第42話 不穏な空気
――みんなにしては店がイマイチだなぁ。
どことなく窮屈さを感じる店で椅子に腰を下ろしたマリナはふとそう考えた。
場末の酒場を訪れ、やる気のなさそうな店員に案内されたあたりからイヤな予感はしていたが、今現在それは確信に変わっていた。
「エールを八つ。それと火を通した何か適当につまめるものを」
店員を捕まえたロバートがとりあえずの注文を通す。
最初にパーティーを組むと決めた店だけでなく、ここ数日間の狩りでも王都に戻ってからみんなで食事をとる店も、しっかりと外観や客層、それに供される料理や酒をある程度調べてから決めていたはずだ。
なのに、今晩入った店はなんともまぁすべてが揃っていない。
狩りの稼ぎは日増しによくなる一方だし、今日なんてDランクではありえないような
ましてやCランクへの昇格も決まったのだ。
奮発して美味しいものを食べに行けるかもと思っていたマリナとしては、正直期待を裏切られた気分だった。
隣に座る相方のサシェも、マリナほどあからさまではなかったが、やはり少なからず疑問を感じているようである。
そんな中で飲み物が運ばれてきた。つまめるものは干し肉と干した野菜と果実。店の具合からお察しといえばお察しであるが……。
「みんなの体調に問題がなければ、明日にはダンジョンに潜ろうと思う」
まず飲み物だけが並んだテーブルでロバートが口を開いた。
いつもなら乾杯から始まるはずの会話だが、今日に限ってはそれがない。
「ずいぶん急な話じゃないか。最初に言っていた期間だと、もうしばらくは王都周辺で狩りをする予定だろ?」
マリナが不思議そうに問う。
サシェも言葉は発しないがそれに近い表情を浮かべていた。
――もしかして、あたしたちが役に立たないからダンジョンで見切りをつけて解散するとか……?
あまり愉快ではない想像が脳裏を駆け巡る。
今回、三体のオークのみならず、オーガというCランクの討伐冒険者でも大がかりなパーティーで狩らねば返り討ちに遭う大物を仕留めている。
だが、はっきり言ってサシェの活躍は最後の援護のみ。マリナに至ってはオークが現れてから何もしていない。
悔しいがこれでは戦力外と言われても仕方のない有り様だった。
違和感はいつしか不安に変わろうとしていた。
ふたりは湧き上がる感情を払拭しようと残る四人へ視線を送るが、その様子は彼女たちの想像していたものとは大きく違っていた。
それぞれの持つ生来の性格的なものなのか、スコットは並べられた酒に対して不満そうにしていたし、エルンストは何かを待つようにゆっくりとテーブルを指で叩き、ジェームズは黙って腕を組み、そして将斗は何か“イヤな予感”でも覚えているかのように――それぞれに表情を浮かべている。
余計にわからなくなる。
「ぷはー」
ギルドを出て合流したミリアも似たようなものだった。いや、こちらはもっと悪い。
事態の推移を見守る……にしてはハイペースで酒杯を傾けていた。自分の範囲外とでも言わんばかりである。
――ちゃんと説明してあげればいいのに。それにしてもミリアは……。
絶妙に空気を読めている将斗はマイペース過ぎる仲間たちに対し「困ったもんだ」と内心で溜め息を吐いた。
どうも肉体を持ってから飲み食いにすっかりハマってしまったらしく、ひとりでエールの酒杯を早くも乾かそうとしている。
そんな彼らの姿を見て、ふたりは今の自分たちが抱きかけた感情を恥じ入るように視線を下に向けた。
「説明されなくてよろしいのです?」
状況が掴みきれていないふたりが気の毒に思ったのか助け船を出すミリア。こういうところは卒がない。
しかし、ミリアはミリアで抽象的な物言いをしており、マリナとサシェも彼女の発言が意図するところはわからないままだった。
「まぁ、俺から説明してもいいんだがな。もうじきにわかるさ。――そら、理由が向こうから来たぞ」
ロバートがそう嘯くのとほぼ同時に、店の扉を開けて入ってくる者たちがいた。
つられたようにマリナとサシェは視線を向けるが、そこにいたのはあまり柄の良さそうには見えない男たちだった。
首からは周囲へと見せつけるようにCランクの証を下げてはいるが、その色はかなりくすんでおり、長い間Cランクに留まっているとひと目でわかる。
それぞれの武器も使い込まれているというよりも手入れが足りていない。
それらと彼らの年齢も相まって、人によってはベテランに思うかもしれない。
だが、将斗たちはそこに澱んだ空気を感じ取っていた。
「はぁ……。こんな“いい席”に座った時点で、そうなるんじゃないかと思っていましたよ……」
「壁際で入口がよく見える上に、誰が入って来ても落ち着いて対処できる席でしたね」
「ついでに暴れても良さそうな店。パーフェクトですね」
「さすがだな。どうかしてるぜ」
溜め息を吐く将斗と隣で肩を竦めているエルンストにジェームズ。締めくくりはスコットの褒めているとは思えない言葉で飾られた。
「黙ってろ、スコット。お前に任せたら入口にクレイモアでも仕掛けかねんだろうが」
「失礼なことを言うな。“尾行相手”にはフラッシュバンくらいでまず様子を見るぞ」
尾行されていることには気付いていた。気配感知は問題なく発動している。
「どちらにしたって街中でやったらとんでもない騒ぎになりますよ」
スプラッター映画のような光景が見られるか、あるいは悶絶する被害者が見られるだけで済むかという大きな隔たりはあるのだが、ジェームズは苦笑いだ。
ここまでくると、さすがにマリナとサシェも状況を理解した。
この手の連中に絡まれるとわかっていたから、ロバートはいつもの酒場に繰り出さなかったのだ。
この人たちも他人の迷惑を考えるんだな……。
すこしだけ感心したのは内緒である。いや、今はそれどころではない。
「ちょっとぉ……。もし襲われたら逃げられない席じゃないかよう……」
「マリナ……。残念だけど、この人たちにそういう常識を求めるのは……」
すでに半分以上やる気になっている将斗たちを見て頭を抱えるマリナと、どこか悟りを開いたような表情を浮かべながら瞳のハイライトを失いかけているサシェ。
ふたりは完全に置いてきぼりになっていた。
そんな中、店員を無視してまっすぐ歩いてきた男たちは将斗たちが座る席の前で止まる。
「若いねーちゃんたちを連れてシケた酒場でお楽しみのところ悪いんだがよう。ちょっと話がある」
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