第60話 六文銭を君に
「……それで? なんでコイツも現地人同様にグースカ寝られているんだ? ケツが鉄でできてんのか?」
不意にスコットの呆れ声を上げた。
視線の先では
「まぁ、たいしたものだとは思いますが……」
ジェームズも曖昧なコメントに留めた。
さすがに誰も言葉にはしないが、これも人とは異なる存在ゆえのタフネスさなのだろうか。いや、そんなはずはあるまい。
オペレーターたる彼女の細かい
「……おっと、次の“お客さん”のようです」
遠くに視線を向けていたエルンストが不意にライフルを構えた。
残るメンバーの表情もにわかに変化する。退屈から解放されたと言わんばかりに。
「おっ! お次はなんだ? ドラゴンか? ジャベリン出さないとだな」
――冗談でもやめて!!
見守るしかないクリスティーナは心の中で叫んだ。
表情に出ていたのを見咎めた将斗は「フラグかな?」と思った。さすがにそれは勘弁して欲しかったが。
「んー、あの感じは盗賊サマご一行かと」
彼方にぽつり浮かび上がった点――こちらに向かって馬を走らせてくる野盗の群れらしき集団が見えた。距離はまだ1㎞以上ある。
「スコープなしで見つけたのか。すごい視力だな」
「成長期なもので」
エルンストがふっと笑った。
本来ならエルンストでも気付くにはもうしばらく時間を要したはずだが、
「あー、たしかに見えました。遠目から見たら馬車一台なんて絶好のカモなんでしょうね」
次いでジェームズが危機感のない声を上げた。
さすがに遠見に関しては狙撃のエキスパートに一日の長があるようだが、それでもメンバーたちも順次敵の存在を視認していた。やはりこの世界に順応しつつあるようだ。
「よし、全員起きろ起きろ! お客だぞ!」
ロバートが手を叩きながら馬車の荷台をジャングルブーツで踏んで音を出す。
「「んあっ!?」」
眠りから強引に覚醒させられたマリナとミリアの奇声が上がる。サシェはびっくりしてはいたが変な声は出していなかった。
育ちの差かな? スコットは思った。
「ほら、戦闘準備だ。得物を取れ」
呆れ交じりの視線を寝ぼけガールズに浴びせながら、ロバートは御者に馬を停止さるよう告げて素早く迎撃の準備を行っていく。
「えっと、警告はしないのですか?」
サシェが遠慮がちにロバートへ問いかけた。
表情を見ると「一応訊いておきますけど……」と書いてあった。
どうにもここ数日である種の信用を失った気がする。
「要らんだろ。ところでお姫様、貴国での盗賊の扱いは?」
「縛り首ですわね」
即答だった。
ついでにミリアにも視線を送ると無言で頷いていた。
眠りを邪魔された彼女の表情は不機嫌全開だった。「さっさと片付けてくれ」と顔に書いてある。ストレート過ぎではないか。
サシェは「この人たちに聞くんじゃなかった……」と真剣に後悔した。
「なるほど、シンプルだ。弁護士でも呼ばれたらどうしようかと思いました」
いつでも撃てると照準器を覗きながらエルンストが不敵に笑った。
「黙秘権ならちゃんと行使させてやるよ、永遠にな。先に指揮官を黙らせてくれ」
「Rog.」
地球でも極めて危険な
見事な手際で荷台に据えられたM192三脚に載るFN M240E6
すでに銃口は迫る盗賊たちを睥睨している。
もちろん、そんな物騒極まりない代物が自分たちに向けられていることを知らない盗賊たちは非常に当てやすい密集隊形のまま進んでくる。
もう少しすれば馬車を包囲するような鶴翼に近い形をとるつもりだろう。
早々に片付けるなら、今のうちに仕掛けるべきだ。
「なぁ、最初にグレネードを撃っても――」
「まだ爆破し足りねぇのか、おまえは。たまには出番を譲れよな」
やや遠慮がちに発せられたスコットの提案は指揮官権限で即座に却下された。
すでにM320グレネードランチャーを手に持っているのは見なかったことにする。
「よし、爆弾魔は放っておいてさっさと片付けよう。サシェ、空気の流れをいじって馬と御者に銃声があまり響かないようにしてくれ。マリナは馬が暴れないよう御者のフォローに回ってくれるか」
ロバートの決断は早かった。
M240E6の後方に伏せて射撃姿勢をつくると、メンバーたちとは対照的に警戒を強めているマリナとサシェに指示を出す。
「わかりました」
「出番がなさそうだけど、まぁしゃーないね」
返事をしたふたりが動いたのを確認したところで、ロバートはカバーを閉じて照準器を覗き込む。
一瞬の静寂が平原に訪れた。
「そこの馬車! 命が惜しければ、金目のものを置いて――」
「オーケー! 鉛でいいか! たっぷりくれてやるよ!」
脅し文句を消し飛ばし、口唇を不敵に吊り上げたロバートが大声を放つ。
ほぼ同時に放たれた一発の銃声が声を上げた最前列にいた頭目の鼻から上を吹き飛ばし、次いで重々しい咆吼と共に7.62×51mmNATO弾の銃火が迸った。
「んな――」
突然のこと――なにをされたか理解する暇もなく、襲い掛かる相手を間違えた盗賊の群れは、馬か人間に大口径ライフル弾を叩きこまれて地面へ沈んでいく。
さて、先頭を走る馬が転倒した場合、後ろを走っている集団の運命は――
人間と馬の悲鳴とイヤな音、そして大量の砂埃が上がった。
後続の馬たちに踏み潰され、あるいは彼らまで巻き込んでの転倒で二次被害を拡大させていく。
しかし、当然それだけではすべてを仕留められない。
指揮官を失い恐慌状態に陥った残りの盗賊たちへ向けて、ロバートは淡々と弾丸を送り込んでいく。
「いいぞベイベー! 逃げるヤツは――いないな」
あっという間だった。
打ち倒されるというよりは薙ぎ倒されたと表現するべきかもしれない。
それほどまでに機関銃の掃射は容赦がなく、人類の歴史でも大量の死者を生み出した武器の完成形に等しいものなのだ。
「……動くヤツも残ってないか。ホント戦いは地獄だぜ」
地獄を作った本人がいうセリフではないのでは?
将斗は辛うじてツッコミを自制した。
「鉛弾で三途の川を渡れたらいいですが」
とはいえ盗賊が相手ではその程度の感慨しか湧かなかった。
「いや、スニーク・タランチュラの件で無茶苦茶だってわかったつもりだったけど……」
「本当にとんでもない人たちと知り合っちゃったわね……」
「奇遇ですね。その気持ち、察するに余りあります」
サシェの補助によってこちらの馬が暴れずに済んだこともあるが、それを差し引いてもすさまじい呆気なさで事態は終結した。
少女ふたりとお姫様はあらためて自分たちが関わった男たちの底知れなさに頼もしさと不安を覚えざるをえない。
「さぁ、ボヤボヤしてるとまたあの鳥が死肉を狙って来る。目的地まであとすこしなんだろう? 先を急ごう」
「見境なく焼き鳥を作りたいわけでもないしな」
すっかり言葉を失っていたマリナとサシェ、それとクリスティーナに向けて、何事もなかったかのようにロバートとスコットは出発を促した。
「「「あ、はい……」」」
こうして、世界史上最短クラスの集団戦――いや、そう呼ぶにも値しない蹂躙劇が幕を下ろした。
今回、餌食となったのは名もなき盗賊たちであったが、辺境の平野に轟いた銃声がこの先巻き起こる嵐の序曲となるのは間違いない。
対魔族戦線とは異なる新たな火種を燻ぶらせた世界に、
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