第32話 ハンバーガーはいかが?


「ずいぶんと楽しそうじゃないか。国防総省ペンタゴン勤務は諦めたのか?」


 嬉々として戻って来たスコットに向けて、ロバートは呆れたように声を投げかけた。


「抜かせ。今は雌伏の時なんだよ。いつか豪邸でダラダラするんだ」


 スコットは諦めないぞと野望を語る。

 立派なフラグだな。将斗はそう思った。


「……まぁ、夢を見るのは自由だ、頑張れ。それでイケそうなのか?」 


「問題ない。ゴブリンだかジャクリーンだか知らんが、要は害虫駆除みたいなものだろ。ヤツらがこうも人間を舐め腐ってくれているなら良心の呵責も要らない。全力でいく」


 吐き捨てるように告げたスコットは、ホッチキスのような形をした物体を取り出した。

 留め金を外して何度か握って正常に作動するか確かめると、今度は巣穴の入り口から引っ張ってきたコードへ繋いでいく。


「よくもまぁ白々しい。大好きな爆弾を気兼ねなく使えるからだろ」


「何を言うんだ。世間に害が広まらない最善策じゃないか。そうだろう、キリシマ中尉。物事はタテマエってのが大事だと日本の本で読んだぞ」


「いや、そこで俺に振らないでくださいよ……」


 いきなり水を向けられ、正面の警戒をしていた将斗が困ったように返す。

 そもそも建前がどうのと言うなら後半部まで口にしては台無しだ。


 しかし、不意にその動きが止まり、表情に鋭さが宿る。


「――なにか聞こえました」


 巣穴に視線を向ける将斗がM27を構えながら告げると、他のメンバーたちもにわかに緊張を帯びる。


「……来るか。撃ち漏らしがあったら頼むぞ」


 他の面々の聴覚もゴブリンの鳴き声らしきものを捉える。

 それを受けて、スコットは口唇の端を歪めて左右の手に起爆用のリモコンを握る。


 そんな中、サシェはマリナの上着の袖を掴む。


「サシェ、大丈夫だから……」


 マリナは相棒の行動を笑いはしなかった。


 相手はザコと言われるゴブリンに過ぎない。それはわかっている。

 わかっていながらも、気を抜けば足がすくんでしまいそうだった。

 それほどまでに“あの経験”は、彼女たちの心に浅からぬ爪痕を残していたのだ。


「……安心しろ。俺らがいるかぎり、指一本触れさせやしねぇよ」


 少女たちを落ち着かせようと、スコットが剛毅な笑みを見せる。

 最初に見た時は恐怖しか覚えなかった巨漢が、今のふたりにはとても心強いものとして映った。


「点火準備! 備えろ!」


 そして、ついに洞窟の暗がりの奥からゴブリンたちの鳴き声が聞こえ、すぐに姿も見えた。


「点火!」


 右手が強い力で握り込まれた瞬間、森林地帯に未曽有の轟音が生まれた。


「「きゃあっ!?」」


 ふたりの悲鳴は飲み込まれた。

 起爆したM18クレイモア指向性対人地雷によって吹き荒れる鉄の嵐はすべてを蹂躙していく。


 この地雷は、1.6キロの重量の中に700個の鉄球と高性能爆薬を内包し、本来であれば正面左右六十度、距離にして最大250メートルの範囲で相手を殺傷する。

 そんなとんでもない兵器が穴の中へと目がけて叩き込まれたのだから、加害範囲に存在していたモノに抗う術などありはしない。


 飛散した鉄球が範囲上に存在するすべての物質に破壊のエネルギーをぶつけていく。

 高速で飛ぶ鉄球の嵐に見舞われては鎧もない肉体などひとたまりもない。

 ボロ雑巾のように千切れ飛び、皮膚や肉、そして骨や内臓の区別なく周囲に撒き散らす。


「す、すごい……。高位魔法使いの爆裂魔法だってこんなには……」


 サシェが驚愕に目を見開きながら震え交じりの声を漏らした。

 声だけでなく身体まで震えていた。“アレ”が人間に向けばどうなるか瞬時に理解したのだ。


 粉塵に覆われた洞窟の入口付近からは、ギイギイという悲鳴ではなく死を目前にした弱々しい呻き声がわずかに聞こえてくる。


 あの爆発範囲にいては助かるのは、よほどの幸運がなければ不可能だ。


 内部に留まって燃えて死ぬか、有毒ガスで中毒死するか、挽肉になって死ぬか、あるいは生き残って銃弾に貫かれて死ぬか――


 森の中に自分たちの王国を築き上げようとしていたゴブリンたち。

 彼らの未来に存在する選択肢はいつの間にか絶望のみとなっていた。


 しかし、危険とわかっていても、有毒ガスと炎から逃げようと必死になったゴブリンたちは止まらない。止まれない。止まれば仲間に踏み潰される。


「すごい! これなら全滅にだって!」


「気を抜くな。まだ終わっちゃいないぞ」


 興奮したマリナに警戒喚起を促すスコット。

 彼の聴覚は残るゴブリンたちが外を目指す声と足音をはっきりと捉えていた。

 

 生存本能に突き動かされ、緑の小鬼たちは燃え盛る巣穴の奥から外へ逃げ延びるべく押し寄せる。

 洞窟の入口が阿鼻叫喚の地獄になっているなど知りもしなければ、危険が待ち構えていると予測することもできない。

 そこが彼らの知性の限界だった。


「トドメだ、ゴキブリども」


 今やゴブリンたちの死神と化したスコットから宣告が下された。

 残るクレイモアに繋がれた巨漢の左手が、祈りを捧げる司祭のようにそっと握り込まれる。


 再度の耳をつんざくような轟音を響かせて爆炎に続き土煙が発生。


 洞窟を覆い隠していた土煙が晴れると、二度のクレイモアの直撃を受けたたことで


「ふーむ、掃討は不要か。案外あっさり片付いたみたいだな」


 あっけらかんとしたスコットの言葉の後には元の森の静寂が戻っていた。

 ゴブリンたちの鳴き声も、もはや聞こえてくることはない。


 短くも激しい鉄と火薬の嵐が過ぎ去った後、ゴブリンたちが存在していた痕跡は辺りに散らばる肉体の残骸のみとなっていた。


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