第54話 国王エーレンフリート
そうしてクリスティーナとの面通しが終わり、彼女と外で控えていた護衛に連れられ部屋を移動する。
行き着いた先――重厚な扉を開けて目的の部屋へ入ろうとすると、護衛たちはそこで扉の左右に展開した。
――護衛にも聞かせられない話になるかもってことか。
控えめな装飾の施された扉を潜ると、堅牢な造りの椅子に腰を下ろしたひとりの中年の男性が一行を出迎えた。
どうするべきか迷ったがクリスティーナに任せた。
失礼にならない程度に観察すると、男の服装は仕立てこそ良いが驚くほど簡素にまとめられている。少なくともクリスティーナよりもずっと目立たない。
貴人の持つ威厳を意図的にないものとすれば、少し身なりの良い商家の主人に見えた。
無論誤解はしない。王族を前に座したままでいられる者など、この国には数えるほどしか存在しないのだ。
「娘から話は聞いている」
発せられたのは低く通る声。それらが将斗たちへ届く中、さりげなくだが値踏みする視線を感じた。
「先に名乗っておこうか。エーレンフリート・ケーニヒ・セイネス・ヴェストファーレンだ」
すでに予測はしていたが、見た目の年齢とこの名乗りだけで十分である。
この国の頂点、至高の王冠を戴く存在は国王しか有り得ない。
もっとも、今は王冠を着けてはいなかったが。
「国王陛下の御尊顔を拝謁する栄誉に浴しましたる事、 身に余る光栄に存じます」
ロバートは即座に片膝をつき、映画などで見たものの見様見真似だが臣下の礼を取る。
周りもそれに倣った。
「ほう……」という小さな溜め息が聞こえた気がした。
「見事な衣装のみならず優れた教養もお持ちのようだ。……とは言え、ここは非公式の場だ。楽にしてほしい」
とは言われても容易には動けない。
この世界の作法には通じていないが、おそらく王族に直答できる者は限られている。「はい・いいえ」だけが許される程度だろう。
自分たちはヴェストファーレン王家の臣下ではないが、ひとまずそれに準じた振る舞いをしておくべきだ。
「堅苦しいのは不要だ。重ねて言うが楽にしてもらいたい」
「はっ」
膝をついた状態からようやくロバートは顔を上げた。
まずはこれが「楽にしてほしい」と言われてできる限界のラインだった。
「直答で構わん。礼節も示してくれた以上、今は迂遠なやり取りをすべき時ではない。せっかく貴重な時間を稼いでくれたのだろう、異界より参られた方々よ」
「“父上”が斯様におっしゃっているのです。わたしからもですが楽にしていただけませんか。――まずはどうぞこちらへ」
案内されるままに将斗たちは王族の後を追う。
国王に至っては先に歩きだしていた。
娘もそうだがずいぶんと腰が軽い。“中央”から離れているからだろうか。
いつもなら軽口のひとつも出ようものだが、さすがに今回ばかりは誰もその役を演じようとはしなかった。
「おかけください」
繋がった隣の部屋には長机が用意されていた。
すでに先客があり、立って出迎えられる。
エーレンフリートによく似ている。おそらくは王子か。
目礼だけを交わし、促されるまま将斗たちは椅子に腰を下ろす。
テーブルを挟んでヴェストファーレン王家と向き合う形となった。
「まずは礼を述べたい。貴殿らは我が娘クリスティーナの窮地を救ってくれたと聞いている。我が息子リーンフリートも感謝している」
エーレンフリートは将斗たちひとりひとりを見て言葉を発した。隣の王子もそれに倣う。
「第一王子のリーンフリート・セイネス・ヴェストファーレンです。妹が世話になったと聞いております」
柔和な笑みの似合う金色の髪の青年だった。
男前度ではジェームズにやや負けるが、高貴なオーラがそれを大きく上回っている。総合評価ではスパイに勝ち目はなさそうだった。
「陛下に殿下も過分なお言葉を。結果的にそうなったに過ぎません」
地球組を代表してロバートが答える役を務める。
実際彼以外に適役がいなかった。次点でノーブルな出のジェームズといったところだろうが、必要に迫られない限り彼は最初から出張るつもりはなかった。
「構わぬ。
言葉の端々から彼が飾りの王様ではないと面々は即座に理解した。
無論、“飾りであった方が良い場合”もあるため、今の時点では彼がどちらかは判断つきかねるところだが。
「それよりもクリスティーナ。不規則な形とはなったが、おまえの恩人を紹介してもらえぬだろうか?」
「はい、陛下」
クリスティーナは頷いた。
恩人の紹介でもなければ、国王と無官無位の人間が会話するなどありえない。
白々しい儀礼だが、それでもお姫様の表情は「自身の命を救ってくれた恩人にあらためて感謝を表明したい」と物語っている。
「こちらは異界より参られた方々でございます。フランシス王国での魔族の企みを未然に阻止し、また教会に粛清されかけたわたしの窮地を救ってくれたばかりか本国まで護衛してくれました。こちらから――」
ロバート、スコット、ジェームズ、エルンスト、将斗、それからミリアの順で紹介していく。
ミリアの時ばかりは、さすがのエーレンフリートもどうしていいかわからない様子だった。
ここは見ないふりをしておくべきだろう。
「しかし……まさか教会の策謀にはめられるとは情けない話だ。これも我が国の政治力と国力の低さゆえか」
国王は茫洋としたまま語り始めた。本来なら苦笑したかったに違いない。
「こればかりは時機が悪かったかと……。我々も巻き込まれた立場ではありますが責任の一端を感じるところであります」
「ふむ……。話を聞くに、たしかにそれさえなければと思わなくもない」
エーレンフリートが瞑目して頷いた。
これは揺さぶりか。ロバートは態度には表さず黙って次の言葉を待つ。
「しかし、世はそうした偶然の重なる中に回っている。仮に貴殿らがこの世界に呼ばれなかったとしても、いずれは別の仕込みが作動していたであろう」
「そう言っていただけると我々も少し救われます」
「このような場で大仰な話にするつもりはないが……。ただ、この先が問題だ」
微妙な眉の変化――神妙な顔となったエーレンフリートは本題に入った。
こうした場でも溜め息は吐けない。国王としての立場がそうさせるのだ。
無論、娘が連れて来た“勇者でも魔王でもない異世界人”の素性を見極める前なのもある。
本人からしてみればこれでも十分に出している方なのだが、それは誰もわからない。
「貴殿らの予測した通り、このままでは我が国は亡ぼされるであろう」
エーレンフリートの言葉に王子と王女の表情が揃って固くなった。
こちらはまだまだ腹芸をこなすには場数が足りていないと見える。
ロバートはこちらも見なかったふりをしておく。
「だが、座して死を待つわけにはいかぬ。人類の一員として教会にはできる限りの協力をしてきたつもりだ。にもかかわらず、連中が牙を剥くというのであれば我らにも矜持がある。抗わねばならない」
「非礼を承知で申し上げますが安心しました。その気概すらお持ちでないようでしたら我らは即日この国を出ていたでしょう」
無礼だとは理解しながらロバートは敢えてその言葉を選んだ。
リーンフリートの眉が一瞬だけ寄るが、国主たる父王が動じない以上は彼が何かするわけにもいかなかった。
「それは朗報だな。……さて、恥を晒すのは承知のまことに勝手な願いではあるが、今は我が国存亡の危機である。神より遣わされし“異界の方々”に協力いただけないだろうか?」
国王は一切の虚飾を捨ててそう口にした。
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