第2章~ヴェストファーレン編~

第36話 おっさん、モテはじめる


「あ! スコットのおっさん!」


 翌日、朝早くからギルドへ行くと、昨日助けた少女――マリナから声をかけられた。

 遠くからブンブンと手を振っているが、恥ずかしいのでやめて欲しい。


 もうひとりの少女サシェも将斗たちへ向けて手を振る相棒の横に立ち、小さくお辞儀を繰り返している。

 どう見ても「連れが騒いですみません」的な動きに見える。

 あの様子では日頃から苦労しているのだろう。


「ありゃ早くから待ってたみたいだぜ? ずいぶん好かれているじゃないか、“”」


 肩をプルプルと震わせて、ロバートは必死で噴き出すのを堪えていた。

 この時点で十分過ぎる煽りである。


「……茶化すなよ。男のひがみは見苦しいぞ」


「けっ、言ってやがれ。見た目は若くなっても中身はおっさんなんだぞ。若い女に熱を入れるのは勝手だが気をつけろよな」


 歩きながら軽口を言い合うロバートとスコット。

 その後ろを笑い声が漏れ出ないよう、これまた小さく肩を震わせた将斗とエルンスト、ジェームズが続く。


 スコットを先頭に軽く手を掲げて近付いていくと、マリナたちは足早に駆け寄ってくる。

 どちらかというとマリナが駈け出して、サシェがそれをフォローすべく追いかける形だ。

 まるで飼い犬のようだった。どちらがとは言わないが。


「昨日はありがとうな!」

「すみません、本当に助かりました」


 すぐ近くまで来た彼女たちが真っ先に話しかけたのは、やはりスコットだった。それだけ強く印象に残っているらしい。

 手段はさておき、ゴブリンを巣穴ごと殲滅したのは彼なのだから仕方ない。


「おはよう。ふたりとも顔色はよさそうだな。よく眠れたか?」


 お世辞にも似合っていない柔和な表情でマリナたちに話しかけるスコット。


 無愛想な態度どころか精一杯の笑顔全開なせいか、良い意味でスレていないマリナもサシェもつられたように笑みを浮かべている。

 見ている野郎どもは普段とのギャップが凄まじく、ショックでその場に倒れ込みそうだった。いや、もうすでに腹筋がおかしくなりそうだ。


「……どう思う?」


 話に割り込むのも無粋だと小さく首を振ったロバートが残る面々に小声で語りかけた。

 気を抜くと笑ってしまいそうな意識を別の方に持って行きたかったのもある。


「うーん、寄生先を見つけたって様子はないですね。昨日も見ていましたが、その心配はないかと」


 チラリと視線を少女たちに送ったジェームズは特に害もなさそうだと結論付けた。


 冒険者の中には稼ぐ異性に取り入って甘い汁を吸おうとする者もいると登録時に注意を受けていた。

 その点からすれば、自力で討伐をこなしていたマリナとサシェにそういった“品定め”をする様子はない。


「うーん、頼れる異性への憧れってところかな。懐かれて困惑してるハンセン少佐を見られるのは楽しいですけど」

キツめの美男子エルンストでも優男風イケメンジェームズでもなく、まさか一番イカつい男スコットにいくとはな……」

「物好きなのか、はたまたこの世界ではマッチョがモテるのか……」


 エルンストが悪い笑みを、ロバートは困惑混じりの笑み、そして将斗は別の興味を覚えていた。

 もしかすると元々おっさんが好きなのかもしれないが、それにしては雰囲気の近いロバートにいく素振りもない。


 とはいうものの、昨日ゴブリンの巣穴を火攻めにしてクレイモアで吹き飛ばしたのはスコットで、彼女たちはそれを目の当たりにしている。

 もしかすると彼を高位魔法使いかなにかと思っているのかもしれない。

 そのままにしておくと早晩ボロが出そうだが。


「ケガの具合はどうなんだ?」


「ああ、サシェの魔法でもうばっちりさ! それよりも! おっさんがゴブリンの巣を吹き飛ばしてくれたおかげですっきりしたよ!」


 明らかに余計なことを大声で喋り出したものだから将斗たちの顔が引きつる。

 サシェに至っては顔色が一瞬で青くなっていた。


「ちょ、ちょっと、マリナ……!」


「あっ! ……いや、まぁあれだよあれ! 規模は小さかったけど“ぶっ飛ばして”やったしな! あたしともあろう者が油断大敵ってやつだな、あはははは!」


 サシェに指摘されたことで自分の発言が軽率だと気付き、慌てて取り繕うマリナ。多少強引な気はするがしないよりはマシだろう。


 幸い、周りにいた冒険者たちは今日の糧――依頼の受注争奪戦に気を払っていたか、こちらの会話に気付いた様子は見受けられなかった。

 まさに幸運としか言いようがない。


「おいおい、頼むぞ……。面倒ごとは避けておきたいんだ」


「いや、ごめんごめん。命の恩人にちゃんと会えたもんだから、つい気分が高まっちゃって……」


 スコットは冷や汗をかいたと大きく息を吐き出した。

 対するマリナは苦笑いを浮かべて気まずそうに後頭部を掻く。


 しかし、クレイモア対人地雷でこれだけ興奮してくれたのだ。C4を大量に設置して洞窟ごと派手に爆破なんてした日には腰を抜かすのではなかろうか。

 爆破に一家言あるスコットとしては、それもまた面白いのではとわりと真剣に考えてしまう。


 爆発物好きボマーの悪い癖だった。


「……まぁ、こんな業界だし気を付けてくれ。しっかり口止めしておかなかった俺たちにも非はあるけどな」


 そろそろいいかと入って来たロバートがやんわりと窘めた。


「ところで……こちらの方はどなたなのですか?」


 脳内爆破計画を進めかけていたスコットは、サシェの言葉で現実に引き戻された。

 彼女が視線を向ける先――将斗たちの後ろにはミリアの姿があった。


 冒険者登録をしていないミリアがこの場に姿を見せたのにはちゃんとした理由があった。

 これから先に起こるであろう会話に備えてだ。


「ああ、俺たちの共は――もとい、協力者だ。彼女は冒険者じゃないが、俺たちの支援をしてくれる特殊な魔法技能を持っている」


 思わず“共犯者”と口にしかけたスコットだったが、ロバートに肘で横腹をつつかれすぐに訂正した。


 ファンタジー知識に疎い彼も、さすがは高級士官だ。

 現地人に対してどのように説明すればいいかは、ここ三日ほどの異世界生活で早くも理解し始めていた。


「はじめまして、ミリアと申します。狩場には出ていないけれど、後方からの支援役を務めています。よろしくお願いしますね」


「あ、ああ、よろしく。あたしはマリナ。こっちが――」

「ええ、わたしはサシェと申します。よろしくお願いします」


 毒気の一切含まれない柔和な微笑みを浮かべて自己紹介をするミリアに、ふたりも特に警戒はせず名乗りを返す。


 実際に戦わないと聞くと疑問を覚えなくもないが、昨日目の当たりにした将斗たちの戦い方自体が既存の冒険者とはまるで違っていた。

 そのため、彼女もそれに関係しているのだろうとふたりは勝手に結論付けていた。


 さらに言ってしまうと、疑いを覚えるよりも先に、自分たち冒険者とはまるで違うミリアの身なりや美貌を見て驚いていたことの方が大きかったりもする。


「それでだな……。あー、ちょっとばかり話がある」


「ついでだからそのままお前がいけ」とロバートに目線で促されたスコットがマリナとサシェに向けて口を開く。


「お、なんだなんだ? 悪いけど、あたしはちょっと助けられたからって簡単になびくほど安い女じゃないぜ?」


 口から出た言葉とは裏腹に、マリナは両腕で肩を抱き締めつつも満更でもなさそうに腰をくねらせ表情までにやけさせていた。


「マリナ……本当にあなたって……」


 サシェは相棒の痴態――もとい、醜態を見て額に手を当てる。眩暈か頭痛でもしたのだろうか。


 このコンビが適度に上手くいっているのは、ほぼ間違いなくサシェによる舵取りがあるからだろう。

 将斗たちの中で知らぬ間に意見が一致していた。


「……まずは討伐の依頼を取ろう。それからゆっくり話せる場所に行きたいんだが……。サシェ、どこか知らないか?」


 スコットは冗談ともつかないマリナの言葉をスルーして話を進めようとする。


「もー、なんだよー。すこしくらい取り合ってくれてもいいじゃないかー」


 スコットからの塩対応を受けたマリナは不満そうに頬を膨らませた。自分より先にサシェの名前を呼んだことも影響していそうだ。


「はは、悪いな。あいにくと、俺も簡単にそんなことを言い出すほど安い男じゃないんでな」


 ちょっとした意趣返しのつもりの言葉を放つとマリナが目を丸くする。


 すくなくとも、これでふたりの警戒感も和らいだのではないか。

 軽口を返しながらスコットはそう思った。


 これからふたりを“ある意味”利用するつもりの将斗たちとしては、その前に不要な悪印象を与えたくなかったのだ。

 ミリアを連れて来たのも、男所帯ではなく同じ女性がいると安心感を持ってもらうためでもある。


「スコットさん、わたしたちがよく利用する店があります。そちらでも構いませんか?」


「ああ、問題ない」


 すくなくとも話を聞く気にはなってくれたようだ。


 ひとまず順調に進んでいることを喜びながら、将斗たちはふたりの少女に促されてギルドを出ていく。

 スコットだけは両脇を挟まれながら。


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