第58話 覚悟はいいか? 俺たちはできてる


「ふむ。入り込む隙があるとすればそこですね。教会軍と戦う前に話を持ちかけておきましょう。先に接触しておけば旗幟を明らかにしやすくなる。無論、教会に勝つのが大前提ですし国内もまとめておかないと寝首を搔かれますが」


「ですが相手はヒトに友好的とは言えません。危険では?」


「いや、危険は承知です。それでもコイツらを取り込まないのはありえませんな」


 ここで初めてスコットが口を開いた。

 それまで黙っていた存在感ばっちりの巨漢が口を開いたことで視線が集まる。


「何故そうおっしゃられるのだろうか?」


 珍しくここでリーンフリートが疑問を発した。

 彼は異世界人たちの序列――特にロバートと隣に座る巨漢が同列だと見抜いていた。

 その人物が口を開いたのなら只事ではない。そう思ったのだ。


「魔族ですよ。これまでの戦いの歴史は存じないが、ヤツらも搦手を使ってくる可能性が出てきた。


「あっ……。フランシスと同じで後方の撹乱……」


 クリスティーナが理解の声を上げた。


「そう。次に企むならテロよりも手間はかかるが、より後方の異種族を一気に取り込む。その時に何も出来ていなかったら?」


「本当の意味で背後に敵が生まれ挟撃されてしまう……」


 王女の顔色が悪くなった。

 とんでもない伏せ札があったと言わんばかりに。


「たとえ口約束でも自分たちが迫害されている中で「助けてやる」と言われたら靡きかねない。そんな真似を貴国は許すおつもりか?」


「しかし亜人を取り込めても教会に勝てるとは限らないのでしょう? その場合の落とし所はあるのですか?」


「いくつかは。一番いいのは教会を倒して人類最大勢力に踊り出ることですがそれはさすがに無理でしょう。なにしろ教会を滅ぼしたら大混乱に陥る。それを魔族が見逃すとは思えません。ここは派閥も関係ない。程々のところで終わる必要がある」


 ロバートが引き継いだ。


 自分たちで窮地を生み出しては意味がない。

 教会との戦いに疲弊したところで魔族が来ればひとたまりもない。論ずるまでもない話だった。


「だから目標を“均衡状態を作り出す”ことにするのです。「アイツらは邪魔だが、そこはとりあえず後で考えよう」と思わせるところが最善ですね。時代に合わせて変わるものもあります。信者の思想だって数十年かけたら案外変わるかもしれない。だから狙うのは“多極化”での勢力均衡です」


「“多極化”?」


「例えば教会、我々、異種族、あとは魔族で情勢を複雑化させてしまう。こうすると少しだけ戦争が起こしにくくなる。これも魔族次第ですがね。いかんせん情報が足りません。魔族が最後には他種族を根絶する気なら成り立たない話です。まさに数十年か数百年かけて世界の覇者を決めるかどうかですよ」


「なるほど……。これから我が国がとるべき戦略はおぼろげながら理解できました。しかし貴殿らはどのように我が国にご協力いただけるのですか?」


 リーンフリートは「そここそが訊きたいのだ」と踏み込んできた。


「我々の世界から武器を召喚して戦っていますが、それのみならず人員も召喚可能となりました。どうやらこの世界の召喚術のような対価は必要ではないらしいです」


 カードをひとつ切った。


 もっとも、これだけでは地球組の本当の実力を測ることはできない。

 それでも“勇者召喚”なるものが存在する世界からすれば訓練済みの兵士が増えるならさぞや魅力的に見えるだろう。


「なんと!?」


「言っても現時点では数名ですがね。だから数を揃えるためにも亜人を抱き込みたいのです」


 エーレンフリートとリーンフリートはピンと来ていないようだが、クリスティーナは誤解しなかった。

 父と兄から視線を向けられた王女は力強く「大丈夫」と頷く。


 結果論とはいえ、たった五人で人類圏での大量虐殺を阻止し、教会の騎士団も容易く跳ねのけた男たちだ。

 その仲間というなら彼らに劣るような人材ではあるまい。


「数の制限があると。ですが、いずれはそうでなくなるような口ぶりですね」


 クリスティーナは自身の勘を信じている。

 出会った時に感じた、彼らの持つ抜身の刃とは比較にならないほど圧倒的な力の匂い。

 それはきっとこの世界に大きな変化をもたらすはずだ。


「おそらくは。我々がとるべき道を誤らなければ、軍団レギオンの規模となるでしょう。これ以上語ることにあまり意味はありませんが」


 ロバートなりに言葉を選んだ末の発言だった。


「ふむ。明言しないのは、希望的観測になるからであろうな」


 頷きながらのエーレンフリートの発言にロバートは驚きを覚えた。こちらの裏まで誤解なく読み解いていたからだ。


「では……私からも今のうちにお願いしておこう。もしも戦いの末に国が亡ぶような事態となれば、子供たちを連れて再起を図ってもらいたい。貴殿らならできるのだろう?」


「お父様!?」

「父上!?」


 同時に立ち上がった子供たちをエーレンフリートは手を掲げて制した。

 有無を言わせない気迫があった。


 もしも策が間に合わなかった場合、彼自身がすべてを引き受けるつもりでいる。自身の戦うべき場所を理解した上で覚悟を終えていたのだ。


「しかと承りました」


 ロバートはそっと頭を垂れた。


 だが、それだけで終わるつもりはない。

 今だけの仮初の希望ではなく未来に続く言葉を紡ぐのだ。


「……ですがご安心を。そのようにさせないために我らがやって来たのです」


 今度こそ、エーレンフリートは隠しようもないほど大きく息を吞んだ。


「ご裁可を。それですべての障害を叩いて潰してご覧にいれましょう」


 エーレンフリートは小さく身震いした。

 状況はとてつもなく絶望的だ。国内の貴族もいくらかは寝返りかねない。


 それでも、この者たちがいればなんとかなってしまうのではないか。そう思ってしまう。

 これがたとえ一時的な興奮によるものだとしても、強く湧き上がる闘志が生を諦めることを許さない。

 一方で怯えもある。勇者でも魔王でもない“まったく別の何か”を世に解き放ってしまったのではないかという不安にも似た感情だ。

 それらが綯い交ぜになっている。


「言い切ってみせるとはおそろしいものだ。もしも世界が滅びることになるとしたら……その切っ掛けを作ったのは私ということになるのだな」


「いいえ、陛下。


 異界の戦士はさもないことだと言ってのけた。






『――通知:特殊条件 《現地国家との友好関係構築》に成功。兵団運用のための“基地機能”が解除されます。拠点を立ち上げてください』


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