第40話 鬼退治


「あると言おうと思ったらこれか……」


 顔をしかめた将斗の嘆きに続いて、巨体が地面を踏みしめる振動をメンバーの聴覚が捉える。


 この時点で全員が気付いていた。

 先ほど突発的な戦闘を繰り広げたオークも巨体が地面を揺らしていたが、新たに接近してくる存在は視認する前からそれを可能としていることに。


「……これ、ちょっとヤバそうじゃないです?」


 エルンストは笑うが、普段と比べて幾ばくかぎこちないものに感じられた。


 ふたたび放たれる、獣どころではない凶悪な咆吼。

 それに緊張を覚えてしまうのは、生物が備える本能的な反応だろうか。


「あのオーク、何かに追われているように見えたって言おうとしたんですがねぇ……」


 遅かったかとやや申し訳なさそうに告げる将斗。

 言葉に呼応するように森の奥に生い茂る木々の間から姿を見せたのは、赤褐色の肌を持つ三メートル近い巨人だった。


 巨人とはいうものの、人間の姿をしているのはそのおおまかな形のみ。

 先ほどのオークを肥満体とするならば、こちらは歪んだ彫像を連想させる筋肉の鎧に覆われていた。


 ただし、その印象も首から下だけだ。


 頭頂部に生えた二本の角が地球日本の鬼を思わせるが、ボサボサの髪の毛の間から覗く血走った爬虫類じみた目と、開かれた口に並ぶサメのような牙の群れがほとんど知性を感じさせない。


 そして、右手に握られる巨大な木の棍棒がその凶悪さを引き立てていた。


「オ、オーガ……」


 恐怖のあまり、思わず杖を取り落とすサシェ。

 将斗たちが彼女に出会ってからまだ数日しか経っていないが、その中でもっとも表情を崩した瞬間かもしれない。


「おいおい、もっとおっかないのが出やがったな……。今日は千客万来か?」


 指揮官が動揺を見せては士気が崩壊する。

 サシャの杖を拾うロバートは取り乱さないよう努めるが、その口から言葉と同時に漏れ出たのは乾いた笑いだった。


 ゴブリンまでなら、まだ猿のようなものと思うこともできる。

 しかし、オークやオーガといった自分たちよりも大きい生物を目の当たりにすると、本格的に自分が異世界に迷い込んでしまったのだと感じずにはいられない。


『皆さん、気を付けてください』


 ミリアから無線が入った。声からは緊張が伝わってくる。


「ヤバいのか」


 スコットが問う。


『人食い鬼とも呼ばれる魔物です。近辺に生息するゴブリンやオーク系の最上位互換だと思ってください。皮膚も硬く四十五口径拳銃弾で致命傷を与えるのはオーク以上に難しいと思います。ここはオークの報酬を諦めることにはなりますが撤退を進言します。死体をエサに逃げられ――』


「無理だ。あの野郎、元々の獲物――死んだオークじゃなくて俺たちを見ていやがる。どうも生きているエサが食べたくて仕方ないらしい」


 将斗たちに向けて、地面を揺らしながら突き進んでくるオーガは死んだ獲物には目もくれようとはしない。

 なかなかにグルメらしい。悪趣味な方で。


「エルンスト、7.62㎜なんてケチなことは言わん! 対物狙撃銃アンチマテリアルライフルを出せ! 機関銃を展開している時間はない! 陽動は俺たちがかける」


 素早くUMP45の弾倉を交換しながら、ロバートは瞬時に戦術を決定し叫ぶ。

 

 この狭い森の中で爆発物を使うような事態は避けたい。

 となれば、現状召喚ができる歩兵携行火器でその次に破壊力のあるものを選定せねばならない。


「サシェ、ちょっとの間でいい! 相手の視界を塞げるような魔法はあるか!?」


「あ、あります! 時間をください!」


 味方に鼓舞されることで落ち着きを取り戻したサシェが力強く答える。


「オーケー、下がってろ。準備でき次第言ってくれ。それまでは俺たちでヤツを牽制する!」


「了解!」


「散開しろ! あとは各自の判断で発砲! 接近するなよ、一撃で挽肉にされるぞ!」


 ロバートとスコット、そして将斗が前に進み出て行く。


 一カ所にまとまっていては制圧力は上がるが、下手をすれば一気にやられてしまう。

 敵が誰をターゲットにするかはともかくとして、まずはそこで時間を稼ぐ必要がある。


 近距離での狙撃を求められたエルンストは素早く下がり、そこに護衛役としてマリナが続く。

 サシェもその傍について詠唱を開始。


 それを視界の隅で見届けた三人のUMP45から一斉に銃火が迸る。

 抑音器サプレッサーで小さくなった銃声により、生きた肉を追って前進を続けるオーガは、自身へと飛来する鉄の礫に気付くことができなかった。

 

 四十五口径ホローポイント弾がオーガの分厚い皮膚に着弾。

 対象への接触と同時に広がった鉛のコアによって皮膚が割かれ、空中に血の華を咲かせていく。


 皮膚を切り裂かれる苦痛からか、オーガは前進を止めて激しい怒りの咆吼を上げる。


「どうだ!?」


「ダメです! 皮膚は一応貫通してますが、その下には全然届いてません!」


 なおも発砲を続ける将斗が大声で叫ぶ。


 かなりの数の弾丸がオーガの身体へと命中したように感じられるが、行動能力を損なうほどの傷を負っているようには見えなかった。


 人間を遥かに超える巨体というのも大きい。

 針で刺すのと釘を打ち込むのでは与えられるダメージがそもそも違う。


 そこでオーガが反撃に出る。

 巨体が振り下ろす棍棒により地面が陥没。


 ロバートの見立て通り、あれを喰らえば一撃で“全身を強く打って”死亡する。


「くそったれ! こんな時こそ大口径ライフル弾が必要なんだがな! いくらなんでも不測の事態過ぎるぞ!」


 7.62mm弾があればとロバートは思うが、ない物ねだりにもほどがあった。


 ライフル弾と拳銃弾では、一部の例外であるマグナム弾を除けば両者の間には大きな隔たりが存在している。

 拳銃弾では大口径に分類される.45ACP弾であっても、威力では.223口径ライフル弾ともいえる5.56mmNATO弾との間には威力にして3倍以上の差があった。


「まだか! 長くは引きつけられないぞ!」


 フルオートで銃弾を叩き込みながら叫ぶスコット。

 他のふたりも同様に、オーガとの距離を保ちながら牽制の射撃を続ける。


 将斗は精密射撃に切り替えて弱点が集中する首から上を狙っていくが、相手の攻撃が遠くから狙い撃ちしてくるものと気付いたオーガは左腕を掲げて頭部を防御。

 拳銃弾が次々に突き刺さっていくが、その内側の骨を砕くまでには至らない。


「もうすぐです!」


 一方、エルンストは端末から召喚した長大なライフル――M82A3バレットを伏せ撃ちの姿勢で構えチャージングハンドルを引く。


準備完了ゲットレディ! サシェ、頼む!」


 スコープを覗き込みながら上がるエルンストの叫び声。


「いきます! 泥球マッドボール!」


 サシェから放たれた魔法が放物線を描き、三方向からの短機関銃の掃射を受けて注意が余所へ向いていたオーガの顔面へと命中。

 粘りのある泥が付着し、その視界を完全に塞ぐ。


 ダメージこそなかったものの、突如として視界を暗闇に閉ざされたことで怒りの咆吼を撒き散らす人食い鬼。


 だが、それはこの場においてはなんの意味をもたらすこともなかった。


 結論から言えば、この魔法支援はダメ押しであった。

 この世界に来てからもすでに数回の精密狙撃を披露していたエルンストの技量であれば、この援護が本当に必要であったかは言葉にするまでもない。


 もちろん、万全を期すためのものであり、まるっきりの無駄ということもなかった。


「撃ちます! 射線から退避!」


 エルンストの叫び声と同時に三人が地面を蹴り、オーガから一斉に距離を空ける。


 その瞬間、轟音が森に響き渡った。


 けたたましい銃声と共に放たされた12.7mm×99BMG弾は、.45ACP弾の約35倍にもおよぶ威力を以てオーガの胸部へと命中。

 そのまま内部へと侵入しつつ、まずは胸骨を容赦なく破壊する。


 さらにそこから、弾丸は自身の身に纏う超音速の運動エネルギーによって周囲の組織を押し広げ、各種重要器官を破壊しながら突き進んでいく。

 軟目標ソフトターゲットには過剰威力とも言える弾丸は、最終的には人間よりも数段太いオーガの背骨までをも粉砕して背中から空中へと抜けていった。


 地響きを立てて背中から地面に沈み込んだオーガの胸には大穴が出現。

 たった一撃で異界の鬼を葬り去っていた。

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