第41話 戦い終わって
夕暮れ時の冒険者ギルドはにわかに騒然した様相を呈していた。
狩りや依頼を終えた冒険者たちが一斉に王都へと戻って来る時間帯となるため、ギルドの建物内は人で溢れかえっている。
普段であればそれぞれが受付で自身の依頼について報告を済ませてから、一日の成果を報酬として受け取り、各々が疲労を紛らわせるべく酒場に繰り出しているハズだった。
ところが、この日ばかりはそうはならなかった。
冒険者たちは建物内部に留まったまま一点に視線を集中させている。
そして、彼らが興味深げに視線を送る先には、将斗たちがカウンターでギルド職員に報告をしている姿があった。
「おい、聞いたか」
「なんだ?」
「森にオーガが出たんだってよ」
「え? 俺はオークって聞いたぞ?」
「バカ、どっちもだよ。さっき横の素材買取のところに荷車で運び込まれているのを見たぞ」
「ってぇことは討伐されたのか? オークならまだしもオーガを倒せるようなパーティーなんて今の王都で活動してたか?」
「聞いたことねぇな……。勇者のパーティーが来たとかか?」
「なに言ってるんだ。勇者はとっくに大陸の向こうだよ。殺ったのは――あいつらだとよ」
様々な情報が錯綜する中、幾人かはテーブルを囲む将斗たちへと値踏みするような視線を送り、またある者は自分たちのパーティーメンバーとなにやら真剣な表情で会話をしている。
「なんかさぁ、あたしたちさっきからすごく見られてない?」
周囲のざわつきをいまいち理解していないマリナが、そっと周りの仲間たちに話しかけた。
それでも大声を出すのはまずいと判断したあたり、すこしは成長しているんだなと将斗は感心せざるを得ない。
当然のことながら、マリナと違ってサシェと将斗たちは自分たちが注目されていることにとっくに気が付いていた。
同時に様々な噂が飛び交っていることにも。
「仕方ないさ。上げてしまった成果が成果だしな」
周囲の視線を受けた上で、ロバートは表情こそ動かさないものの小さく嘆息する。
「気になるのはわかるけど、舐められるから堂々としておいた方がいい」
「俺は寝てる。面白くなったら起こしてくれ」
「クリューガー大尉の図太さだけは異世界どころか異次元クラスですね……」
「こうなるかもしれないからギルドに回収協力を頼んだんだがなぁ。まぁ、情報管理能力はお察しだな」
口々に語った後で最後にスコットが小声で溜め息を漏らした。
彼だけではなくこの場にいるメンバーの誰もが、なんとも言えない居心地の悪さを感じていた。
「アレを放置してくるわけにもいきませんでしたしね……」
表情に疲労を湛えた将斗が言う通り、希少な素材を放棄すれば何者かに横取りされる可能性もあった。
フォレストウルフのような並みの素材ならまだしも、目の前にすくなからぬ金銭に化けるものがあれば人間が誠実さを保つことは難しくなる。ギルドに流さずとも裏の流通経路がないとは限らない。
「そうだな。労働に対する正当な報酬は必要だ」
それ以前に、命を張った成果をなかったことにはできなかった。
厄介事を避けるための選択肢としてはあったが、自分たちを優先するような考えにマリナとサシェを巻き込むわけにはいかない。
いよいよとなれば辺境にでも引っ込めばいい自分たちとは異なり、彼女たちはこれから先も冒険者として生きていかねばならないのだ。
また、それらの事情を差し引いたとしても、通常では考えられないほどの強力な魔物が出現したことをギルドへフィードバックできなくなる。
さすがにそれは無責任な行動に過ぎると判断された。
「いやはや。登録して数日でこれまたとんでもない功績を上げてくれましたねぇ、ロバートさん」
どこか事態を楽しむような声と共に奥から戻って来たのは、ヴェストファーレン支部で討伐冒険者として依頼を受領する際に世話になった受付の職員だった。
二十代半ばくらいの風貌で比較的身なりが良い。
会った時から思っていたが、もしかすると貴族の出かもしれない。
「あまり持ち上げてくれるなよ」
職員からの言葉に、後頭部を掻きながら心底面倒臭そうに返すのはパーティーの代表であるロバート。
実際、今回の成果はまごうことなき偶然の産物である。
狙ったわけでもなく普通に討伐依頼を受け、雑魚をいつものように狩っていたら、大物が向こうからやってきただけなのだ。
しかも、将斗たちが倒せるだけの力を持っていただけで、王都の並の冒険者なら確実に死んでいる。
一歩間違えば、獲物は自分たちになっていたことは想像に難くはない。
獲物を見つけて倒し、素材を持ち帰るまでが討伐というのなら、偶然大物と遭遇しただけでは実力の証明にはつながらないはずだ。
「結果は結果です」
「ただの偶然だよ、偶然。……たぶんな」
とはいえ、銃火器のことをはじめとして、すべてを正直に語るわけにもいかない以上、適当な言葉を並べてはぐらかすしかない。
本来想定された危険度からすればはるかに格上の敵が現れたのだ。
将斗たちには関係のない話ではあるが、柳の下のドジョウを狙う者が現れないことを祈るのみだ。
「……ま、そういうことにしておきましょうか。私としては王都周辺の治安維持に貢献いただけるだけでもありがたいと思っていますし」
将斗たちの困惑を理解しながらも、青年は口元を小さく笑みの形に歪めた。
これは将斗たちに「何かある」とわかっていながら、あえて訊かないでいてくれているのだ。
たしかに、そこを知ろうとするのは興味本位の行動に過ぎず、本来の職務を逸脱しているといえる。
そういった意味では、将斗たちはこの青年に対して素直に好感が持てた。
「さて、今回のオーク三体・オーガ一体討伐の功績をもって、ギルドはあなた方パーティーをCランクへ昇格させることを決定しました。普通は地下ダンジョンを攻略後、活動の場を王都圏外に移してから更に実績を積んで昇格するものなのですがねぇ……」
呆れ交じりの言葉が後半部に含まれていたが、将斗たちは聞かなかったことにする。
サシェに至っては、
そして、今の内容が伝わったのか、次第に大きくなっていく周りの喧騒。
実際、前代未聞の大事件が発生したのだから仕方がない。
将斗たちは知らないことだが、それだけの要素はすでに十分なまでに積み上がっていた。
冒険者に登録した初日に討伐冒険者の試験官へ“攻撃を当てる形で”合格し即日Dランクへ昇格。
登録時のエラーか日付がおかしくなっているものの、そこからヴェストファーレン王都へ活動の拠点を移し、討伐冒険者となってすぐにフォレストウルフを数多く討伐している。
それのみならず、同日ゴブリンの巣の調査に赴いていた冒険者のふたりを救出して帰還している。
そして今回のオーク・オーガ討伐からのCランクへの昇格の報せがあった。
これをある種のサクセスストーリーとして受け取らない方がどうかしていると言えよう。
「こちらが新しい冒険者証となります。古いもの……といっても一部はまだまだ新品同然ですが、こちらは引き取らせていただきますね」
将斗たちへ差し出された新たな冒険者証は作られたばかりの銅の輝きを放っていた。
しかし、ロバートの表情に喜びの色は見受けられなかった。
「おいおい、あいつら本当にCランクになっちまったのか……」
「というか、あの人数でオーガまで討伐したのかよ。いったい、どんな魔法を使ったんだ?」
「女も混じってるじゃねぇか」
「なぁ、今のうちに声かけておくべきじゃないか?」
「たしかに。あれだけの腕があれば俺らの稼ぎだって今よりずっと……」
次々と耳に入って来る“雑音”にロバートはうんざりしていた。
どいつもこいつも相乗りすることしか考えていない。
下手をすれば今まで討伐を避けていた低位冒険者すら、荷物持ちを名乗り出てくるかもしれない。
いずれにせよ、この場に長く留まるのは面倒を自ら招き寄せるのと同義だった。
「……しばらくの間、大変かとは思いますが、お気をつけて」
「そう思うなら、ギルドの方でなんとかしてくれないのか」
苦い笑いを浮かべて返すロバートに、青年はやや残念そうに小さく首を振る。
「冒険者の仕事はあくまでも自己責任。殺人や拉致は当然ですが、暴行などの“大きなトラブル”が発生するまで我々は何もできないのですよ」
「まったく、たいしたお役所仕事だよ」
小さく肩を竦めるロバート。
地球時代に積んだ様々な経験によって、青年の事情も理解できる彼は続けて何かを言おうとはしなかった。
「また世話になると思うが、その時は頼む」
「厄介ごとでなければ」
ロバートに笑顔で返す青年。
思わず軽口を返しそうになったが、そこはなんとか飲み込む。
――まぁ、聞きたいことは聞けた。
「よし、用件はこれで済んだな。みんな、メシを食いに行くぞ。“祝杯”といこうじゃないか」
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