第39話 決まり手:膝崩し


 警告の声を上げると同時に、森の深部から何かが接近する音を将斗の鋭い聴覚が捉えていた。

 それを皮切りに一斉に銃口が森の奥を向き、マリナとサシェも一瞬遅れて戦闘態勢に移行。

 漂ってくる気配は間違いなく荒事のそれだ。


「まだ撃つな」


 万が一の可能性も考慮し、対象の姿を確認せずに発砲するような真似はしない。

 ほんの数秒がいやに長く感じられる中、ついに音が形となって姿を現した。


「来るぞ……!」


 二メートルを超える身体に、露出した肌は黄土色。

 相撲取りのような巨体をしているわりに、その動きは信じられないほど素早い。


 最大の特徴はその肥満体にも似た胴体の上に乗っている頭部だった。

 豚とイノシシの間のような容貌はゴブリンと同系統の醜悪さを有している。


 そして、そんな生物が都合三体、将斗たちのいる場所へと向かってきていた。


「なんだありゃ! 豚のスモウレスラーか!?」


「あれはオーク! こんな場所にいるなんて……!」


 エルンストの声を掻き消す大きさでサシェが叫んだ。

 声の緊張感から、五人は油断できない相手と判断。即座にUMP45の引き金に指がかかる。


「――ミリア」


 緊張を覚えつつも、小声でインカムに向けて語りかけるロバート。


『はい。豚鬼とも呼ばれる魔物で、ゴブリンの上位互換と思っていただいて結構です。ですが、普通はこの森には現れないはずです。もしいるとしてもずっと奥で、そこまで立ち入った冒険者によって確認されることもあるようですが――』


「カタログスペックはいい。必要なのは俺たちの装備で倒せるかどうかだ」 


 ミリアの言葉を遮って、ロバートは素早い回答を求める。


 すくなくとも、ここで戦うか撤退するかを選ばなくてはいけない。

 自分たち――地球メンバーだけであればいくらかやりようはあるだろうが、今はマリナとサシェを連れているのだ。

 どちらを選ぶにしてもゆっくりと構えている時間はない。


『分厚い脂肪と発達した筋肉があるため、白兵戦用武器でのダメージは通りにくいです。銃の敵ではありませんが注意してください。致命傷とならない可能性があります』


「聞いたな、やるぞ。デブだからって見た目で舐めるなよ。のしかかられたら死ぬからな」


「機敏なデブですか。おっかねぇな」


 ロバートの注意喚起にエルンストが軽口を挟みながら、セレクターを連射フルオートに合わせる。

 新たな敵を前に、美丈夫の口元は笑みの形に歪んでいた。


「念のためサシェは魔法準備、マリナはまだ待機だぞ。つっこみたいなら止めないが」


 剣を携えて駆け出そうとしていたマリナに向けて、ロバートから非情な言葉が投げかけられる。


「ねぇ!? それ遠回しに死んでこいって言われてない!?」


 軍人たちの軽口に、煽られ耐性のないマリナは涙目になっていた。


「声をかけるだけ優しいだろ? ――撃て」


 小さく笑ったロバートが言葉を言い終えると同時に、都合五挺のUMP45が一斉に火を噴く。

 

 容赦ない銃弾の雨を浴びせかけられたのは先頭を走っていたオークだった。

 自身の身に何が起きたかわからぬまま、正面から高速で飛来する.45ACP弾を受けて悲鳴を上げる。

 弾丸の強襲を受けて突進速度は遅くなったが、一方で今の攻撃で致命傷を与えた様子は見受けられない。


「四十五口径でもストッピングパワーが足りないってのか!?」


 短機関銃を構えたままスコットが驚愕に叫ぶ。


 そんな常識外の耐久性を示したオークへとトドメを刺したのは、たまたま顔面へと飛び込んだ弾丸だった。

 一発が眼窩へと潜り込み、それによって頭蓋内部を蹂躙されオークはその場に崩れ落ちる。


 幸運気味に一体仕留めたが油断はできない。

 まだ二体が残っている。単なる獲物ではないと認識したらしく敵意を漲らせた視線と共に突っ込んでくる。

 

 ――俺たちに気付いた上で狙ってきたわけじゃなかった?


 オークの様子を見た将斗の脳裏に小さな疑問が宿る。


「この豚野郎!」


 短く叫んだエルンストが、UMP45から素早く持ち替えたM38 MDSRを片膝立ちに構えるとオークの膝を狙って撃ち込んでいく。


 .45ACP弾を胴体に撃ち込むだけでは分厚い脂肪の盾に阻まれて致命傷とはならなかったが、全体重を支える関節部を大口径弾で狙うともなれば話は別だ。


 5.56mmライフル弾が真正面から膝の骨を粉砕。

 一瞬でその巨体と重量を支えきれなくなった二体のオークは、膝を破壊された上に自重で関節が変形する激痛に悲鳴を上げて転倒する。

 そこへUMP45の射撃が降り注ぎ、身動きの取れなくなったオークの頭部へと集中的に撃ち込み、確実にトドメを刺していく。


「まさかオークが出るなんて……。でも、コイツらの素材を持って帰れば結構な金になるよ!」


「ちなみに証明部位は?」


 緊張感からすこしだけ乱れた息を整えながら将斗が問う。


「えーと、討伐部位は下顎から大きく突き出している牙。それを二対で持ってけばいいらしいよ。素材部位は皮だっていうけどね。丈夫な革鎧になるんだってさ。あとは――」


「腹に溜め込んだ脂肪層がなんかの薬品になるらしいですよ」


 マリナが忘れていたらしい部分をサシェが補足で説明してくれる。


「なんにしても、こいつを解体するのは骨が折れそうだな……。とにかくデカい」


 スコットが面倒臭そうにつぶやく。


「牙と皮と脂肪か。あとは要らないんだな?」


「あー、肉は意外と美味いらしくて、たまに食べようとする物好きもいるみたいだけど……」


 やや言いにくそうな口調ながらも「もしかして興味あったりする?」とばかりに視線を送ってくるマリナ。

 それを受けた五人は一斉に首を振る。


「俺は遠慮しておく。人の形――二足歩行の生物を率先して食べたいとは思わん」

「右に同じく」

「顔が浮かぶようなのはさすがに……」

「僕もです。勘弁してください」

「というか、お前たちは違うよな?」


 最後にスコットが眉を顰めてマリナたちを見る。


「なんでそこでおっさんはあたしに厳しいコメントをするのかな?」

「……心外です、スコットさん」


 ショックを受けたように返すマリナとサシェ。

 さすがに屈強な軍人どもならまだしも、可憐な少女が相手だとなんだか悪いことをしている気になる。気になるだけだが。


「あー、いいですか? 解体をはじめる前にちょっと気になったことが――」


 そう将斗が口にした瞬間、オークたちの来た方向――森の奥から腹を震わすほど大きな咆吼が鳴り響いた。


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