第45話 レベルはないけれど
「クリア」
活動を停止し、ダンジョンに吸収されていく魔物の肉体を眺めて、ロバートは短く息を吐き出した。
――ホント、ファンタジーって言葉で片付けるしかないくらいの光景が連日続いてくれるぜ。それにしても……
「なんですかねこのコンポスターみたいな感じ」
ジェームズが地面を見ながら語りかけてきた。
たしかに言い得て妙である。まるで魔物という形で星に溜まった“悪いもの”を少しずつ分解しているような……。
「ミリアが語らないなら今は知るべきじゃないってことだろう」
ロバートは考えをやめた。ジェームズもそれに倣う。
「戦闘に問題がなければ今はそれが一番だ」
魔物を相手とした戦闘にもだいぶ慣れてきた。
肉体構造力の根本的な違いから、人間を相手にするよりも驚くことも多々ある。
しかし、そこはこの世界に召喚されて改造――“ローカライズ”されたと思しき身体能力でなんとかなっていた。
正直、中東の荒野で諸々の信条などは違えども同じ人間を相手に不毛な戦いを繰り広げているよりはずっと精神的にマシだ。
ロバートは素直にそう思う。
元の世界への未練がないといえば嘘になる。
けれども、この世界で送る毎日に、自分でも言い表しにくい充実感のようなものを覚えてもいた。
「あー、これが“魔石”ですか」
そんな中、あとに残された赤い宝石のような塊を見て将斗が漏らす。
ロバートも視線を向ける。
ただどうしても違和感を覚えてしまうのは、このようにどうにも見慣れない光景ばかりに遭遇するだけで。
「こいつが今回、素材の代わりに持って帰るべきヤツか」
別の世界と繋がってしまったと言われる世界迷宮でなくとも、ダンジョンという空間は不思議としかいいようのないシステムで動いている。
そして、そこに出現する魔物も外のものとは異なって明確な肉体を持っていない。
厳密に言えば肉体は存在しており、だからこそ攻撃されれば負傷もするのだが、それはマナと呼ばれる魔法を発動する際の媒介となる特殊な元素によって疑似的に再現されたものにすぎない。
ミリアによれば、地脈からほぼ無制限に供給されるマナを利用して、ダンジョンコアと呼ばれる心臓部がそれらの魔物を作り出しているとのことだ。
どうも後に残る魔石というマナの結晶体を核として動き回っているらしい。やはりこれもまた先ほど思い浮かんだ浄化システムに近い形態に思われる。
――まぁ、そんなことは今はどうだっていいんだがな。
思考を中止してロバートは魔石を拾うマリナたちに目をやる。
これもまたミリアから聞いた知識だが、ダンジョンでは通常魔物を解体して得られる素材の代わりに、残された魔石が討伐証明であり素材となるそうだ。
狩猟民族のように死体を解体したりなんだりと、面倒臭くないという意味ではダンジョンのほうが稼ぎは効率的なのかもしれない。
幾多の人間を飲み込んでいることをどこか他人事風に受け止めているロバートとしてはそんな感想を覚えただけだった。
「ふたりとも、いい動きだったぞ」
スコットがマリナとサシェに近付いて行き声をかける。
すこしわざとらしくはないかとスコットは心配になったが、少女ふたりに気づいた様子はない。
やはり昨日の一件で、自分たちの実力が将斗たちと大きな乖離があることと再認識してしまったらしく、「自分たちはちゃんと役に立っているのか」と無意識の行動なのだろうが視線で問いかけていた。
そして、そんな彼女たちを不安がらせないため、見た目は威圧的だが何気に優しい
「ああ。やっぱり魔法ってのはすげぇよ。頼りになるな」
エルンストもさすがに今回ばかりは空気を読んで会話に加わる。
将斗たちは、マリナとサシェが抱く劣等感にも似た思いを承知の上で、少女たちを戦いへと積極的に参加させていた。
その理由はいくつかある。
ひとつには彼女たちを現地協力者としたこと。
王都を近いうちに出るとなれば彼女たちが見知った土地に移った方がなにかと楽だろう。
「俺たちが調子よく撃ちまくって、弾切れであたふたしないで済むからな」
スコットもさらに冗談をかぶせていく。
「まぁ、
「おいおい、そこまでバカじゃねぇよ」
軽口を叩き、そして笑い合う
「そうか、おっさんたちの武器は決まった数ごとに交換しなきゃいけないんだったね」
将斗たちの武器の原理は理解できないが、要は矢筒みたいなものだろうとマリナは理解していた。
実際、少女ふたりに戦わせているのも、ある意味では弾薬を節約するためで、それがふたつめの理由となる。
事実として述べるなら、最初から将斗たちが持てる火力で押し切ったほうが決着も早いだろう。
今回潜っている場所も“中級者向け
地球の歩兵携行火器で勝てない状況など、それこそなにかの間違いで圧倒的な物量に押しつぶされた場合だろう。
それでも、将斗たちはサシェとマリナの役目を作り出すと同時に、彼女たちの有用性についてもきちんと把握していた。
サシェの魔法は現時点では威力では拳銃にも及ばない。
しかし、回復魔法などは救急キットなど比較にならないほど便利であったし、マリナの戦闘スキルも敵を牽制する上では十分に戦力になると判断している。
――遠距離武器があると簡単に気付かれないためにも、マリナとサシェの存在は欠かせない。実際、予想以上に上手くいっている。
RPGをはじめとした地球のゲームには、強さの指標として“レベル”というものがある。
そこには各能力を表すステータス存在し、経験の蓄積によって起こるレベルの上昇をメインに各種パラメーターが成長してくものだ。
尚、ここはファンタジー風異世界であるが、残念ながらそのような便利なものは存在しない。
しかし、ある種の隠し要素として、似たようなものがあることを将斗は直感的に理解していた。
それは“魔物を倒せば倒すほどに身体能力が向上する”という仮説を導き出したためだ。
現に、マリナはこの一週間を魔物討伐に費やしたことで、戦い時の動きが当初出会った時に比べて向上しているように思える。
戦闘そのものに慣れたとか、効率的な立ち回り方を覚えたとか、バックアップがあるからなどの可能性もある。
だが、それにしては進歩の具合が異常だった。
サシェにしても、回復魔法と支援魔法が中心だったが、今回使った《
――とは言っても、一騎当千とかそういう感じの気配はないんだよな。
将斗は考える。
仮にレベルをいくらか上げて能力が人間の数倍にまで成長したとしても、1馬力に及ぶにはどれほどの時間がかかるだろうか。
それと真っ向から相撲を取るためには、どう控えめに考えても数千倍の能力の向上が必要になってくる。
レベル5,000で1MBTとか笑えたものではない。
そもそも2tトラックの突進に耐えられるだけでも間違いなく化け物だ。
そうでないから、人はみなトラックに轢かれて異世界に転生してしまうのだろう。次こそは耐えられるようにと。
しかし、この世界にはドラゴンを倒せるような人間がいる、もしくはいたとも聞いている。
彼らはそれだけ規格外な成長をできる素質を持っているのだろう。
でもまぁ、そのおかげで“本当の意味で”みんなと協力しながらやっていけるんだよな。
色々なことを思いつつも、将斗はこのパーティを悪くないものだと思い始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます