第43話 大迷惑


 ――長ったらしい上につまらない挨拶だな。


 溜め息を吐きたい将斗はなんとか堪えながらそう思った。

 それよりも普通にシケた酒場と口にするあたり頭が悪い。店主も睨んでいる。文句を言って叩き出す根性まではなさそうだが。


「見ての通り取り込み中だよ」


「おいおい、先輩が話しかけてくるのを無下にするもんじゃねぇだろ。Cランクになりたての分際でよぉ」


 適当にあしらおうとしたロバートに対して、リーダーらしき男が粘つく声で不満を上げた。

 この手の人間は強い口調で他人につっかからないと死んでしまう病気にでも罹患しているのだろうか。


 初対面から丁寧な対応で交渉を円滑に進める習慣は、この世界では一部の商人を除けばほぼほぼ存在していない。

 ミリアから教わった知識でそれは知っていたし、ゲームだの漫画だの小説だので散々見てきてもいた。

 もちろん、フィクションだけでなく、地球でもSNSなどで「FF外から失礼します」と言いながら“本当に失礼な言動”を残していく人間を見たことも多々ある。


 ――まさか自分がそれを向けられることになるとはね。


 人生わからないものだと思うが、将斗も傍観側ではなく今は当事者だ。感心している場合ではなかった。


「というか、本当に悪いと思ってるなら、別の日に出直してきたらどうだよ。こっちはメシ食ってるんだぞ?」


 ここですべての段取りを吹き飛ばしてエルンストが口を開いた。

 正面からアクセル全開の口調だ。やりすぎである。

 ジェームズが額に手を当てていた。スコットは面白がっている。


 この男、こういった場合にまず様子を見ようとする習慣がない。「ドイツ人ってこんなに短気だっけ?」と傍で見ている将斗は思うが、明らかに短気だとかではなく、最短経路で挑発しているフシがあった。


「テメェみたいな三下には聞いてねぇ、黙ってろ。俺はな、お前らのリーダーに――」


「コイツの口は悪いが、俺もほとんど同じ回答だ。用件くらいなら聞いてやる」


 ロバートから鋭い眼光を向けられた男は気圧されたのか一瞬だけたじろぐが、すぐに自分の方が先輩冒険者であることを思い出して態度を元に戻す。


 あるいは、いかに高位魔物の討伐で名を上げたとはいえ、女もいることだし腕っぷしではなく奇策の類で成功しただけと甘く見たのかもしれない。


「ま、まぁいい。お前ら、ずいぶんと羽振りがいいみたいじゃねぇか。もっと稼ぎたくはねぇか? そうしたらもっと上等な店で飲めるようになるぜ」


 続いて告げられた言葉に、将斗たちは思わず言葉を失いかけた。


 なんというかあまりにも予想通りの流れだったからだ。

 実際に稼げるだけの手段をこの男たちが知っているかどうかは別にして、要するに自分たちも討伐に一枚噛ませろと言ってきているのだ。

 図々しいにも程がある。


 ちなみに、再び貶された店主がカウンターの向こうから凄い形相で男を睨みつけていた。

 そのうち調理用のナイフでも飛んできそうだ。


「なぁ、純粋な疑問なんだが……。他より稼げる手段があるのに他人に持ちかけるとか、もしかしてお前らバカなのか?」


「んなっ――」


 予想外の返しだったのか、リーダー格の男の顔が驚愕と怒りに引きつった。


「なんだ、テメェ! 下手に出てりゃあ調子に乗りやがって! 舐めてんのかああぁ!?」


 背後に控えていた手下と思しき痩せぎすの男が威嚇するように凄んでみせるも、あまりに迫力がなさすぎて怖がりようがなかった。

 残念ながら軍隊の新兵訓練の方が100倍は恐ろしい。


「まいったな。あれで下手に出ていたのか、こりゃなんとも驚きだな」

「カルチャーギャップでしょう。困ったことにまったく面白くないですが」

「間違いない。冒険者よりも場末のコメディアンになったほうがよさそうだな」


 心底驚いた表情のエルンストに続いて、ジェームズがこれ見よがしに溜め息を吐き、ロバートは木製杯に手を伸ばして小さく笑う。


「て、てんめぇ!」


 脅しも一切効かず、反対に煽られて我慢の限界を迎えたリーダー格の男が大きく腕を振り上げた。

 繰り出されるのは大振りテレフォンパンチ。本当にCランクなのか怪しくなる。


「はぁ……」


 男の短絡的な行動を見てロバートは溜め息を吐き出した。こんな脳みそで稼げるわけがない。

 木杯を持つ腕が小さく、そして素早く翻る。


「わぶっ!?」


 怒りに顔を歪めていたリーダー格の男から悲鳴が上がる。

 杯の中身を顔にかけられ、一時的に視界を失ったのだ。


 当然のことながら、そんな大振りの一撃をロバートは軽く身体を引いただけで回避。


「どうだ、すこしは頭も冷えたかよ」


 冷ややかなロバートの声が投げかけられ、男はさらに怒りを募らせる。


 だが、時すでに遅し。視界を取り戻した男が最後に見たのは高速で自分へと接近する掌底だった。


「ぶべっ!」


 鋭い一撃が酒まみれの鼻面を直撃。

 真正面からノーガードで受けたリーダー格の男は、鼻血を撒き散らしながら後方へと吹き飛んでいく。


 近くにいた仲間ふたりを巻き込みながら床へと倒れるが、その際、隣のテーブルをひっくり返して料理と酒が宙を舞い、周囲の客から悲鳴と驚きの声が上がる。


「テ、テメェ、よくもやりやがっ――」


 後方にいた仲間が肩を怒らせて前に出てくるが、ロバートと交代で進み出ていく将斗のフックがひとり目を迎撃。

 下顎を直撃クリーンヒットし、脳震盪を起こして自ら倒れ込むように地面へと沈んでいく。

 ほんの一瞬で無力化された仲間を目の当たりにして、男たちは呆然とするしかない。


「とんでもない。待ってたんだ」


 残りを睨みつけながら将斗は拳を打ち鳴らして告げた。

 動作に反して彼の口調も表情も実に穏やかなものだった。


 しかし――有無を言わさない凄みがある。


「くっ、コイツ――!」


 ほんの短い時間で数人を行動不能にされた男たちは完全に腰が引けてしまっていた。


 それでも逃げられない。

 多くの人間に目撃されている。この場で逃げ出そうものなら明日からどうなることか。

 たとえこの場にいる人間が依頼人を出さなくとも人の不幸は蜜の味。“期待の新人”にちょっかいを出して返り討ちに遭った間抜けな冒険者の噂は、あっという間に王都を駆け巡るだろう。


 そうなれば舐められる。舐められたら終わりだ。

 今までのように下級冒険者からアガリを徴収する生活が破綻してしまう。


 相手の方が明らかに腕っぷしは強い。

 だが、それを理由に退くわけにもいかない。


 逡巡している間に逃げるタイミングはなくなり、彼らの運命が決まった。


「そりゃな? 俺だってもうすこしマシな店で飲みたかったさ」


 退く様子のない男たちを見た将斗が、小さくため息を漏らし、次いで肩を軽く鳴らす。


「なにを……」


「この期に及んでボサっと突っ立ちやがって……まるでカカシだな。まぁ、こうなりそうな予感はしていたんだ。……というわけで、往生しろ」


 聞き分けの悪い連中の心を完全にへし折るべく将斗は前進を開始。鋭い踏み込みと同時に伸びたストレートが一番近くにいた男を吹き飛ばす。


「日本人の食い物への執着はおっかねぇな……」


 怒号と肉を殴る音が響き渡る中、荒事担当を将斗に任せたロバートは小さく溜め息を吐き出す。

 カウンターの向こうでは店主らしき男が「帰ってくれ!」と叫びたそうな表情をしているが、やはり荒くれ者たちの乱闘に自ら介入していく勇気まではないらしい。


 結果、男たちが叩きのめされるまで誰ひとり店内で動こうとする者はいなかった。


 あとに残ったのは奇妙な静寂のみ。


 不思議なことに、店主はいつの間にか無言で片づけを始めており、被害に遭った客も別の席に移動して飲み直していた。

 店主は苦情を、客にしてもさっさと帰ってしまいそうなものだが、それはどうも将斗が分配されたオーガ討伐の報酬の一部を迷惑料としてこっそり置いてきたからのようだ。


 細かい配慮ができるものだと内心で感心しながら、ロバートは後で将斗にその分の補填をしなければいけないと考える。


「こういう役目を押し付けるのは、できれば勘弁してほしいんですけどねぇ……」


 瞬く間に五人からの男を畳み、まとめて店から放り出した将斗が席に戻ってきて小さく溜め息を吐き出す。


「なーにいってんだ。ステゴロならお前が一番強いだろ?」


「そりゃあそうかもしれないですけど。ここで爆発物だの銃だの使うわけにはいかないのもわかりますよ?」


 エルンストの言葉に肩を竦めた将斗は、テーブルに置いてあったエールの酒杯を口に運ぶ。

 あまりに口に合わなかったのかわずかに顔をしかめるが、それでも残すのは勿体ないと思ったのかそのまま中身を干していく。


「さて、おふたりさん」


「ふぁ、ふぁい!?」

「な、なんでしょう!?」


 ロバートに声をかけられ、マリナとサシェは呆然としていた状態から現実に帰還する。


「これでわかっただろ? このまま王都にいてもこういうバカが集まって来るだけだ。さっさとダンジョンをクリアして王都を出た方がいいって」


 店の外の地面でのびている男たちを壁越しに指で差し示して、ロバートは事態を呆然と見ていたふたりの少女へ向けて笑みを浮かべる。


「……うん、わかった。すごく」

「ええ、とても」


 サシェとマリナも先ほどまでの不安感はどこへいったか、ただただ繰り返し頷くだけだった。

 もちろん、そこには先ほどまでの不安ではなく新たに安堵が生まれていた。


「ところで面倒ごとはもう片付いたんですよね?」


 様子を伺っていたミリアが言葉を挟んできた。尚、ちゃっかりと将斗の分のエールにまで手をつけていた。


「そうだが?」


 どうかしたかとスコットが首を傾けた。


「じゃあ河岸を変えませんか? わたし、お腹が減っちゃって」


 発言者を除く全員が唖然とした。


「なんというか……本当に尊敬すべきメンタルだな……」


 ロバートが呆れ返る通り、ミリアはどこまでもブレなかった。


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