第51話 We Burn!!


「戦果を確認しろ! こちらからだと見えない!」


 発射された炎は粉塵を飛ばしながら猛烈な勢いで暗がりの中を突き進んでいく。

 射程は四十メートルほどだが、狭い地下空間ならば十分過ぎる距離だ。


「すごい……!」


 魔法の威力を知るがゆえにサシェは感嘆せざるを得なかった。


 ただ火球が飛翔する火属性魔法とは大きく異なり、燃え続けるゲル化油が毒蛇のように飛翔する。

 ひとたび浴びれば、水をかけようが転げ回ろうが空気を遮断しない限りまとわりつく火は消えてくれない。


「エッグい……」


 マリナも小さく呻いている。


 対象に直接炎を浴びせかけるだけでも強力なのだが、スコットはあえて空間の壁や天井にまで放射することで、“跳ねる”ように撒き散らしていた。

 


いいぞGood Kill! ヤツら燃えている! 恐慌状態だぞ!」


 晴れた粉塵の先の効果を目の当たりにしたロバートが叫ぶ。


 天井に当たって拡散したばかりか、そのまま重力に引かれて落下する粘ついた炎の雨がクモの群れを容赦なく飲み込んでいく。

 高熱によって体内のたんぱく質が凝固し、身動きが取れなくなっていく個体もあれば、炎から逃れようと暴れ回ったせいで仲間にも引火させて被害を拡大させる個体もいた。

 それでも近づいてくる勇気ある個体もいたが、これは支援役のAA-12の掃射で容赦なく仕留めていく。


「近付けさせるなよ! 遮断しているのは空気の流れだけだ! 抜かれたら俺たちがファイヤーダンスを踊ることになるぞ!」


 炎の照り返しを受けながらスコットが叫ぶ。

 マリナたちからすれば御伽噺のドラゴンが炎を吐いているようだった。


 恐ろしい力だ。

 しかし、味方であるとわかっているがゆえに心強い。不思議な感覚だった。


「蜘蛛の群れがこんなにも……。ウソみたい……」

「あたしは夢でも見てる気分だよ……」


 圧倒的な数で飲み込んで、獲物を一瞬で喰らい尽くすつもりで動いていたスニーク・タランチュラたちは、未知にして相性最悪の攻撃によってなすすべもなく行動不能へと追いやられていく。


 そもそも、この兵器は炎によって対象物をしっかり“焼却”するもので、障害物や危険物の処理が主目的となる。

 人間がタンクを背負って運用する関係からとにかく被弾に弱く、射程もライフルに比べると著しく劣っていたため主力兵器とはならなかった。


 だが、トーチカなどの建造物や、今回の洞窟のような閉所に対して使用すると甚大な被害を発生させられる。

 閉所にひしめくた敵を掃討するためにはこれほど有効な手段もないだろう。


「ヒャッハー! まさかファンタジー世界でこんなにも役立つとはたまんねぇなぁっ!」


 放火魔パイロマニア以外の何者にも見えないスコットが、さも楽しそうに叫びながら凶悪極まりない炎をバラまいていく。


 現代の地球ではこのような用途にはサーモバリック弾やテルミット焼夷弾などを使うようになっているが、今回のように素早く動き回る割に巨大なクモの群れを相手にする場合、面制圧ができるだけではなく継続性も有した特殊な火力が必要になる。

 なにより巻き添えを出さない細心の注意が必要だった。


 そして、仕掛けていた効果が今最大限に発揮されようとしていた。


「ちょっとぉ! まだたくさんいるじゃんかよぅっ!! 早く次をっ!!」


 巨大な虫が一斉に襲い掛かってくる光景が生理的に受け付けないのか、マリナが悲鳴交じりの声を上げる。

 魔法を発動しているために動けないサシェも気持ちは同じらしく、涙目でプルプルと震えながら耐えていた。


 幸いにして今のところ背後を衝かれる気配はなかったが、そのぶん正面から波濤のように押し寄せてくる巨大なクモの群れを直視しなければいけない。

 この世界で人類が辿ってきた進化の歴史が地球のそれと近ければ、やはり蜘蛛か蛇のどちらかに生理的な嫌悪感を抱くものなのだろうか。


 炎の渦から運よく逃げ延びた半焼けのクモたちに散弾を叩きこんで掃討しながら、ロバートは場違いなことを考えていた。


「慌てるな安心しろ! この調子なら!」


 スコットがニヤリと笑いながら言った瞬間――荒れ狂っていた炎が消えた。

 同時に奥の方で様子を窺っていたクモたちの動きにも変化が生まれていた。

 突如低下したかと思うとその場で藻掻きはじめ、そのままひっくり返って痙攣を始めている。


「あ、あれは……?」


 魔法を展開し続けているサシェが驚きの声を漏らした。


「水の中では炎が燃えないだろ? それに近いものはあるが……まぁ、原理はまた今度教えてやるよ」


 燃料だけの噴射となったところで手を止めたスコットが魔物たちの様子を窺いながら答えた。


「ここまで見越していたんですかハンセン少佐は……」


「まぁな」


 大量の炎が荒れ狂った閉所から一掃されたものがある。

 それは“酸素”だ。


 火炎放射器は、閉所に対して使用すると炎自体が敵兵に届かなくても、爆発的な酸素消費、煙や排気ガスによる窒息効果で敵を掃討することができる。

 そのため、地球ではトーチカや“洞窟”などに立て篭もった敵を掃討するために使われていた。


 将斗たちは、事前にダンジョンについてギルドやミリアから開示可能な情報を限界まで入手しており、ダンジョンに生息する魔物は外部で活動する魔物と同じ制約があることを掴んでいた。

 ヤツらが胴体にある魔石にコントロールされているならば、なぜダンジョンのゴブリンは頭部を吹き飛ばされただけで行動不能になるのか。

 つまり、ダンジョンは魔物を生み出せても、元となった存在を超えることは不可能なのだ。 


 さらに情報を整理していくと、どうやらダンジョンで階層を跨いで動くのは入ってきた人間に付随するものだけ――つまるところ、階層間の移動は世界迷宮のそれに近い、空間を越えているとの仮説を打ち立てていた。


 ということは、何かしらのイレギュラーがない限り魔物は下の層からやって来ない。

 またそれだけでなくフロアの空気も迷宮そのものが新たに生み出さない限りは補充されないことになる。


 そして、将斗たちの目論見通りに生み出された結果が目の前に広がっていた。


 この抜群の戦果を見るに、火炎放射器はまさしく今回の敵にもってこいの兵器――いや、ダンジョン攻略における特効兵器だと証明された。


 もっとも、これをこの世界に広めるつもりなどない。

 仮にナパームなど作られた日にはどんな事故が起きるかわからないからだ。


 もしも今後このダンジョンで似たような事態が発生した際には、ギルドは膨大な冒険者の犠牲を払った上で事態を収拾しなければならないだろう。


「さーて、あとは残った燃料をバラ撒いて、しばらく経ったら空気を戻して火をつけて終わりだな。いやぁ、思った以上に呆気なかった」


 終わったとばかりに火のついた煙草を咥えたスコットが、紫煙とともに大きく息を吐きだしながらつぶやいた。


「ご苦労。しかし結果だけを見たら、まるで業者の害虫駆除みたいだぜ。呆気ないもんだな」


 残った燃料を満遍なくバラ撒くスコットに向かってロバートが話しかける。


「そうか? 俺は最初さえ凌げば余裕だと思っていたよ」


「さすがはDEVGRUのクソ度胸だ。恐れ入るぜ」


 笑い合うふたりが向ける視線の先で、燃えカスとなったスニークタランチュラと、まだ燃えてはいない個体に燃料がふんだんにかけられていく。


 この粘性の高い燃料が付着すると、人間であれば強烈な痛みと炎症を引き起こし、またゴム製品なども腐食させてしまう強い毒性がある。

 もし死んだふりをしているクモがいても、原始的な肺機能しか持たない彼らが粘性および毒性の高い液体を振りかけられれば呼吸困難を生じ、さらに体内を未知の毒物に蹂躙される。


 こうなれば、もはやクモたちに生き残る道は存在しない。

 獲物を求めて低層に進み出た時期と、なにより相手が悪かったとしか言いようがない。


「うん、驚きすぎてもう驚けないけど、普通なら絶対にこんな風にあっさり片付いたりしないと思う」

「わたしも同意するわ、マリナ……」


 当初の緊張感はどこへやら、途中から完全な蹂躙戦になったことでマリナとサシェはどんなリアクションを示していいかわからなくなっていた。

 同時に、早くも将斗たちの非常識さに慣れつつある彼女たちは「でもまぁこの人たちだから、いちいち驚いていたら身がもたないよね……」という諦めにも似た心境へ至っていた。


『付近に生命反応はなし。……お疲れさまでした、みなさん』


 なんとも言えない空気を締めくくるようにミリアが言葉を発する。


「なんつーかなぁ……。殺虫剤バラ撒いたってこうはならないですよ……」


 将斗が呆れ声を上げたが概ねスコット以外の心情を代弁していた。


 こうして、ダンジョンでとてつもない猛威を振るうと思われた巨大グモの群れは、予想だにしない結果――たった五人の野郎どもファッキンガイズとふたりの少女によってあっという間に“焼却処分”にされて終わった。








『――通知:隠し条件 《現地人との特殊討伐任務達成》達成。“援軍機能”が解除されます。VR演習参加組から追加召喚が可能となりました』

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