第46話 地下の谷間の暗がりに きらりと光る 怒りの目


「よーし、野郎どもファッキンガイズ。休憩は終わりだ、ケツを上げろ」

「こんな薄暗い場所に長居したくない。さっさと片づけてしまおう」


 ロバートが軽く手を叩いて声を上げ、スコットが続いた。

 それを合図に一行は再び隊形を整えてダンジョンの奥へと進んでいく。


 ――それにしても。


 周囲を警戒しながら、将斗は先ほどから妙な感覚を覚えていた。


 ――このダンジョン、


 この世界でもそれなりに通じている知識サブカルチャーに詳しい青年にはそう感じられるのだ。


 “なりたて中級者向けダンジョン”との触れ込みで潜ってはみたものの、これではあまりにも手応えがなさすぎる。

 こういう場合は、大抵なにかしらの異変が起きていることが多い。


 そこまで考えて、将斗はイヤな気分になった。


 画面越しにゲームをしているならそれでもいい。そうしたスリルはゲームを盛り上げるために必要なスパイスだ。


 しかし、これはゲームではない。紛れもない現実で自分自身が当事者なのだ。

 もしもイレギュラーが起きているのであれば、危険へ飛び込んでいくわけであまり愉快な話ではない。


「ホント、つまらないっていうかシケた場所だな。肩透かしもいいところだ」


 緊張感の欠片もないエルンストが肩を鳴らしてぼやいた。


 UMP45だけでは火力を補えないと、今回ベルギーはFN社製のSCAR-Hを背負っている。


 彼はこの世界に来てから狙撃用ライフルにはM38 分隊選抜射手小銃SDMR(Squad Designated Marksman Rifle)を使用していた。

 さすがにダンジョン内では取り回しや即応性に難があることから、今回は緊急用としてSCAR-Hの7.62㎜弾で5.56㎜弾では不足しがちな火力を代替している。

 SCARにもSSRまたはMK20とも呼ばれるマークスマンライフルタイプも存在していたが、こちらはバレルが長くM38 SDMRと取り回しの面で変わらないため、仕方なく通常のアサルトライフル――ただしショートバレル仕様――にしている。


「不満ですかクリューガー大尉」


 周囲の様子からそう判断した将斗は、気を紛らわせるためにエルンストへと応じる。


「どうせ戦うなら俺は広い場所がいい。世界迷宮とやらの方が向いているかもしれないな」


 実に狙撃手スナイパーらしいセリフだった。

 それにしても、自分に劣らない気配探知能力のあるエルンストが違和感を覚えていないのはどうなっているのだろう。

 さすがに自分の考えすぎだろうか。


 一旦将斗は少しだけ警戒を緩めてくすりと笑った。


「なかなか簡単にはいきませんねぇ。狙いの魔石も出てこなかったし」


「おいおい贅沢だなぁ。ゴブリンから魔石が出るだけでも相当幸運なんだぞー?」


 後ろのマリナが呆れたような顔で声を上げた。

 振り返るとサシェも小さく頷いている。


「だとしてもだよ。こんなに歩かされるだけじゃいくらなんでも退屈だ」


「たしかにね。これが難易度を高めてるとは僕にも思えない」


 エルンストのぼやきにジェームズが頷いた。


 将斗的には彼もどこか違和感を覚えているように見える。こちらも彼なりの感覚によるものなのだろう。観察力は時に肌感覚を上回ってのける。


「ご同輩に会わないのも少し気になるな。こんなんじゃとても試験にはなるまいよ」


 スコットが小さく身体を揺らしながら答えると、その振動で身に着けた装備類が金属音を鳴らす。


 大量の弾倉もそうだが、身に着けた手榴弾やスタングレネードなど、相も変わらずこの巨漢は重武装だ。

 短機関銃サブマシンガンでは物足りないらしく、狭い場所での戦いを考慮してショットガンなんかも持ち込んでいた。


 メインウェポンは各自弾薬の互換性があるようにしているが、その他個人で持つ銃に関してはある程度本人の好みでも構わないようにしている。

 その上で最後まで軽機関銃LMGを持ってくるか悩んでいた。


「あまりつまらなさそうに言ってくれるな、スコット。おまえの爆弾魔ボマースキルを駆使できる案件なんてそうそうないぞ?」


 ちなみに、彼一番の好物となる爆弾類は、万が一にも通路が崩落したり味方を巻き込むような事故が起きないよう、持ち込む物の威力と数を制限されていた。

 通常の地下迷宮ダンジョンには外殻的なものがあって元々の地面とは分かれているようなので、本気になって労力を割けば、低層の主要部分を効果的に爆破することで迷宮そのものの自重によって深層を圧し潰す攻略法が取れる可能性があった。


 もちろん、王都付近でそんなことをすれば、おそらくこの世界史上初の“ダンジョン爆破犯”としてテロリストの仲間入りをするのは間違いない。

 また仲間からも本気でサイコ扱いをされかねないため、さすがのスコットもこのプランについて口にしてはいなかった。


「べつに爆破できないと不満とかじゃないぞ。おまえら、俺をなんだと思っているんだ?」


 言い訳のしようがない計画をひた隠しにして、スコットは自分が悪いのかと不満げにメンバーに問いを投げた。


戦争狂ウォーモンガー

爆弾魔ボマー

放火魔パイロマニア

『ゴブリン虐殺者スローター


 一糸乱れぬ即答だった。

 しかも将斗が参加しなかった代わりに今回はミリアが無線経由で参加している。


「ぐぬぬ……」


 スコットは唸りつつもダンジョン爆破プランを口にしなくてよかったと心の底から思っていた。危うく不名誉な通り名が増えるところだった。


「「あ、あはは……」」


 マリナとサシェのふたりは、さすがに軽口の叩き合いに参加する度胸はなかった。

 野郎どもファッキンガイズの毒を吐き合う姿に力なく笑ってみせるしかない。


「ちっ、さっさと終わらせて飲みに行きたいもんだ」


 不貞腐れたように嘆息するスコット。

 とはいえ、まるっきりの不愉快顔でもなかった。


 時にくだらないことを言い合い、ともすれば生まれがちな緊張を解そうとしているのだ。


 弛緩した空気が必要なわけではない。

 適度な緊張がなければ油断が生まれ、不測の事態に対応できないことは誰もが理解している。

 その反面、不必要な緊張が続いていても精神が摩耗するだけで同じ結果を招きかねない。

 バランスが大事なのだ。


「でも、みなさんの実力なら、そう時間はかからないと思いますよ」

「そうそう。バババババー!! ってちょちょいのちょいさ!」


 成功を確信しているかのように、サシェとマリナはスコットをフォローした。

 こちらもこちらで気を遣ってくれているらしい。


 ほんのちょっとの付き合いでずいぶんと信用されたものだ。ロバートはそう思う。


 ちょっと素直すぎじゃないかと感じなくもないが、彼女たちのおかげで地球組のプランは実にスムーズといっていいほど進んでいる。


 実際、今回ダンジョンへ潜っているのも“広域討伐冒険者”資格の入手が目的だ。

 これを得ることで、晴れて様々な場所で活動が可能な、ある意味では“真の冒険者”の仲間入りとなる。


 そして、その試験の合格基準が「中位迷宮魔物ダンジョンモンスターが落とす指定の大きさの魔石をひとつ以上持って帰ってくること」だった。

 先ほどのゴブリンのような低位迷宮魔物でも落とすことはあるらしいが、それは富くじに当たる確率並みに低いらしい。

 よくよく聞けば熟練冒険者が深層まで潜る道中で低位魔物を倒したらたまたま出てきたといった与太話の類だ。

 そんなものに賭けて低層で戦い続けるようでは一生試験にパスできない。


「わかってるだろうが油断はするなよ。そういうやつから魔物にかじられて脱落ドロップアウトしちまうぞ」


 溜め息を交えてスコットが窘める。すっかり保護者の貫禄だ。


 そんな空気のまま、一行はさらに奥へと進んでいく。


「――?」


 なんとなく最後尾を歩いていたスコットは、ふと違和感を覚えた。


 “虫の知らせ”というものがある。

 経験や勘が違和感となって警戒を促すのだ。


 先ほどから思っていたが、どう考えてもこの敵の出現頻度はおかしい。

 これほど魔物が少ないと稼ぎも悪くてダンジョンに潜ろうと考える者はいないはずだ。

 それは奇しくも、先般将斗やジェームズの脳裏をよぎったものと同じ感覚であった。


 瞬間、スコットの背筋に走る悪寒。


 感覚の命ずるままに、スコットは背中に手を伸ばしながら背後を振り向いた。


「んなっ!?」


 呻き声が漏れた。

 さすがの特殊部隊出身で怖い者なしに見える巨漢も我が目を疑いそうになった。


 地球で言うならタランチュラの名称で知られるクモ。それを人間サイズにまで巨大化したような個体が、今まさにスコットに向けて跳躍してきていた。


「クソがっ!」


 反射的に身体が硬直しなかったのは、まさしく長年の訓練と経験によるものだろう。

 神懸かり的な速さで構えられたスコットのアメリカはMPS社製 AA-12フルオートショットガンが至近距離で火を噴いた。

 ショットガンの中では実に珍しいフルオート射撃が可能な軍用散弾銃であり、その発射速度は毎分300発に及ぶが、発砲時の反動は特殊なガスシステムにより驚くほど少なくなっている。


 サプレッサーなしで連続した12ゲージショットシェルの轟音により突発的に聴覚が許容量を超えて悲鳴を上げるが、それに見合った効果は発揮していた。

 広範囲に散らばる前のダブルオーバックの散弾が猛烈な勢いで肉体へ突き刺さり、運動エネルギーを真正面から喰らった化け物グモの身体が大きく吹き飛ばされる。


「敵襲! 暗殺者アサシンだ! 全周警戒!」


 瞬時に事態を察したロバートが叫び、周りも素早く銃口が見える範囲を舐めていく。


「そうか、!」


 敵を見据えながらスコットは確信を得ていた。


 ダンジョンの中にもかかわらずあまりにも敵が少なかったのは、コイツが付近に陣取っていたせいだ。

 だから、普段であれば襲撃をかけてくるはずの魔物たちも他へと移動してしまったのだ。


「おっさん!?」


「来るな! まだくたばっちゃいない! 下がってろ!」


 マリナが声を上げて動こうとするが、スコットはそれを強い口調で制止した。

 同時に、頭胸部から腹部かけて散弾がめり込んだことで激しくのたうち回るクモに対し、彼はマガジン内部が空になるまで容赦なく撃ち続ける。


 着弾による痙攣と苦悶の動き。それに合わせるように鋏角部から液体が飛び散り、地面に落ちて煙を上げる。

 どうやらこの巨体、毒性まで持っているようだ。


 ボックスマガジンひとつを撃ち尽くしたところで巨大クモは動かなくなり、力を失った肉体が迷宮の床に吸い込まれていく。

 これにより不意打ちを仕掛けてきたクモがダンジョン由来の魔物であることが証明された。


「やれやれ。噛みつかれていたら、どうなっていたかわかったもんじゃないな……」


 さすがに肝が冷えたらしく、額に浮かび上がった汗を拭ってスコットは息を吐き出した。


「お疲れさまだ。……危ないところだったな」


 ねぎらいの言葉をかけるロバートだが、そこに茶化すような気配はない。


 寸前まで誰も巨大グモの接近に気付けなかったのだ。

 結果的には無事に済んだだけで、これまででもっとも危機的な状況にあったのは間違いない。


「モンスター同士のナワバリについてはどういうメカニズムか知らんが、同業者を見かけなかったのもたぶんコイツのせいだ」


「なんとなくそんな気はしていたが……。クソ! 厄介なことになった」


 スコットの推論に毒づくロバート。


「とんでもない化け物でしたね。ですが、コイツ一匹だけでこんなことになりますか?」


 いくらなんでもこのクモ一体だけで低層がここまで静かになることは考えにくい。


「……いやぁ、確実にそいつだけじゃありませんよ」


 さらなる襲撃を警戒しつつ先行していた将斗が、ひきつった笑いを浮かべながら曲がり角の向こう側を指し示す。

 メンバーはイヤな予感を覚えつつ曲がり角からそっと顔を覗かせる。


 依然として魔物の動き回る気配が感じられない迷宮の薄暗い通路。

 しかし、その通路のそこかしこに、なにやら“白い糸のようなもの”が付着しているのが見えた。


「巣になってますね。ここから先に進むのが途端に嫌になってきましたよ。それで、行くんですか?」


 エルンストの言葉はこの場にいる全員の心情の代弁であった。


「いや、一旦は引き返そう。給料分の仕事――って言ったらちょっと語弊はあるが、課題はクリアしたみたいだぞ」


 ロバートが指し示す先には、それはそれは見事な魔石が転がっていた。



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