第55話 矜持と責務


 ――これがこの数日で導き出した結論か。意外だな。


 ロバートは内心でエーレンフリートの言葉を反芻しながら小さく唸った。


 正直に言えば、想定していた以上の答えだった。

 どういう“魔法”が働いたのかと思うほどだ。


 おそらく事前に将斗たちと行動を共にしたクリスティーナから、彼女なりに解釈した内容を伝えられているのだろう。

 そうでなければ身元の不確かな者などプライドの高い王族からなら「軍の末席で使ってやってもいい」くらい言われても不思議ではないし、実際に使い潰されるのがオチだ。


 とはいえ、喜ぶばかりでもいられない。


 先ほどのエーレンフリートの言葉から読み解くに「世界に変革をもたらすため、神より遣わされた異界の戦士」くらいだろうか?

 少なくとも勇者とやらではないのだ。あまり過度な期待を持たれても困る。

 これは後々軌道修正が必要になりそうだ。


 しかし、それも先のこと。ひとまず話を進めていく。


「我々といたしましては、貴国へ助力させていただくに問題はございません」


「おお、そう言ってくださるか……!」


 さすがに今回ばかりは国王もポーカーフェイスを保ち切れなかった。紛れもない歓喜の色が漏れ出ている。

 幸いと言うべきか本人も周りも気付いていない。

 大陸を支配する一大勢力きょうかいを敵に回すとなれば藁にも縋りたい想いなのだろう。


「先に申し出ていただいた上で恐縮ですが、あとは貴国にどこまでの“やる気”があるかでしょう」


「“やる気”とは?」


 それまで黙っていたクリスティーナが疑問の声を上げた。

 エーレンフリートは視線を向けたが咎めはしない。


 ――意味なく同席させているわけではないか。


 ロバートは王の狙いに気付いた。

 自分たちよりも付き合いの長い娘を使うことで、より本音に近い言葉を引き出そうとしているのだろう。


 先ほどから感情を抑えている国王の立場では口に出せないものも、王女であれば看過されることもある。王位を継がない以上、発言は一段低く見られるのだ。


「そうですね……。“覚悟”と言い換えても構いません」


 ロバートは出された水で舌を湿らせて答えた。


 毒物感知はミリアが行っており、彼女が警告しない以上は問題ない。

 ぬるい水が喉を通り過ぎる頃、「それだけではないのだろう?」と目線で続きを促される。


「当然、教会はクリスティーナ殿下の身柄引き渡しのみならず、あの手この手で譲歩を求めてくるでしょう。要求を跳ね除けたなら後は戦争に突入するしかありません。相手がどれだけの戦力を投入してくるかわかりかねますが、少なくともそれなりの規模にはなるでしょう」


「我々としても報せを受けてすぐに教会寄りでない有力貴族たちを中心に備えは始めています」


 ここでリーンフリートが答えた。


 隣の国王は頷くだけだ。

 軍務に関しては彼がある程度権限を与えられているようだ。

 反攻軍を組織するとすれば総大将を務めるのかもしれない。


「まとまりそうですか?」


 ロバートは問い返した。甘さのない――期待を感じていない口調だった。わずかに空気が緊張を帯びる。


「努力は払われている……と思う」


 空気を察した青年はどうにか相手の望む答えを導き出した。「我らは一騎当千。腐敗した教会軍など恐れるに足りず」などと答えれば話はそこで打ち切られていただろう。

 王族としての矜持と現実を直視しなければいけない立場での葛藤が垣間見えた。


「それは結構。ですが、本質的な問題はそこではありません」


 ロバートは頷き、話の向きを変える。

 この話を続けるつもりはなかった。


 国内の情勢は後でいい。

 自分たちが王国での存在感を出すにはもっと別の価値を提示する必要があった。

 それに、国内貴族に教会寄りの者がいるとすれば、早晩旗幟を鮮明にさせる必要もあるし、場合によっては粛清せねばならなくなる。

 そんな話をここでするつもりはなかった。


「と言うと?」


「たとえ連中を追い返しても教会の勢力が健在な間はこの国は『人類の裏切り者』扱いのままです。これでは事態は解決しない」


 場の緊張度がにわかに増した。

 侵攻を跳ね除けてもこれだけでは解決しないと言ったも同然だった。


 ロバートは気にせず続けていく。

 見ている側――スコットは口寂しさで煙草を吸いたいと考えており、エルンストは“この会談の先こと”をすでに考え、ジェームズはいつでも隊長のフォローに回れるように、そして最後の将斗はこういうところでは小市民なのでひとり緊張しっぱなしだった。


「ゆえに、やると決めたならば――。被る損害が大きすぎるなら向こうが諦め『不幸なすれ違い』とでも銘打って、適当な者を生贄にしてクリスティーナ殿下の魔女認定を撤回する可能性も出てくるでしょう」


 本来は政治劇の一環でさっさと終わらせるはずだったものに過大なリソースを割かれ、肝心の対魔族戦線ほんめいを維持できなくなるからだ。狙うとすればここしかない。


「しかしロバート殿……! おっしゃるは簡単ですが、それまでにどれだけ我が国の民が犠牲になるか……!」


 クリスティーナが身を乗り出した。

 この反応は予想できていた。彼女の気性を知る人間としては机を叩かないだけ上等だと思ったくらいだ。



 ロバートはクリスティーナの言葉を容赦なく一蹴した。


「……!」


 少女は気勢を削がれると同時に言葉の意味を理解した。

 唇を小さく噛んで椅子に腰を戻す。あらためて状況がろくでもないと思い知らされたのだ。


「我々は君主制がごく一部、それもほぼ形だけしか残ってない世界からやって来た身。しかし、王族を頂点に戴く国の重みは多少なりとも理解しているつもりです」


 視線を向けるとジェームズイギリス人将斗日本人が小さく頷いた。


「それに、実質的な属国にされて一番の煽りを喰らうのは生き残った民たちです」


 さすがに「死んだあとの心配なんてしなくていい」とは言わない。

 排除するのが前提のベリザリオ相手ではないのだ。

 たとえ事実でも、それではせっかくの後ろ盾になり得る存在を失ってしまう。


 ならば――


 王族としての“矜持”よりも、民を守るべき立場という“責務”の面を直視させるのだ。

 我ながら外道なやり方だなとロバートは自嘲したくなった。


「“国家主権”という言葉があるかは存じ上げませんが、それでも国家が独立を保つとはそれくらい重いことであられましょう? 犠牲を積み上げてでも戦うよりほかないことも」


 そこ言ってひとまずロバートは口を閉じた。

 今はこれ以上畳みかけても考えをまとめる妨げとなるだけだ。しばし時間を置くことにした。


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