第44話 迷宮の怪


 迷宮ダンジョンはこの世界に存在する謎の空間だ。


 基本的には、洞窟や地面にぽっかり空いた穴が入り口で、内部は複数の階層で構成されており、各層ごとに生息する魔物もなにもかもが異なっている。大まかにいえば奥に行けば行くほど魔物も強力となる。

 何かしらの法則があるのだろうが、それを追求しようとする人間は、物好きの学者を除けばそこへ足を踏み入れる者の中には存在しなかった。


 ちなみに、将斗たちがミリアから聞いた話によると、世の中には“世界迷宮”と呼ばれる階層化した洞窟系迷宮ではなく、外見は塔や巨木の形で世界そのものが広がっている場所もあるらしい。

 地球の常識であれば考えられないが、そこはまさしくファンタジーで正真正銘“別世界”なのだった。

 古の賢者が別の世界と繋げたなど言われているが、現在残っている魔法でも、同じ現象を引き起こせるわけではないため真偽のほどは不明だ。


 たとえば第一階層は平原の世界、第二階層は森の広がる世界、第三階層には広大な海が広がる世界――などと、一階層ごとにまったく新しい場所へ移動するような規模なのだ。


 ここを攻略して一旗揚げようと目論む命知らずな人間が、冒険者の由来ともいわれている。


 迷宮ダンジョンを踏破せんとする者以外にも、すでに社会階層の元の世界に見切りをつけ、“比較的”と注釈はつくが自由な人生を求めて一生を迷宮の中で過ごす人間もそれなりに存在していた。

 彼らは『迷宮人』と呼ばれているが、世界迷宮の話は現状とは関係ないため省略する。


「地面の中だってのに酸素もあるし明かりもある。不思議なもんだ」

「まるで設計図があって作られたような場所ですね」

「古代人の遺産とかだろどうせ。遺したけど肝心の持ち主がいないっていうさ」

「第六文明人の遺産……?」


 現在、将斗たちが進んでいる薄暗い地下空間は、世界迷宮ではない一般的なダンジョンだった。


 昨晩の同業者から“接触”を受け、将斗たちはこのまま王都で普通に活動していては面倒事ばかり増えると確信した。

 それにマリナとサシェにはまだ明らかにできないがクリスティーナのこともある。


 となれば、残された選択肢はもはやひとつだけ。


「王都の拠点が使いにくくなるのは残念だが、さっさと外に出てほとぼりを冷ました方がいい」


 ロバートが小さく鼻を鳴らした。

 いつでも遠征ができる近隣各国での活動も許可される“広域討伐冒険者”の資格を入手するため、翌日には予定通りダンジョンへ足を踏み入れていた。

 マリナとサシェがいることもそうだが、未知の空間に対して油断をするつもりはない。

 あくまでも無理のないように進みつつ、可能であれば今日中にクリアしてしまいたいと思っていた。


 将斗たちの装備は、昨日と変わらずH&K UMP45短機関銃サブマシンガンであるが、アンダーレイルにフォアグリップ一体型のフラッシュライトを取り付けている。


 通路にはダンジョンの証明ともなる灯り続ける石が埋め込まれているが、エリアによっては暗闇に閉ざされているところもあるらしい。

 そのため通常は聖属性魔法の《光明パルック》を使って進むものだとマリナから教えてもらうものの、「そんなものより文明の利器だ」とスコットは一蹴した。

 もっとも、そこにはサシェの魔力を温存させておく狙いがあったのだが。


 すげなくされたとマリナは不満げだったが、サシェは彼らの思惑がきちんと理解できていたため巨漢の不器用さにくすりと笑っていた。


「そういえば、映画とかで現代に出現した謎の領域に派遣された特殊部隊が真っ先に壊滅するの見たことありません?」


 なかなか敵が現れない退屈さに耐えかねた将斗がポツリと漏らした。


「あのなぁ……。死ぬ気で訓練してきた俺らを簡単に殺そうとするんじゃねーよ、マサト。というか、それ思っていてもこの状況下で言うか?」


 将斗の言葉にエルンストが眉を顰める。周りもイヤそうな顔をしていた。

 わからないのはマリナとサシェだけだ。彼女たちは同行者が時々口にする意味のわからない言葉を“文化の違い”と気にしないことにしている。キリがないのだ。


「いやぁ、普段の大尉が放つブラックジョークには負けますよ」


 そこでエルンストは気付かされた。

 未知の領域への挑戦で「神経質になっていないか?」と将斗が問いかけていると。


「……けっ、さすがにこれから戦うってのに、それまで茶化したりしねぇよ。ちゃんとやるってぇの」


「あぁ、事実が小説よりもずっとぶっ飛んでいることを見せてやればいい」


 将斗が緊張を解そうとしていることに気付いたロバートが横からさりげなくフォローを入れる。


「見せるって、誰に?」


 会話の意味はあまりわかっていないであろうが、そこでマリナが口を挟んできた。

 彼女もどちらかと言えば、こういう時に黙っていられないタイプの人間だった。


「あー、“運命”とかその辺?」


 今はダンジョンに潜って冒険者の真似をしているが、将斗たちが“管理者”と呼ばれる存在から与えられた依頼は『世界を回すこと』だった。

 であるならば、この程度の関門は軽く越えて見せねばならない。


 ミリアがモニターしているわけだが、おそらくその情報は“管理者”にも伝わっていると見ていいだろう。スポンサーの要求にはなるべく応えねばならない。


「なにそれ。マサトはしょっちゅう変なことを言うよねぇ」


 しかし、事情を知らない者からすれば戯言の類。「なに格好つけてんの?」とマリナは笑い飛ばす。


 けして冗談ではなかったのだけれど、どうにも締まらねぇなぁ……と思いつつ、将斗はすこしは空気がマシになったかなと安堵の息を吐いた。


 注意が散漫にならない程度に軽口を叩き合っていると、前方から接近する気配を察知した。やはりこの能力はありがたい。


「――敵です」


 薄暗い通路の奥から緑色の肌をした小鬼――ゴブリンの群れが現れる。

 マリナとサシェにとっては忌まわしい記憶を持つ相手だが、強力な仲間を得た今となっては雑魚の扱い。


特科兵シャーマンはいないな?」


 まずはその群れがどのような兵科で構成されているかを解析し、指揮官のロバートが最適な戦い方を指示する。


「現時点では確認できず。弓兵だけです」


 一番視力に優れるエルンストが報告。気配から読んでいた将斗も頷く。


「わかった。まず先に弓のヤツを片付けるぞ」


「Rog.」


 ロバート指揮の下、奥でこちらの隙を狙う弓を持った数体の邪魔な連中を始末すべく銃を向ける。


 もちろん、相手が雑魚扱いされていても将斗たちは油断をしない。

 事前に得た情報では、魔法を使えるゴブリンシャーマンが時折紛れ込んでいるらしい。舐めて突っ込んでいった前衛冒険者がこんがり肉を焼かれて担ぎ出される事態がそれなりの頻度で起きているとのことだ。


 いつもの鈍い音が連続して鳴り響き、このダンジョンではおそらく史上初のやり方で遠距離から魔物たちを一方的に屠っていく。

 地下迷宮で何も考えず銃を撃つと、銃声の反響で聴力がやられかねない。そのため、森での狩り同様にきちんと抑音器サプレッサーを取り付けてある。

 UMP45は、使用弾薬が四十五口径拳銃弾で亜音速のためサプレッサーとの相性が良い。


「よし、いいぞ!」


 後衛を始末した合図を受け、剣を抜いたマリナが駆け出す。

 

「はああっ!!」


 マリナは自身を鼓舞する叫びを上げる。

 後衛を狙い撃ちにされて動揺するゴブリンの隙を衝いて一気に前進。腰から抜いた小型のナイフを投擲し数体の行動力を奪う。さらに距離を詰めて鋼の剣を一閃。綺麗に切断されたゴブリンの首が宙を舞う。


 ――ほう。


 銃を構えながら将斗は感嘆の溜め息を漏らした。

 ちょっと教えただけで投擲術をある程度身に着けたのもそうだが剣の振り方にもきちんと腰が入っている。


 見守る視線の先でマリナは返す剣で二体目を倒し――そこで後退した。

 自分の動ける範囲と敵の動きを予想して深追いはしなかったのだ。態勢を立て直したゴブリンたちに飲み込まれないよう間合いを取る。


 そして、背後を振り向かずマリナは横へと大きく跳んだ。


「――《電衝ショック》!」


 赤毛の少女が空けた射線上を紫電が走り、直撃を受けたゴブリンたちが感電して仰け反り、その場に倒れていく。直撃を受けた個体は血液まで沸騰しており瞳は白濁している。即死だった。

 倒れていく魔物が口惜し気に睨む先には、凛とした表情で杖を掲げた桃色髪の少女が立っていた。


 もっともそんな格好の隙を狩猟者たちは見逃さない。

 次の瞬間には、わずかに接近した将斗たち五人から放たれた拳銃弾が残るゴブリンたちを容赦なく蹂躙していた。



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