第38話 シン・討伐パーティー


「いやぁ、今日もいっぱい狩れたなぁー」


 昇天したフォレストウルフの毛皮を、マリナは嬉しそうに袋へと入れていく。

 つい先日までは、こんなにも多くの獲物を狩れるなんて想像すらできなかった。


「本当。こんなに狩りが楽になるなんて……」


 気力を回復させるため休んでいるサシェも感嘆の溜め息を漏らしていた。


「そんな驚くことじゃないだろ」


 少女たちの近くで同じく解体に勤しむスコットがやれやれと言葉を上げた。


「そうそう。ふたりの実力に問題があったわけでもないですしね」

「単純に効率よく狩るための人数が揃っていなかったからだな」


 ジェームズとエルンストが続けて頷いた。 


 剣士であるマリナは標準以上の技量を有しているおり、サシェも戦闘に使えるほどの魔法を習得した稀有な才能を持っている。


「魔法が使えたとしてもふたりだけってのは結構厳しいと思うよ。奇襲でそれなりに仕留めないといけなくなる」


 将斗の言う通り、魔法も十全な環境下になければ真価を発揮することはできない。

 魔法の発動にはマナを物理現象に変換するための詠唱を基本必要としており、その最中はどうしても防御というか注意力が散漫になってしまう。

 前衛役として戦うマリナも、サシェを守るべく敵を引き付けなければならず、必然的に一定数以上の敵を相手にしなければならず危険が増す。

 そういった事情もあり、ふたりでは狩りで得られる成果の限界に達していたのだった。


「しかし……。仮にも女の子が嬉しそうに獣を解体しているのを見ると、どうコメントしていいかわからなくなるな」


 ロバートが仕留めた獲物を運びながら苦笑いを浮かべた。

 他のメンバーも周囲の警戒にあたっていたり解体の手伝いをしたりしていたが、顔に浮かぶ感情はおおむね同じ類のものだった。


「そうは言うけどさー。マサトたちの武器が飛ばす“魔法のつぶて”は、威力が高いのに身体を突き抜けちゃわないから解体するのも楽なんだよ」


 マリナがそう漏らすように、将斗たちは先日とは変わって肩からスリングベルトを繋げたH&K UMP45短機関銃サブマシンガンをぶら下げている。


 当初は5.56㎜弾を使うM27 IARを選択していたが、以前から貫通力が高いとの声があったため主兵装の変更を行ったのだ。


 銃については、「細かいところは後々説明するから今は魔法の武器と思っておけ」と言ってある。それでいいのかと思わなくもないが、魔法のひとことで片付くのは便利と言えば便利だ。

 実際、武器や追加の弾薬をどこからか引っ張り出しているのは紛れもなく魔法なのだ。


「解体役ってだけで引っ張ってきてるわけじゃないからどんどん戦ってくれていいぞ」


「撃ち漏らしがないじゃないかよう。巻き込まれないように出て行きにくいし」


 マリナが不満の声を上げた。


 今のところ、この世界では当初の想定以上の近距離で敵と交戦することが多い。

 狩場としている森には、あまり人間の手が入っていないため、生い茂る木々が長銃身のライフルは取り回す上でも邪魔になる。


 それでは場所を変えればどうかと平原での狩りも経験してみたが、そこでもやはり他の問題が発生した。


 マリナとサシェの立ち位置だ。

 パーティーを組む以上、マリナとサシェにも戦闘に参加してもらう必要――いや、“義務”がある。


 警戒心が強く高報酬の獲物はエルンストが狙撃で仕留めれば良いが、それ以外では彼女たちに合せて近距離で戦わなければならない。

 交戦距離を短くするのは銃の射程距離を犠牲にして将斗たちのリスクが増えることにはなるが、それをしないでマリナたちに「自分はなにもしなくていいのでは?」と甘え癖がついてしまうのは好ましくない。


 そのため、地球では中距離武器と位置づけられるアサルトライフルでは今の狩りのスタイルには合わないという結論が下され、急遽主兵装をHK416から大口径拳銃弾を使用するUMP45短機関銃へと変更したのだった。


「まぁ、森や平原でならこれでも十分通用するってわかったからな」


 将斗が短機関銃サブマシンガンを軽く叩きながら答えた。


「よくわかんないけど、まさか狩ったその場で解体できるとは思ってなかったよ。複数に遭遇してもすぐ終わるんだもん。すごく効率的だよ。出番がないのは寂しいけど」


 実際、UMP45に変えた効果は上々と言えた。

 取り回しが容易な上に、HK416同様フォアグリップやサプレッサーなどの各種アクセサリーを装着できるため、将斗たちが求めるスペックになんら問題はない。

 また、同じサブマシンガンのMP5よりも構造が比較的簡易化されていることもあって野外での整備性も良好だった。

 これが狩りの効率を大きく押し上げた。


「なるべく内部にダメージを与えられる……まぁ、人間に撃ち込むのを躊躇うようなヤツを使ってるからな」


「ふーん。まぁ、食肉の確保を依頼されているわけじゃないから、中がどうなっても関係ないけどね」


 当然のことながら、マリナが剥ぎ取っている毛皮にも銃弾による穴が開いてしまっている。


 大きな群れに出くわさないかぎり、将斗たちはなるべく単射セミオートで仕留めるようにはしていた。

 しかし、数が多い時には光学照準器を使ったとしても、なかなか狙いが精確にはならず二~三発が胴体へと命中してしまう。


 脚部であれば重要な場所ではないためさほど問題はないが、やはり短機関銃では狩猟用ライフルのように高威力かつ一撃で相手の行動力を奪うというわけにはいかず弾数を必要とする。


 もっとも、これでも十分な命中具合なのだが。


「どうしても戦いたいって言うなら、そこのニンジャに投げナイフでも教えてもらうといい」


 エルンストが声を上げた。


「ニンジャ?」


「不思議な古武術カラテやチャドーであらゆる障害を叩き潰すアサシンにしてスペシャリストだ。現在では存在しないとされているが違う。


「なにそれこわい」


 彼は隙あらばデタラメを吹き込もうとして、マリナもそれを信じようとする。

 将斗は溜め息を吐くしかない。


「そんなんじゃないって。まぁ、投げナイフくらいなら教えられるよ。それで、実際狩りの効率はそんなに違うのかい?」


「あー、前にも言ったと思うけど、あたしたちがふたりで狩りをしていた時なんてこんな楽じゃなかったんだよ」


 マリナが言うに、普通はもっとひどい素材がほとんどらしい。


 考えてみればそれも当然の話だった。

 剣を使えば斬りつけたぶんだけ毛皮は刃に切り裂かれてしまうし、火炎魔法なんて使った日には、毛皮はまる焦げになってとてもではないが使い物にはならなくなる。


「だから、なるべく効率的な狩りができるようにみんなパーティーを組みだすんだけど、それでも儲けを出すのは難しいんだよ」


 狩られる側も必死だ。抵抗すればそれだけ素材にもダメージがいくし、ボロボロになったら当然買い叩かれる。


「わからないでもないな。しかし、そんなに俺たちの稼ぎはいい方なのか?」


「かなりね。人数に対して見たら破格の成果だもの。だいたい、普通のパーティーはねぇ――」


 そこからマリナは解体のついでとばかりに語り始める。


 討伐冒険者の多くは、王都の近く――手強い魔物がいない場所での狩りに慣れてくると、さらなる効率を求めパーティーを結成する。

 より単価の高い獲物ではなく、そこそこでも大量に狩ればいいという思考だ。

 パーティーの構成としては、前衛が二~四人ほどで、あとは後衛がひとりかふたりのパターンが多いらしい。


 様々な理由はあるようだが最大のものとしては、あまり人数が増えてしまうとリーダー役の人間の指示が回らなくなり、逆に効率が落ちてしまうためだという。

 中位討伐冒険者ほどの経験が彼らにない以上、無理をせずに、それでいてきちんとパーティーが維持できるだけの戦い方が必要になる。

 その最小単位が先に述べた人数構成なのだ。


「だから、たぶんだけど王都周辺で狩りをしている中じゃ相当な儲けが出ているんじゃないかなぁ」


「収支の計算を全部わたし任せにしていたマリナがそういうの言っちゃダメだと思うわ……」


 隣で解体の手伝いをしていたサシェが、ジト目でマリナを見てからこれ見よがしに溜め息を吐く。


「なんだよ、サシェー。いいじゃんかー、みんなとパーティーが組めたおかげでこんな話もできるんだからさー」


「でも、これだけの稼ぎを上げると、そろそろ他のパーティーが声をかけてくると思います」


 頬を膨らませて抗議するマリナを無視して、サシェが将斗たちに向けて懸念事項を口にする。


「自分たちも儲けにカマせろと言ってくる?」


 興味が湧いたかエルンストが問いかけた。どこか期待するような表情だ。


 ……ダメだ。たぶんこの人はトラブルの匂いを嗅ぎ取っている。


 将斗は頭が痛くなってきた。


「ええ。人の成功を傍目で見ている側は、どうしてもその……」


「意地汚いもんだ。でもまぁ、これも人間のサガかねぇ」


 言いにくそうにしているサシェに向け、エルンストが小さく鼻を鳴らす。

 もちろん、彼にも理屈は理解できていた。


 そもそも、冒険者になるような人間は成功する――地位や名誉、あるいは金が欲しくて登録した者がほとんどなのだ。

 そうした動機が悪いと断ずるつもりはエルンストにもない。


 実際、自分たちよりも成功した人間を見て黙っていられる人間は少ない。

 いくら「好きでやっているわけじゃなく生きていくためだ」と返しても、彼らにそれが伝わることはない。


 想像力の欠如。理由は色々あるだろうが絶対に交わらない。

 そんな感情が彼にしては珍しく韜晦とうかいした物言いにさせたのだろう。


「はぁ……。面倒臭い話だよ。これで大物なんか仕留めて帰ったらもっと鬱陶しいことになりそうでいやだなぁ」


 ――おい、物騒なフラグを立てるな。


 マリナの言葉にそう思った将斗だったが、口に出しても意味を理解できる人間がミリア以外にいないため、言葉にはならず思考の海に消えていった。


 そうしてしばらく他愛もない話をしながら狩りの終盤を過ごす。

 もう少しすればすべて終わる。あとは街に戻るだけだ。

 のんびりとした時間が流れる中、不意に将斗の視線が森の一点を向くと同時に表情が変わった。


「……何か来る。こりゃちょっと大きいぞ……!」


 早速フラグが回収された。

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