは何も言わず戻って行った。
口数は少なくとも気の遣えそうな男だったので無事だとよいが。
「まぁ、細かいことは後にしよう。ミリア、やっちゃってくれ」
「わかりました。みなさん、わたしよりも前に出ないでくださいね!」
会話が繰り広げられている横で、ミリアがタブレット端末を操作して特殊プログラムを起動させていく。
パソコンではないためファンの音が大きくなったりはしないが、画面では一生懸命にプログラムが走りなにかを転送させようと躍起になっている。
結構負担が大きいのかもしれない。
「ではいきます。プログラム――
タブレットから放たれた青い光が大きな球体となり、上空10メートルくらいの場所まで浮かび上がると次の瞬間それが弾けた。
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