第37話 ワンコの1号、ニャンコの2号
「
客層はほどほどで時間の関係から酔客も少ない。そんな酒場の一角でマリナが大声を上げた。
突然の叫びに、周囲の客の目線が一斉に彼女へと向けられる。
「あっ……」
「声がデカいぞ」
自分の失言に気づいたマリナはスコットに言われる前に顔を真っ赤にして小さくなる。
隣では見せつけるように大きな溜め息を吐き出すサシェ。
痴話喧嘩の類ではないと気付いた客たちは、すぐに興味を失ってそれぞれの会話へと戻っていく。
「ご、ごめん……」
またやらしかしてしまった羞恥心のあまり、小さくなったマリナが消えそうな声で謝罪の言葉を口にする。
「本当にすみません。うちのマリナがご迷惑をおかけしてばかりで……」
「ああ。昨日と今日一緒にいただけで、サシェの気苦労がよくわかったよ」
スコットとサシェは小さく笑い合った。
一方、相棒と新しく知り合った人間から容赦なく酷評され、マリナはさらに小さくなってぷるぷると震えだす。
将斗には犬耳が付いていてしょんぼり垂れている姿が幻視できた。
「ですが、マリナほどではないにしても、わたしとしても驚きは隠せません。よろしければ理由をお伺いしても?」
穏やかな表情は崩さないままにサシェが訊いてきた。
さすがにまったくの無警戒というわけにはいかないようだ。それを見て将斗たちは安堵を覚えた。
簡単に自分たちを信じてついて来るようであれば、ダンジョン攻略が終わり次第パーティーの解散を考えなければいけなくなっていた。
たしかに、素直な人間を相手にするのは楽ではある。
しかし、
「そうだな……。俺たちは見ての通り討伐冒険者になったばかりでな」
ロバートは首から下げたDランク冒険者証を指で弾く。澄んだ金属の音がした。
「いやいや、どこをどう見ても“見ての通り”じゃないんだけど……」
真新しく輝くそれを見せながら語るスコットにマリナは真顔で突っ込んだ。サシェもどこか引きつったような笑みを浮かべている。
「なぁ、あたしは頭良くないから率直に訊くけど、あんたらなんで冒険者なんてやってるんだ?」
マリナは躊躇わずに切り込んだ。
目の前にいる
こういう時に発揮するマリナの直感は侮れない。サシェが愛想を尽かさない理由のひとつだった。
「そんなに変かな?」
ジェームズが問いを返した。
「気を悪くしたらごめんなんだけど、なんかみんな掴みどころがなくてさ」
高位冒険者や騎士のようなこれみよがし、あるいはそれよりは程度は下がる衛兵や傭兵の格好などはしていない。
むしろ駆け出し冒険者として見ても「そんな装備で大丈夫か?」と思ってしまうほどの軽装だ。
にも関わらず、彼らから仄かに漂うのは噎せ返る炎を思わせる不思議な匂い。
それがマリナに彼らの底知れぬなにかを感じさせていた。
ある意味直感的に生きているマリナだからこそわかったものだ。
「俺たちは異邦人でね。旅人ってほど大層なものでもないが、ここらに腰を据えるつもりじゃないんだよ」
ロバートが語り出した。
もっとも半分は嘘だ。今の時点で定まっていないだけでクリスティーナが話を通し、その後の情勢次第では冒険者をやっている暇もなくなるだろう。
「まずはこの国で実績を積んで、それから近くの国を回ってみようかと思っている。そのためには冒険者の資格が便利だと聞いてな」
「では、国外での活動許可を取るためにわたしたちに声をかけられたと?」
「まぁな。早晩ダンジョンにも潜るつもりだろう?」
「それはまぁ……。ですが、それだけでは――」
「互いの短期的な目標は同じだし、他の
「たしかに……」
スコットは迂遠な物言いを避けた。
下手に世辞を混ぜたりするよりも、なるべく直接的な理由を語った方がいい。
それでダメならすっぱり諦めるしかない。これも巡り合わせの内だろう。
「まぁ、急に言われたって困るだろう。もちろん、今は地下ダンジョンの攻略だけで構わない。お互いの目的は最低限達成できるわけだからな」
あまりにストレートな言い方なのではと不安になったロバートが引き継ぐ形で補足をする。
どうする? とマリナは相棒を見る。
こういう時に決断役を引き受けてきたのはいつもサシェだった。
「マリナはどうなの?」
珍しくサシェが意見を求めてきた。
マリナは悩む。いつまでも任せっきりでいいのかと思う気持ちもあった。
昨晩自分たちが泊っている宿に戻ってからも、「もし組めるならあの人たちがいいな」と世間話的にだが自分の意見も表明していた。
しかし、それだけではダメだ。
いつもならそこで終わっていただろう。
この日のマリナはさらに自分から口を開く。
「あたしは……受けてもいいと思うかな」
相棒の言葉を受けたサシェは驚きながらもすぐに考えはじめる。
不利になりかねないので口には出せないが、正直願ってもいない話だった。
当面の目標はランクアップだ。
同時に自分たちふたりだけでダンジョン攻略を行うのは限界だと思っていたタイミングでもある。
他の冒険者と組むことも何度か考えたが、言っても自分たちは年頃の女だ。下手な集団に身を寄せるのはトラブルに巻き込まれかねない。
その点でいえば、目の前のパーティは短い期間だが行動を共にしたことで実力や性格もわかっている。
依然として「うますぎる話では?」 という思いは拭いきれない。
彼らはゴブリンから何の見返りもなしに助けてくれた。悪人ではないと思う。
自分たちを見捨てたところで、それが無理矢理魔物の群れに放りだしたとかでなければ罰せられることもない。
あくまでも冒険者という仕事は自己責任なのだ。
それをこの人たちは危険を冒してまで助けてくれた。
「マリナ、ちゃんと考えた?」
「ひどいな! あたしなりに考えたよ! 助けてくれなかったら今頃どうなってたか!」
「たしかに、あの状況でわたしたちを助けてくれる人間なんてまずいないけれど……」
一方でサシェが踏ん切りがつかない理由も存在していた。
彼らが頼りになるのはわかるが、まるっきりの善人とも思えないのだ。いや、それは見ての通りではあるが……。
ゴブリンが相手とはいえ一切の躊躇もなく殲滅してのける苛烈な部分。
それに反するように、出会ったばかりの自分たちに見せた冒険者ではありえないような配慮。
それらの二面性と呼ぶべき面を見たサシェはどう結論を下していいかわからなくなっていた。
「そりゃサシェの言うとおりかもしれない。でも、これだけ頼りになる人に出会えるなんてそうそうないことだよ。それはわかっているだろ?」
そんな相方の言葉にサシェの思考が中断された。
マリナは何も考えていないようで――いや、あまり考えていないからこそ、無意識に自分たちに向けられる悪感情を本能で察知できる能力があった。
そんなマリナが意外なほど好意的な反応を示している。
「……わかったわ、マリナ」
結局、サシェは理屈で考えることをやめた。
どの道あのまま助けてもらえなかったら、それこそ死んだ方がマシな目に遭っていたのだ。
もし彼らに裏切られたとしても、恨みはするだろうがすこしでも生き長らえられたと思いながら死ぬしかない。
普段は理屈で物事を判断するサシェは自分でも不思議なくらいに達観した思いに行き着いていた。
「それに、こうなったらあなたって言うことを聞かないものね」
「なんだろう……。喜ぶべき流れのはずなのに、なんだかすごくバカにされているような気がする……」
「とりあえず、ダンジョン攻略までのお試し期間ということでよろしいでしょうか? それ以降、異議のある場合は都度交渉の上でどうするか決めたいと思います」
愕然と呻くマリナの言葉を無視して、サシェは将斗たちに視線を向ける。
なかなか警戒を緩めないネコのようだな。将斗は目の前の会話を眺めながらそう思っていた。
「ああ、それで構わない。まぁ、こんな怪しい連中だが、ひとつよろしく頼むよ」
ふたりのやりとりを見ながら笑みを浮かべていたスコットが口を開いた。
「俺まで怪しいチームに含めないでくれますかね、スコットのおっさん」
「うるせぇ、
ロバートが合いの手を挟み、スコットがそれに噛み付く。
「そんなことより、お話が終わったんなら食事にしませんか? 朝ごはん食べてないからおなかがすいちゃって……」
そんな中、ミリアが絶妙のタイミングで空腹を訴えた。
軽口を叩き合う将斗たちも、ふたりの少女もそれを見てつられたように笑いだす。
こうして、将斗たちに現地の仲間がはじめてできた。
『――通知:隠し条件達成。使用可能武器が一部増加しました。五十口径ライフル弾を使用する武器が召喚可能となりました』
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