第48話 緊急討伐


 しばらくすると先ほどの青年職員が駆け寄って来た。


「どうした、そんなに慌てて」


「実は……朝早くに同じ試験でダンジョンに潜ったパーティーが戻ってないようなんです」


 イヤな予感はまさしく的中した。


 こんなことならさっさと帰ってしまうべきだったろうか?

 いや、残念ながらまだ“広域討伐冒険者”の許可証入りのギルドカードに更新していない。

 立場的に逃げ場はなかった。


「と言うと――」


「ええ。今の話から判断するに、この蜘蛛に襲われた可能性が高いと思われます」


 依然優れぬ顔色のまま、受付の青年はひっそりと話を続けていく。

 その際、近くにいた職員を呼び、魔物図鑑らしき本を開いたまま渡すと何事か話して小さく頷いていた。


「……そうか。なら、このまま放置するわけにもいかないか。封鎖するのか?」


 慌ただしくなった職員たちを見ても、ロバートはあくまでも他人事風に訊ねる。

 事態を理解していないのではなく、関心があると受け取られないためだ。


 そもそも、条件が合うから試験に使われているだけで、本来人間がダンジョンに求める役割は魔石を生み出すことだ。

 今回の地下迷宮から出る魔石の質が上級者向けのそれには及ばないとしても、ある程度の質が確保できるのであれば十分な役割を果たす。

 むしろ、その供給が断たれることは、社会にもそれなりの影響を与える。復旧は急務と言えた。


「ええ。その上で、上位冒険者で救助役もかねた討伐隊を組む必要があります。このままではダンジョンに入ることができなくなり様々な影響が出ます」


「じゃあ心配は要らないな」


「ですが……条件に合う冒険者が今は依頼を受けていて誰もいない状態なのです」


 場を沈黙が支配する中、真正面から向けられる青年の視線。

 受けるロバートは彼の意図に気付いていたが、気付かないふりをしていた。

 沈黙が流れる。


「……自分からは「やる」と言ってくれないんですね」


 自分から言わなければダメかと青年が観念して口を開いた。


「当たり前だ。俺にはチームを預かる責任がある。たとえ俺たちならやれるとしても、俺の一存だけで死地に赴けと命令はできない」


 困り顔で紡がれた青年職員の言葉を、ロバートは表情を動かさず一蹴した。


 一方的な頼みごとを“依頼”とは呼ばない。


 ギルド依頼を回す側だ。冒険者に対して対等とはなり得ない。

 社会的な地位を持たない冒険者にとって、ギルドを通して受けられる依頼は生命線とも言える。


 ギルドの一存で依頼を回さないといった強権的な振舞いが可能だと言葉に出さずとも匂わせれば、社会的な弱者である冒険者は受けざるを得ない。


 今回の件で言えば、いかに試験をクリアしていようとギルドへの反抗を理由に“広域討伐冒険者”資格の発行を停止することもできる。


 しかし、ギルドとしても一刻も早く事態を解決したい。

 そこに駆け引きの材料が生まれる。


「そこまでご自身の価値を理解されているのですか……。となれば、ここからは“依頼ビジネス”ですね」


 短く息を吐き出した青年がロバートをふたたび見据える。

 その瞳に宿るのは昂った感情ではなく理性の輝きだった。


 ――交渉相手としては認めてもらえたようだな。


 口唇の端を小さく歪め、ロバートは笑みを浮かべる。


「話が早いのは結構だ。……で、なにが出せる?」


 いささか回りくどい会話が続いたものの、最初からロバートは「依頼を引き受けさせたいなら然るべき報酬を提示しろ」と終始一貫していた。

 これはあらためてそれを言葉に出しただけに過ぎない。


 そして、そんな彼の回答と選択をチームのメンバーは誤解せず理解していた。

 だからこそ、誰一人口を挟むことなくロバートに交渉を一任しているのだ。


「こちらからではなく、むしろロバートさんから提示していただくべきでしょう。もちろん、できることとできないことはありますが」


「……今すぐじゃないが、馬車を手配してほしい。貸し切りでな」


 やや逡巡する素振りを見せてから、ロバートは声をやや小さくして口を開く。


「あぁ、王都を出られるんですね」


 すこしだけ残念そうに青年は言った。


 短い付き合いではあるが、彼は将斗たちのことが気に入り始めていた。

 他の冒険者たちに見られるような自己主張を個性と履き違えたような粗野さもなく、きちんと実績を上げてくれる存在は貴重だ。

 口調についても、それは同業者から舐められないようわざと崩していることもとうの昔に気が付いていた。


 ――彼らのような冒険者が王都にいてくれると仕事も楽になるのだけれど。


 青年の偽らざる本心だったが、それが叶いそうにないことも彼は理解していた。


「でもなぜ?」


「あんまり長居していると、今以上に面倒なことが増えそうなんでね。少しほとぼりを冷ます必要があるかもしれない」


 ロバートの代わりにエルンストが口を開いた。

 いつもの皮肉さ成分は控えめに、それでいてなるべく冗談として聞こえるように、あえてにやりと笑ってみせた。


「あぁ、昨晩もなんかあったみたいですね。あなたがたの功績を考えれば有名税みたいなものでしょうけど」


 酒場でひと悶着あったことはすでにギルドに報告が寄せられている。

 普通なら注意なりするべきなのだろうが、将斗たちはきちんと店にフォローをしていたため、苦情扱いとなったのは彼らに叩きのめされた冒険者たちのほうだった。


 その災難な冒険者たちも、しばらくはほとぼりを冷ましたいのか今朝から姿が見えない。

 あの程度の腕前では外に行っても帰って来られないかもしれないが。


「悪いが税金って名のつくものは死ぬほど嫌いでね。ただでさえ国から問答無用で持っていかれるのに、バカが群がってくるのまで加えたくはないんだよ」


 地球では酒税のみならず煙草税まで納めていたスコットもそれに応じ、特に言いたいことがあるわけでもない将斗たちは小さく首肯するだけに留める。

 難しい交渉事は“おっさんたち”に任せて控えているマリナとサシェも、口こそ開かないものの信頼のこもった視線をロバートたちに向けていた。


 この時点で、将斗たち全員が意志を統一していると青年職員にもわかった。つけ入る隙もなさそうだ。


「それは個人的にですが大いに賛同したいところですね。……わかりました。その条件で結構です。ですが、無報酬とも受け取られかねないため、報酬は金銭でもきちんと用意させていただきます」


 青年は自身の権限でもどうにかなりそうな範囲で最大限の報酬を提示する。

 是が非でも依頼を成功させてほしいのと、ある意味では彼らに対する餞別の意味合いもあった。


 もし青年職員が彼らの真の実力に気付いていたなら、全力で引き留めようと手を尽くしていたに違いない。

 しかし、この時点では、将斗たちは数多く存在する冒険者の中でも“注目の新人”程度の認識しか持たれていなかった。


 青年は後に彼らのその後を知り、自身の選択を少なからず後悔する。


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