第47話 一難去って


 地下迷宮ダンジョンから戻った将斗たちは冒険者ギルドへ直行する。


 最初に素材などの買い取りカウンターへと向かい、受験票と共に今回得られた魔石――ゴブリンからのものではなく巨大グモから出たものを置いた。

 その瞬間、買い取り担当の職員の顔色が大きく変化したのが地球組にはわかった。


 鑑定するためしばらく待つよう職員からは言われたが、それを馬鹿正直に受け取るほど将斗たちは世間知らずではない。


「なんなんだろね? いつもはもっと簡単に済むのに」


「うん、信頼と実績の直感頼りだな。むしろ安心できる」


 スコットが巨体を揺らして笑う。


「なんでさぁ! 扱いがひどいよ!?」


「怒るなって。それがお前のいいところだよ。細かいことを気にしないのがな」


 スコットはマリナの頭をくしゃりと撫でる。

 さすがにここで事細かに説明するわけにもいかないが、わかっていないのはマリナだけのようなので大丈夫だろう。


 魔石はサイズ別で買い取り価格があらかじめ決まっているのだから、あれが偽物でないと調べるだけならこの場でも済む話だ。

 考えられる不正として偽物を用意するにしても、魔石という貴金属と同等に扱われるもののためコストも高くなって現実的ではない。


「これは“どっちの反応”ですかね」


「さてね。まずは単純に、成りたてCランクが持ってくるにはありえないようなサイズが出てきたんだろうよ」


「なるほど。あとは時間の問題ですか」


「たぶんな」


 そんなことを将斗たちが口にしていると、買い取り担当の職員が戻ってきて受付へと向かうよう告げる。

 どこの世界でも、お役所でのたらい回しは共通項らしい。


「ロバートさーん、まーたやってくれちゃいましたかー。あーあ、こりゃオークションが荒れそうだなぁ……」


 嬉しさ半分、面倒くささ半分といった様子で青年がぼやく。


 用途が限定される狩りの素材と違い、魔石の需要は非常に高い。

 この世界が魔法を軸とした文明を築いているため、大型の魔石ほど高い値段で取引されるのだ。

 つまり意図せずして今回のやつにはいい値段がつくわけだ。


「荒らすつもりはなかったんだが……」


「いえいえ、こんな魔石なら大歓迎ですよ。どんな魔物が落としたんです? また迷宮の与太話が増えちゃうなぁ」


 ギルドは儲かるからいいのだろう。


「なんか変なヤツに襲われてね。でっかいクモだった」


 とりあえずロバートは淡々と答えておいた。


 こんなところで不必要に目立つこともない。

 なるべく常識的な成果で試験に合格する。それだけで十分だった。


 ところが、ロバートの言葉を受けて青年の表情がはっきりと固まる。間違いなく悪い方に。


「……ちょっと待ってください。話はこちらの方で」


 そう言った青年はカウンター隅へとロバートを連れて行き、一旦自分は奥へと引っ込む。

 しばらくして戻ってきた彼の脇には分厚い本が抱えられていた。


「よっこいせ」


 オヤジ臭い掛け声をあげてカウンターの上にそれを置いた。

 ページをめくっていくと、程なくして先ほど迷宮内で遭遇した巨大グモらしき絵を見つけた。


「あった。あるとしたらこいつですが、できればそうじゃないと助かるんです――」


「こいつだ。間違いない」


 希望を打ち砕くロバートの言葉を受け、青年の顔色が大きく変化する。

 続いて浮かび上がるのは、はじめて見るほど真面目な表情だった。


「そうですか……。まずいなぁ……。その魔物、普通はダンジョンでも深部じゃないと出てこないはずなんですよ……」


「はぐれの個体かと思ったが、奥に進もうとしたらコイツの糸だらけでな。目的は達成したから欲張らずに戻ってきたんだ」


 少なくとも自分たちの関わる範囲のやることは終わっている。


「うわぁ……。それは高確率で複数いますね……。ていうか、ロバートさん? できればもっと早く言ってくれません?」


「聞かれなかったからな。あんだけ大きな魔石を持っていったのに」


 危機管理意識が足りてないぞと暗に告げた。


「それはそうですけど……。ああでも参ったな……」


 本気で頭を抱えはじめたあたり、相当に深刻な事態なのだろう。また面倒事に巻き込まれてしまった。


「—―ミリア」


 そんな青年の様子を見て、胸元のインカムに小声で語りかけるロバート。


『はいはい。一向に連絡がないので、どうしたものかと思っていましたよ』


 小さな溜め息と一緒にミリアが応じる。

 口調は穏やかだったが、「自分の存在を忘れちゃって……」と暗に抗議していることはメンバーにも理解できた。訊いても教えてくれない時もあるくせにと思わなくもない。


「怒るなって。そんな余裕がなかったんだよ。パニックムービー一歩手前だぜ? オペレーターがもっと場をなごましてくれよな」


 後方でエルンストが将斗の肩を軽く叩きながら返答する。

 ロバートが青年職員と会話しているため、他のメンバーがミリアとの会話役を引き受けたのだ。


『そうですか。マリナちゃんとサシェちゃんとの会話が忙しそうでしたので控えていましたが、今度からはそうさせてもらいますね』


 表面上は淡々としたミリアの回答だった。

 将斗にはそれがすこしだけ拗ねたような物言いに感じられた。こんな態度をとるなら本人も冒険者登録しておけば良かったのにと思う。


「で、ああいうのは捕まえた人間の体内に卵を産み付けて増えるんだろ? 俺は詳しいんだ」


『……どこの宇宙生物エイリアンですか。あの巨大なクモは魔物ですよ』


「B級映画じゃあるまいし。イヤな世界だ」


『クリューガー大尉の趣味嗜好に世界は合わせてくれませんから』


 空気を読まず、脳内で壮大なSFパニックムービーを展開するエルンストの軽口に溜め息を吐いてミリアは解説を始める。

 気のせいか言葉に含まれる不機嫌度が増したようにも感じられた。


『今更の解説ですが。あの魔物は、彷殺大毒蜘蛛スニーク・タランチュラと呼ばれ、ダンジョンなどの薄暗い空間を動き回り、巨体を持ちながら音もなく忍び寄って獲物を仕留める厄介な存在です』


 なんでタランチュラなんて言葉が異世界にあるんだ?


 地球組は皆そう思ったが、実際はこちらの世界の言語をそれぞれのネイティブ言語に脳内で勝手に翻訳しているためそう聞こえるだけだった。

 たしかに『アロパロパ・モロペン』などと言われても何もわからないし、独特すぎる音が思考の邪魔になる。


『職員の方も言っていたように、通常はもっと深層に生息していて、低層に出ることはないはずですが……』


 そこまで聞いて、将斗たちはだんだんと流れが読めてきた。


「なるほどね……。あまりよくない雰囲気だな」


「いやぁ、これはもう巻き込まれてるぜ。ほら、見てみろよ」


 エルンストに促されるがまま将斗が視線を送ると、ギルドのバックヤードがにわかに慌ただしくなっているように見えた。


 これは想定外の何かが起こっている気配だ。思わず溜め息が出た。

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