第53話 王女様はお見通し


 紋のない馬車は王都の街並みを抜け、貴族街らしき道全体が整備されたエリアを通り、そして街の中心――王城へ辿り着いた。

 馬車の行く手を遮る者は衛兵すらいない。


 馬車を降りて内部へ入り、案内を受けるままに通路を進んでいく。

 頻繁にあちこちへ曲がらされたせいで方向感覚が狂いそうになる。

 この様子では秘密区画にさしかかっているのだろう。

 どうやら公式の使者として迎え入れる場を用意されてはいないらしい。


「たいした念の入れようだな」

「王制とはそういうものでしょう。民主主義と違って替えが利きませんから」


 ロバートの苦笑にジェームズも同じような表情で応じた。


「民主主義だって人材には限りがあるだろうに」

「それも含めての政治体制や国力です。根本の考え方が違いますよ」

「違いない。だから教育が大事なんだな」


 緊張をほぐそうと軽口が応酬される。


 非公式な会談かつ王族の居場所を簡単に把握されては困るとの判断であればこのままでもいい。


 困るのは逃がさないために誘い込んでいる場合だ。

 ただし武装解除を含む持ち物の没収はされていない。いざとなればどうにでもなる。


 それにクリスティーナも警告しているだろう。

 従来の常識ではまったく測れない男たちだと。

 それがどちらに働くかは未知数だが。


「待っておりました、ロバート殿。そして皆々様、ミリア様も」


 控えの間――というにはずいぶんと狭い部屋で一行を迎えたのはクリスティーナだった。


「これはクリスティーナ殿下、見事な衣装であらせられますな」


 第一王女とは聞いていたが、国の外に出て騎士なんてやるくらいにはお転婆なので、彼女の衣装はほとんど男装に近い。

 お姫様のワガママを叶えるために仕立て屋が相当苦労したのではないか。その苦労が丁寧に作り込まれた衣装から伝わってくる。


 ――某歌劇団みたいだな。化粧はあんなにわかりやすくないけど。


 どこかで見たことがあるなと思った将斗はすぐにその既視感デジャヴの正体に気が付いた。


「そちらこそ。おっしゃっていた礼服がそれですか。みなさんバラバラなのは多少気になりますが、それを差し引いても見事な仕立てですね。異国風でありながら実に洗練されている……」


 どれもみな士官の礼装としてしっかり作られている。

 出がけに見送りに出てきた宿の主人の目も釘付けになっていたが、王族であるクリスティーナの目にも適ったのであればこの先も大丈夫そうだ。

 特に首元のネクタイに目がいっていたのは興味深い。この世界ではシルクが相当高価かほとんど流通していないのだろう。


「問題ないようで良かったよ。話すと長くなるんだが、服装の違いは出身国なり軍の組織が異なっていてね……」


「はて、水軍のようなものでしょうか」


 クリスティーナは小首を傾げた。

 どうもイメージが湧かないらしい。


「その認識くらいにしておいてくれ。今は細かく説明しない方が分かりやすいと思う」


 そこは肝心なところじゃないとロバートは流す。


「であればそういうことに。しかし、長いことお待たせしてしまいまして申し訳ありませんでした。予想以上に根回しに時間がかかりまして……」


 雑談の中でクリスティーナは人払いを行い、自分たちだけになったところで居住まいを正すと頭を下げた。ロバートの眉が小さく動く。

 彼女の命を救ったとはいえ、王族が軽々しくすべき行動ではない。


「あまり簡単に頭を下げないでくれ。待ち時間があったおかげで冒険者生活をエンジョイできたわけだしな」


「……そうでしょうね。聞いておりましてよ? 冒険者ギルドで何やらいくつかの騒ぎが起こったとか……」


 そこでクリスティーナの笑みが固まった……ような気がした。

 つられて将斗たちの笑みも固まる。要らぬ地雷を踏んだ感があった。


「騒ぎ……。思い当たる節が多すぎてどれかわからんな」


 一瞬悩んだものの、ロバートは開き直って答えた。

 気圧されては負ける。直感的にそう思った。

 これはあくまで前哨戦で本題ではない。主導権を取られるわけにはいかなかった。


「はぁもう……。こうなりそうな気がしていたから、事前にくれぐれも揉め事は起こさないようにとお願いしていたのですが……」


 クリスティーナは疲れた顔でそう問いかけてきた。

 間違いなくバレている。何なら事細かに伝わっている気配まである。

 将斗たちは互いに顔を見合せ苦い笑いを浮かべた。


 ――隠すのは無駄だな。


 ロバートは覚悟を決めた。

 無論、この覚悟はクリスティーナの精神と胃にダメージを与えるものとする。


「言っとくが俺たちからは起こしていないぞ。トラブルが向こうからやって来たら避けようがない。こっちも命がけだったんだ」


 嘘はついていない。

 油断したら死ぬ可能性があっただけで、全力で戦えば勝てるのはわかっていた。戦いとはそんなものだ。

 事実として仲間たちも頷いている。


「不測の事態だったと。ですが。ゴブリンの巣穴の調査依頼は受けておられなかったかと……」


「狩りの途中で将来有望な冒険者が襲われていたんだ。助けるのが義理ってもんだろう」


 正論だ。正論だが穴もある。

 簡単に逃がすつもりのないクリスティーナはそこを突きに行く。


「ギルドには伝わっていないようですが巣が壊滅していたと。その場から撤退する選択肢はなかったのですか……?」


 ――バレない程度の位置から監視はしていたんだな。


 将斗は感心していた。

 ただ、気配察知に優れた彼が気付けなかったということは、尾行ではなくギルドに手を回して報告書などから足取りを辿ったのかもしれない。

 たしかにその方が安全ではある。


「罪なき人々に被害が出ないように最善を尽くしたまでだ」


 こういったやり取りに慣れているロバートは動じない。詭弁が上手いとも言う。


「それは結構。優良な冒険者が揃っていることは国力にも影響します。ですが、その冒険者の目の前で戦われたのですよね? 異世界の武器の秘匿はできたのですか?」


 表情は笑顔を湛えている。

 ただ、目だけが笑っていない。「なにしてくれちゃってんの?」という声が聞こえてきそうだ。


「最初はダミーも用意していしゆみ扱いで誤魔化したが……まぁさすがに無理だったな」


「それは大いに問題ではありませんか……」


 クリスティーナは額に手を当てた。


「だから囲い込んだ。今は現地協力者としてパーティを組んでいる。これなら余所に情報は流れないと思う。不可抗力と思ってくれ」


 ロバートにはまったく反省した様子がない。

 周りも同じような具合だった。


 スコットとエルンストはロバート同様、ジェームズは一見申し訳なさそうな表情を、唯一将斗だけが気まずそうにしていた。


 クリスティーナはこれ見よがしの大きなクソデカ溜め息を吐いた。


 ――絡んで来た冒険者が行方不明にならなかっただけマシかもしれないけど……。


 表立って認めるわけにはいかないが、これくらいは十分想定できた話だった。


 なにしろ彼らは果断な性格だ。

 自分たちなりに状況を判断して魔族の頭を吹き飛ばし、生き残るための策として襲撃を返り討ちにした足で騎士団へ殴り込みをかけてクリスティーナを連れ去った者たちだ。

 これに不思議な異世界の武器などの話をすれば最早キリがない。


「細かいことは追々考えれば良いでしょう……。しかし、不可抗力とおっしゃったのは聞き捨てなりません。ノリノリで大立ち回りされたのでは?」


「まさか」


「ふむふむ、左様でございますか。密偵を送り込みましたが、ゴブリンの巣穴はまるで焼き討ちされたような酷い有様だったそうですけれど……」


 こればかりは控えめな表現だった。

 見たものをそっくりそのままはお姫様に伝えられないためか、高度な忖度があったのだな。将斗はそう思った。

 実際にはミンチよりひでぇや+キャンプファイヤー案件である。密偵はしばらく焼いた肉が食べられないかもしれない。


「それに、ダンジョンの方でも大層ご活躍されたとか……」


 昨日の騒ぎもしっかり把握されていた。

 ギルドの上の方にまで手が回っていると見ていいだろう。

 これでは逃げ出すような事態になれば冒険者としてはもう活動できそうにない。


「ダンジョンに潜ったら変なクモに襲われたから仕留めた。他に戻って来たヤツがいないらしいから、ギルドにしつこく頼まれて巣を叩き潰した。特に問題はないと思うが……」


「大アリです!! Dランクに登録したばかりの人間が、ほんの数日でCランクに昇格する功績を上げたばかりか、広域討伐の許可まで得るなんて誰がどう見てもおかしいでしょう!? しかも、一切の損害なしで大量の魔石を持ち帰って来たなんて、いったいなにをしでかしたんです!?」


 今回ばかりは我慢ならなかったのかクリスティーナも吼えた。案外短気である。


「え、もしかして俺たち何かやっちゃった系?」


「白々しいですわよ!!」


 すっとぼけたロバートへの返事は半分怒鳴り声だった。

 こればかりは人払いをしていて正解だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る