第57話 仕事は段取りが九割
「して、ロバート殿。戦うことに異論はありませんが、何か策はお持ちなのですか?」
ジェームズの笑みを見なかったことにしたリーンフリートが疑問を発した。
これもまた当然の反応だとロバートは思う。彼らがもっとも気にするのはそこだ。
ただ「任せてくれ」と言われて「はいそうですか」と諸手を挙げて大歓迎となるわけもない。
「ええ。無論、我々の力も万能ではありませんので、当面は数的な兵力も揃えられそうにないことは加味せねばなりませんが」
再び役割が回って来たロバートはひとまず答えて考えをまとめていく。
仮に開戦までに地球組の頭数が揃わなくても、スタンドオフ兵器が使えるなら敵本拠地だけを吹き飛ばす方法もある。
しかし、これはまだ制限されていたはずだし、賭けの要素が強く採用しにくい。
派閥争いの激化でこちらに構っている余裕がなくなってくれればいいが、下手をすると狙いの派閥争いまで物理的に吹き飛んでしまう。
そうなれば残存勢力が一致団結し、それこそ三十年戦争同様に泥沼化する可能性もある。
現代兵器に頼り過ぎた場合の懸念点はこれだけではない。
この世界では超常現象とされる“何もないところからの攻撃”を特定の勢力が引き起こしたものと認識してくれるかだ。
もしもされなかったら無駄に混乱を引き起こしただけに終わる。
こちらの脅威が正確に伝わっていなければ正しい意思決定すらなされない。
かと言って
――ダメだな。これは今考えることじゃない。
だから一度考え方をもっとマクロにまで広げてみる。
「ひとつ念押ししておきたいことが」
「なんでしょうか」
リーンフリートはわずかに姿勢を正した。
「我々が戦うのは教会ですが、一方で人類全体の脅威である魔族が何を目的としているのかも探るべきかと」
「魔族の目的……ですか?」
今度はクリスティーナが疑問を発した。
現状と遥か遠くの魔族――それも人類圏で虐殺を起こそうとした種族とがリンクしないのだ。
「こちらがそれに巻き込まれたように、魔族にも派閥があって然るべきでしょう。もし交渉の糸口が掴めれば長年続いた戦いに終止符を打てる可能性がある」
まったく予期せぬ考えに王族たちは息を呑んだ。「そんな考えがあるなど思いもしなかった」と言わんばかりの表情だ。
当たり前だから疑わないでいると思考はたちまち硬直化してしまう。「魔族とは殺し合うだけの存在」これがこの世界の“常識”なのだろう。
「もちろん、これは一例として挙げただけで簡単な話ではありません。こちらにある程度の力がないと交渉相手にもなれませんしね。まぁこっちの話は追々で構わないでしょうな。教会に負ければ同じことですから」
「は、はぁ……」
理解が追いついていないのかクリスティーナから困惑の声が上がった。
残るふたりも反応は王女に任せて様子を窺っている。まるでカナリア扱いだなと思った。
「では、話を戻しまして……。まずは短期的な行動の指針を決めましょうか。国家が総力を挙げるとはいえ敵は人類最大勢力、今は少しでも味方が必要です」
続いてジェームズが口を開いた。
全員が素直に頷く。それを見て眼鏡の青年は話を続けていく。
先ほど発言しても特に問題なかったことから、今後は積極的に入ってくるつもりらしい。
残り三人がほとんど役に立たないのもあるだろうが。
「この国の地理情勢――通ってきた西側がヒト族のエリアとは理解しておりますが、周辺国との友好関係なども含めてお聞かせ願えませんでしょうか」
なにぶん自分たちはこの世界の情報が足りなすぎる。
そもそも地形がわからねば今後の作戦を練ることもできない。
「では私から。我が国の南方は人では踏破できない険しいローレンシア山脈が広がり、北方もそこまでではありませんが比較的なだらかな北西部にエトセリア王国が、真北は山岳地帯となりバルバリア王国が存在しています」
王からの目配せを受けたリーンフリートが取り出した周辺地図を広げて答えた。
さすがに軍にも関わるだけあって前もって準備していたらしい。優秀な跡取り候補なのだろう。
「エトセリアは小国なのでさておき、バルバリアとは正直友好関係と言えませんので抱き込むことは不可能でしょう」
後者について話すリーンフリートはあまり愉快そうには見えなかった。
敵対していないだけで相当良くないのかもしれない。
いずれにせよ北方で山岳地帯ともなれば環境は厳しいはずだ。こういう土地では宗教が強かったりする。
リーンフリートの反応から見るに教会勢力が優勢なのだろう。
「山に遮られていない東方は?」
そちらはひとまず置いて、ジェームズが地図を指さして訊ねた。
大陸の東側へと抜けられるように見えるが、途中から空白地帯となっている。
つまり未知の領域なのだ。
「こちらは……│
「亜人と申されますと、エルフとかドワーフとか獣人とかでしょうか?」
将斗が声を上げた。これにはサブカルの血が黙っていられなかったと見える。
「ええ。……ご存知なのですか?」
王子の表情に疑問符が浮かび上がった。これはまずい。
「まぁ色々あって。……ですが好都合ですな。こうなったら先にそっちを飲み込むべきでしょう。潜在的な仮想敵国よりもずっと可能性がある」
余計なことを言った将斗を軽く睨み、ロバートが代わりに話を引き継いだ。
ゲームの知識は使えても、そのものの世界に紛れ込んだわけでもないのだ。
下手なことは言わないにかぎるし先入観を持つと後々良くない。
もっとも国があるというだけでどの程度文明的かもわかっていないのだが。首狩り族のエルフが出て来られてはたまらない。
「飲み込むとはどういうことでしょうか?」
将斗の発言よりも気になったらしく興味はそちらに移っていた。
「亜人なんて呼ばれているくらいです。どうせ教義的に人間扱いされないとかではありませんか?」
「よくおわかりになられますね……」
すかさずジェームズが切り返し、リーンフリートが驚きの顔となった。
これで完全に誤魔化せただろう。
「少し過ごしただけですが、それらしき姿をどこの街でも見かけませんでした。つまりヒトと敵対しているか、表立って歩くことも許されていない扱いかのどちらかです」
眼鏡の奥で光る瞳には深い知性が宿っていた。
たとえ無意識にでも油断はできないと答えに詰まる王子は肌で感じていた。
「お答えいただかずとも理解できました。あ、でもひとつ聞かなければいけないことが。この国は亜人たちにツテがあったりしますか? もっと言えば迫害していないかが知りたいです」
「商人はどうかわかりませんが、国としての繋がりはありません。教会との関係から干渉はしていませんし、それゆえに迫害もしていないわけですが。ただ聞くところによると
つまりヴェストファーレンは恨みを買っていないことになる。これはいい情報だった。
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