第33話 来た時よりも美しく
しばらくの間、将斗たちは洞窟近辺を偵察して回った。
戻ってくるゴブリンや巣穴の中に生き残りがいないを確認するためだ。
巣の内部には有毒ガスが充満しており、これなら隠れていてもじきにお陀仏だろう。
安全は確保されたと判断し、可能な限りの痕跡を拭ってその場を後にした。
もしかすると数匹の生き残りはいるかもしれないが、その討伐こそ他の冒険者に任せればいい。
元々将斗たちが受けたのは森林地帯でのフリー討伐であり、マリナたちのようにゴブリンの巣を調査することでもなければそれを殲滅することでもなかった。
「しかし、他の
周囲を警戒していたロバートがふと疑問を口にした。
復路の森の中でも同業者に出会うことはなかった。
ゴブリンの群れがうろついていると知って避けたのか、はたまた単なる偶然か。
「どうだろうね。みんな別の狩場に行ってるのかもしれない。ここはホントなら旨味の少ない獲物ばかりだから」
「そんなもんか」
包丁サイズのナイフを手にしたマリナが作業をしながら説明してくれる。
疑問を口にしたロバートはなるほどと頷く。
「冒険者に登録したばかりなんだろ? そのわりに結構手慣れてるんだな、スコットのおっさんは」
若返っているはずなのにおっさんと呼ばれたことに小さなショックを受けつつも、スコットはマリナに劣らぬ速度で狼を解体していく。
「ああ。俺も故郷では狩りをした経験があってな。そっちだって上手いもんじゃないか」
森の外に出てからスコットが狼を解体をしていく中、自分にも経験があるからとマリナが手伝いを申し出てくれた。
ゴブリンから助けてくれたお礼をしたいとのことだが、なかなかどうしてその手つきは見事なものであった。
「ノロノロやってると他の魔物に襲われたりするからね。それに同業者だってちょろまかすやつはいないわけじゃないし。習慣かな」
「周りは任せろ。手伝ってくれるだけでもありがたいんだ、慌てずにやってくれ」
ロバートがねぎらいの言葉をかけた。
他の冒険者が付近にはいなかったおかげで、将斗たちはゴブリン殲滅作戦を目撃されずに済んだし、最初に狩ったフォレストウルフの素材も無事に回収できた。
予想外の事態こそあったものの、これならはじめての狩りとしては上出来な部類に入るのではないだろうか。
「でも本当に見事なものですね。冒険者になる前に身に着けたのでは?」
「よくわかるね。故郷で剣を教えてくれたじいさんがついでにって仕込んでくれてさ。あの頃は狩りに同行すれば、貧乏なウチでもヤマツノジカの肉が食えたりしたっけ……」
ジェームズの問いを受けたマリナは昔を懐かしむように語りだした。
剥ぎ取った毛皮をサシェが麻袋に入れ、残った肉は将斗が近くに積み上げていく。
狼の肉は美味くないため持って行っても労力に見合う金にはならず、尻尾と毛皮だけを持って行く方がよほど効率的であるとマリナが教えてくれた。
その際、「残った肉は穴を掘って埋めるべきでは?」と訊いたが、不思議なことに多くの魔物は氾濫を起こす場合を除き生息域の中から出て来ようとはしないらしい。
もちろん、氾濫が起きてしまわないよう定期的な間引きは必要らしく、それが冒険者への討伐依頼のひとつとなっている。
ちなみに、草原のようなフィールドはある意味逆で、魔物の生息域の真っただ中に人間が作った道が通っている形となる。
そのため、間引き以外でも隊商への護衛が必要となるとのことだ。
「故郷? ということは、マリナはこのあたりの出身じゃないのか?」
それまで聞き役に回って周囲を警戒していたエルンストが不意に問いかけた。
「ああ。言ってなかったね。あたしとサシェはこの辺出身どころか生まれた国はもうちょっと北の国なんだよ」
「わたしたちの国には出張所だけでギルド支部はありませんでしたから。登録するだけでもこの国へ来るしかなかったんです」
そこからマリナとサシェは語り始める。
ヴェストファーレン王国の東北部に隣接する小国エトセリア王国。そこが彼女たちの生まれ故郷だった。
『通信内で補足しておきますね』
マリナがそっと回線に入って来た。
王国と名はつくものの、中堅国家のヴェストファーレンと南側で大きく国境を接しており、またその北東には中国バルバリア、抜けられる東側も“
そのため、ここ百年近くは特にこれといった発展が見られない小国である。
政治であれ経済であれ、何かしらの“新たな流れ”がないことが原因となって国内は停滞。各地の領主たちが好き勝手に振る舞いつつあるため、政治情勢もそれほど良いとはいえないらしい。
だからこそ、故郷に戻ってすこしでもよくなるよう、冒険者として活躍して実績を積みたいのだという。
「苦労してヴェストファーレンまで冒険者登録のために出てきたんだよ。……あやうく今日で人生そのものが終了するところだったけどね」
ゴブリンの群れが壊滅するのを目の当たりにして気分が落ち着いたのか、マリナは冗談めかして語る。
ここまで精神状態が回復すればおそらくもう大丈夫だろう。
「となると、いずれはそちらに戻るつもりなのか?」
「そうですね……。故郷の街に戻りたいとはあまり思えませんが、それでも生まれた国のために冒険者として活動したいとは思っています」
マリナとは対照的に、サシェの歯切れはあまりよくない。
なにやらこの少女にはおおっぴらにできない事情があるらしい。
初対面の相手にそこまで言及するほど無遠慮でもない。将斗たちはサシェの言葉の違和感にあえて気付かないフリをした。
「あたしは今のところは目的はないかな。戻ってもたぶん厄介者扱いだしね。当面はサシェについていく感じかな」
言い澱むサシェとは対照的に、マリナはさっぱりとした口調で語る。
一方、そんな少女たちの身の上話を聞いていた五人の表情が、何か思い至ることがあったのかにわかに変化する。
「これはイイんじゃないですか?」
「ああ。条件はよさそうだな」
「あー、“現地協力者”ですか? それならダンジョン攻略まで面倒を見ないといけませんけど」
「まぁ、見たところ悪いコたちじゃなさそうですし……。下手にここで別れるほうが危ないんじゃ? 未知の武器を持っていると知られていますよ」
インカムを作動させ小声で語り始める将斗たち。
スコットはマリナと解体しているので会話には入らない。特に反論もないようだった。
なるべく早期に昇格して自由の身になりたい彼らにとって、ふたりの存在は渡りに船ともいえた。
最初は彼女たちを助けるため、続いてはゴブリンの巣を殲滅するためとはいえ、完全に場の勢いに乗って現代兵器を使ってしまった。
ちょっとばかり変わったマジックアイテムとでも言えば誤魔化せるかもしれないが、“便利な物を持っている”と知られた時点で情報漏洩のリスクが高まる。
ここで淡々と別れるのはなんとなく危険な予感がした。
「おーい、終わったぞー?」
ちょうどそこでマリナから声がかかる。
彼女は最後の狼を解体し終え、ボロ布で刃に付着した血と脂を拭い取っていた。
呼びかけを受けた四人はひそひそと続けていた会話を中断。撤収準備に移る。
「あぁ、助かった。血と脂がひどいだろう。こいつで手を洗うといい」
「ありがと。おっさんはやさしいんだな」
水筒の水をマリナの手にかけてやると、彼女は驚きの表情を浮かべていた。
「水くらいで大げさなことだな」
消臭剤などを渡したわけではないのだからと内心で続けつつスコットは笑う。
「いやいやいや。ちっとも大げさじゃないよ。
将斗たちからすれば意外としか言いようのない話だったが、冒険者間の仲間意識は普段からの仲間を除くとそれほど強くないらしい。
命の値段とでも言うべきか。文化の差を実感すると共に「やってしまったか」と思いつつ、それぞれが撤収の準備を始めていく。
「よし。日も暮れてきたことだし街に戻ろうか」
将斗とロバートが先を歩き、スコットが麻袋を担いでその左右にマリナとサシェ。
そして、最後尾をジェームズとエルンストが警戒にあたる。
結論だけ言えば、この時点でマリナとサシェのふたりは間違いなく幸運の持ち主といえた。
ゴブリンの群れに拉致される運命を回避したばかりか、すくなくともこの付近では最強に近い布陣に守られて王都へ帰還できたのだから。
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