第35話 We Need You!!


 “核攻撃”――その言葉を聞いた瞬間、五人の表情が大きく変わった。


 地球では禁忌タブーとされた最悪の兵器のひとつ。「異世界だから条約があるわけでもないし、別にそんなの関係なく使えばいい」などと誰も口にはできない。


「いささか例えが極端すぎましたね、すみません」


 将斗たちの反応を見てどこか安堵したミリアはそのまま話を続けていく。


「ただ、NBC兵器を用いない方法――たとえば戦略爆撃機などを使用するとしても、当然ながら操縦人員は必要になりますし、エンジンが駆動している機体を人員ごとに空中にポンと呼び出せるわけでもありません。つまり専用施設と整備が必要になります」


 当然の話だった。最高の武器も性能を発揮できるよう維持できなければ意味がない。

 だから軍隊は金がかかるのだ。


「いずれにしても基地が要ると。俺たちの武器よろしく全部召喚すれば済む話じゃないのか」


 エルンストが問いを発した。

 大方の想像はついているが明確な答えを得ておきたいのだ。


「そう都合よくできてはいません。実際、各種装備の運用は従来と何ら変わらないことは、今日の狩りでご理解いただけたかと思います」


「なるほど。リアルRタイムTストラテジーSみたいなものってことか」


 口にしながら将斗は自分の認識が不十分だったと即座に理解した。


 ファンタジーな要素ばかりが目について勘違いしていたが、今日の討伐にしても武器や物資の調達以外は地球時代と同じように運用して戦った。

 万一選択を誤っていれば誰かが負傷、あるいは死んでいた可能性もゼロではない。


 あくまでも物資の召喚機能だけが魔法を流用しているだけで、けして万能な存在ではない。その後の運用については自分たち次第なのだ。


「魔族なり教会なりの本拠地を攻撃するとしても、そのための航空機を召喚するリソースは現状存在しませんし、それらの運用の人員すら足りていない。素人ではないみなさんならおわかりですよね?」


 ミリアの言う通りであった。


 戦いはいつの世でも最後は物量。戦いは数なのだ。

 その反面、現代戦ともなると各種兵器は性能の向上と引き換えに高コストになり、なんでもかんでも揃えて戦うような真似はまずできない。

 そのために取捨選択が必要となり、跳ね上がる運用コストの中で効果的に戦うことが求められる。


 繰り返すが、高性能兵器には整備・補給が必要となり、これをどれだけ維持できるかが勝敗を分けるといっても過言ではない。

 地球でアメリカ軍が世界最強と呼ばれたのも、軍事費もそうだがなによりも地球の反対側――遠隔地まで兵力を万全の体勢で投射できるだけの高度で複合的なシステムが整備されていたからだ。


 そして、あれは例外中の例外である。


「つまり、何らかの条件をクリアしながら第三勢力として台頭していけってわけか。ただ今あるものをぶっ壊して終わりとかそんな無秩序で混沌としたものではなく、〝俺たちがなにかを作り上げた”という事実が重要なんだな?」


 ベッドの上で上半身を起こしたロバートが頭を掻きながら口を開いた。理解はしたものの完全に納得したようには見えない。

 他の面々も同じだった。“選ばれた戦士”と言われて喜ぶような年齢はとうの昔に通り過ぎている。「世界を変える」そんな言葉に希望を見出す、世間を知らない若さゆえの熱狂はもう持ち合わせていない。


 あるいは――


「ご明察です。勇者という異世界からの来訪者が常識外の力で世界を救っていいのなら、未知の兵力を持つ軍団が世界を変えても結果さえ同じであれば構わないはずです」


 なるほど。それが“管理者”の思考の根本なのだろう。将斗は少し理解できた気がした。


「水を差すようですがそれだけじゃないでしょう?」


 ジェームズがメガネの位置を直しながら問いかけた。


「個人の持つ強力な力よりも複数の存在――組織であるぶん、どこかひとつ潰したところで反撃のリスクを伴う。相手側も単純な脅威ではないと認識し慎重にならざるを得なくなりますよね?」


 さらにその裏の狙いまで浮き彫りにするように続けていく。

 言葉にしていない部分までしっかりと理解するジェームズに、オペレーターであるミリアはすこしだけ嬉しくなる。


「あぁ、なるほどね。ひとりふたりを殺せば鎮圧できるのと、国ごとを潰さなければいけないのとでは厄介度がまるで違うな。畢竟、少数ってだけで自然と舐められるわけか」


 エルンストが両手を頭の後ろへ持っていきながら納得した顔を見せた。

 だからあの時もクリスティーナを助けに行くと決めた際に自分たちを止めなかったのだ。


「これだけの情報で……。みなさん流石というかなんというか……」


 ごく自然に理解を示した面々に、ミリアは驚いたような呆れたような、どうにも表現に困る顔になっていた。


「もちろんです。プロですから」


 ジェームズが気障ったらしく笑ってみせた。

 他のメンバーも笑みを浮かべて小さく頷いている。


「であれば、わたしからこれ以上語れることはほとんどないのですが……」


「構わんよ。聞いておくべきだ。それこそ誤解があってはいけないからな」


 ロバートも「もっと積極的に発言していいぞ」と言いたげにニヤリと笑った。

 誰もミリアを得体の知れない存在として見てなどいない。

 すでにひとりの“仲間”として扱っていた。


「では続けます」


 小さな、不安ではなく安堵の溜め息が聞こえた気がした。

 ミリアも厄介な連中に揉まれたせいで、少しづつ人間臭くなっているのかもしれない。


「――過去に功績者として祀り上げられた勇者たちは存在します。しかし、彼らの最期はけして良いものではありませんでした。暗殺を筆頭として、飼い殺しなどでほぼ確実に表舞台から排除されています。これこそが“個人の武勇の限界”だと我々は判断しています」


 あくまでもミリアは淡々と勇者の遺した痕跡を評した。


「なんとも救いがない話だねぇ……」


 スコットがつぶやいた。

 巨漢の灰色の双眸には同情の色があった。


 顔も見たことのない他人とはいえ、将斗たちは境遇の近い者として同情を禁じ得なかった。

 ある日突然、異世界という別天地に連れて来られて強制的に働かされた挙句、ひとりの人間として痕跡を残すことすらできないのだ。


 これを悲劇と呼ばずしてなんと呼ぶのか。

 

「ところでミリア嬢。ひとついいかな?」


 ともすれば陰鬱な空気になりそうなところで、ロバートが強引に軌道修正をかけた。

 リーダーの発言に、全員の目がそちらへ向く。


「なんでしょうか?」


「モニタリングしていたから説明するまでもないとは思うんだが、今日出会ったふたりの冒険者がいただろう? 彼女たちを現地協力員にできないかと考えているんだが」


「うーん、よい判断ではないでしょうか。生の情報を入手するにしても、やっぱり現地の人間の方が詳しいでしょうし」


「フム、意外だな。反対はしないってのは」


 無論、何も考えずにそう決めたわけではない。


 クリスティーナのような国政に関われる者とは別に、地に足のついた――平民の視点が必要だと思ったのだ。

 ついでに巻き込むなら、しがらみのない中堅未満の冒険者の方がスレてなくていいと思ったのもある。結構外道な考えであった。


「そのあたりの判断はすべてみなさんに委ねていますからね。わたしはあくまでも“オペレーター”ですので」


「干渉はしないということか?」


 エルンストが首を傾けた。


「いえ、必要とあればもっと活用してくださって構いません。自分から申し出たことではありますが、ここでモニタリングしているだけですと結構退屈なんです」


 ミリアは恥ずかしそうに笑う。

 要するに「制約はあるがシステムの裏を突け」と言いたいらしい。


「あ、けして無駄飯食いじゃないんですからね!」


 ミリアは自身の主張を続けるが、いつの間にか彼女は自分の料理はほぼ食べ尽くしていた。さらにデザートに手を伸ばしていては説得力も何もない。

 はっきり言って説得力皆無の姿だが、これも彼女なりの冗談のつもりなのだろう。……おそらく。


「……まぁ、ミリアの冗談は置いといて、それは俺たちを信頼してくれている証と思っていいんだよな?」


 携帯コンロで沸かした湯で淹れたコーヒーを啜りながら将斗がミリアに訊ねる。


「もちろんです。わたしたちはもうとっくに一蓮托生の身なのですから。それに、どうせならすこしでも賑やかな方がいいでしょう?」


 冗談扱いされたことにわずかながら顔をひくつかせたものの、ミリアは気を取り直したように笑みを浮かべ、鷹揚に頷いて見せた。


 結構子供っぽいところがあるな。

 ジェームズはくすりと笑う。


「たしかに。そりゃ違いないわ」


 同意したエルンストが膝を叩いて笑った。


 ミリアの表情にも自然な笑みが浮かんでいる。皆が笑っていた。

 こういう雰囲気は悪くない。


「それなら……。まずはこのメンバーで親交を深めるために飲むとするか。……ミリア、酒とか出せるんだろ?」


 ロバートが問いかけるとミリアが大きく頷く。


「ええ。ビールから何からお任せください」


「「「やったぜ!」」」


 さすがに度を過ごすほど飲みはしなかったが、この日将斗たちは異世界に来て初めてゆっくりと眠ることができた。

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