第52話 いざ王城へ
スニーク・タランチュラの群れ殲滅で冒険者ギルド ヴェストファーレン王国支部を大きく騒がせた
なんとも絶妙に感じられるタイミングである。
あるいは、「これ以上野放しにしておくと何をしでかすかわからない」と思われたのかもしれない。
さて、事の始まりは別段劇的なものではなかった。
討伐報酬を受け取ってギルドから宿に戻ると
探るような気配もない。表面上かもしれないが、たいした職業意識だった。
「手紙を出したい」
すぐにロバートは店主に書くものを借り、
中身は至ってシンプルで「用事ができた。明日の狩りはお休みだ。ゆっくり休め」と書いただけだ。
今回のダンジョン討伐で十分過ぎるほどの収入があったので、なんならしばらく狩りをしなくても平気だった。
まずは一日だけで済むと思うがささやかな休みを満喫してもらおう。
「中身を見てから動かなくてよかったんです?」
部屋に入ったところでジェームズが声をかけてきた。
「見なくてもどうせ呼び出しだ。逃げないといけないくらいマズい内容なら、あのふたりには悪いがこれでおさらばになる」
答えたのはロバートではなくスコットだった。
「数日ですが共に戦った仲ですよ? そう簡単に割り切れちゃうものですかねぇ」
どこか面白がるようにエルンストがスコットに視線を向けた。
「気ままな旅の身なら構わなかったがそうもいかん。任務とは言わないが優先順位を間違えるものじゃないぞ、クリューガー大尉」
「模範解答ですね、ハンセン少佐殿。……それでどうしますか?」
あまりからかうとまずいと思ったエルンストは話題を変えた。どちらかと言えば自分の興味が先行する方に。
狙撃手のくせに存外せっかちだ。
もしくはこういう感情の切り替えが実戦での冷静沈着さを作り出しているのかもしれないが。
「まぁ待て。それは中身を見てからでも遅くない」
ふたりのやり取りに苦笑していたロバートはナイフで封を切って中身をあらためる。
おそらく綺麗な文字で書かれているのだろうなと思った。
そう感じたのは勝手に脳が書かれた内容を理解してしまうので、これが読みやすいのかどうなのかのデータがなく判断できないのだ。
馴染みのない文字が読めてしまうのは一種のホラーだ。ありがたくもあるが。
「なんて書いてありました?」
将斗が遠慮がちに手を挙げた。
「お姫様からだ。明日の昼前に迎えを遣るので登城するように、とさ。礼服着用のことらしい」
手紙をひらひらと揺らしたロバートは微笑を浮かべた。
「礼服……。それぞれのものでよろしいでしょうか?」
ジェームズが思案顔でそう口にした。
見栄えではイギリス軍はフルドレスがあるが彼はその着用できる要件を満たしておらず、No.1ドレスが最上級の正装だった。
「そうしよう。どうせ俺たちは異世界人だ。それは伝わっているだろうし、みんなも迷彩服ならさておき、余所の礼服を着るのは落ち着かないだろう? ミリアはスーツな。色合いはジェームズに選んでもらえ」
それぞれが頷き、そういうことになった。
翌日、二頭立ての馬車が二台宿の前にやって来た。
小間使いを客室に走らせた店主はあらためて思案する。
――いったいどういう素性なのか。
妙な男五人と女ひとりが宿に泊まり始めた時から、店主は面にこそ出さないが彼らの素性が気になっていた。
第一王女であるクリスティーナ殿下が前触れもなく連れてきて「しばらく頼んだ」と言った以上、非公式でも饗応役を任されたに等しい。
殿下がおっしゃるには「国賓ではないため一般的な貴族向けの対応でいい」とのことだったが、ひとりの所作を除けばとても貴族には見えなかった。
しかも冒険者として登録しているらしく、妙な格好で出て行きは夕暮れ時に帰って来る。
どこかで身綺麗にしているのか獣臭さもなく、逆に香を焚いているのか?と思うような香りを漂わせている。
とはいえ、表情にも出さなければ従業員同士で話すことも許していない。
どこで誰に聞かれているかわからないし、一度聞かされてしまえば人は必ず誰かに言いたくなる。
それが想像の範囲に過ぎないとしてもだ。
宿泊客の秘密の管理ができないようでは、王城が内々に迎えたい客の対応など任されるはずもない。
しかし、そんな店主であっても今回ばかりは表情に出てしまった。
いつもの粗末な格好で馬車に乗るつもりかと思ったが、部屋を出てきた彼らはそれぞれに仕立ての良い服を身に纏っていた。
基本的に目立ちにくい地味な色合いだが、所々を飾り立てる金属が美しさと質実剛健さを表に押し出していた。
騎士の礼装も見たことはあるが、これほどの質だけを追求したものは初めてだった。
何名かの首元を飾るのは真下に垂れ下がった布だが、その生地は上品な光沢を放っている。
――まさか絹か?
遠く南方大陸の大国が作っているとされる謎の生地に酷似していた。
あれは非常に貴重で並の貴族では手に入らないはずだ。たいした身分でもなさそうなこの者たちがどうして。よもや南から来た者か? それとも?
「店主、世話になった。とりあえず戻って来るつもりだがここで一度礼を」
すっかり目を奪われてしまった店主は声を掛けられて現実に引き戻された。
先頭に立つ最上級らしき男は詰襟に白の帽子を被っており、装飾はもっとも華美にも見える。あまり実用的には見えないが、ゆるく湾曲した剣を腰に佩いていた。
いや、他にも剣を持つ者がいる。特に奥に控える黒髪に濃緑の服を纏った青年の持つ剣だけはやけに実戦的に見えた。
柄には寄り合わせた紐が巻かれ、柄頭部分には金具が嵌められている。
――いいや、よそう。
あまりジロジロと見ていてはこちらの底が知られてしまう。
「この度は当宿をご利用いただきありがとうございました。ひとまずとのことですが、またのご逗留を心よりお待ちしております」
内心を見透かされないよう、店主は深々と頭を下げて出て行く男たちを見送った。馬車の姿が見えなくなるまで。
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