第31話 準備は念入りに
『こちらハンセン。“狼煙”に点火した。繰り返す、“狼煙”に点火した』
スコットからの連絡が届いた。
いよいよ状況開始だ。
エルンストのグリップを握る手にも自然と力が入るが、すぐにそれを意識して緩める。緊張は狙撃の天敵だった。
「こちらクリューガー、“狼煙”を確認。しっかり燃えているようです」
エルンストはゆっくりと息を吐きながらスコットたちに情報を伝える。
こちらへ向かっているため背後は確認できない。またする必要もない。
『了解、帰還まで二十秒。仕上げ準備を頼む。
応対は極めて簡潔だ。だがそれでいい。
「――あの少佐殿、とんでもない暴れん坊ですね」
「じゃなきゃ少佐でDEVGRUに在籍なんてしていない。オフィスワークがいいなんて言っていたが、どこまで本気かわかったもんじゃない」
無線を切ってエルンストが笑みを浮かべた。答えたロバートも肩を揺らしていた。
無茶苦茶な男だが味方である限りは頼もしい存在だ。敵に回した側は哀れになるほどに。
『よし、もう着くぞ。見張りを排除しろ』
「
指示を受けたエルンストは、ゆっくりと息を吐いて呼吸を止め、膝立ちの状態で構えたM38 SDMRの引き金を静かに絞る。
「ギッ――」
洞窟の入り口に立っていた二匹のゴブリンのうち、片方の右眼窩真下から侵入。
砕けたスイカのように破裂した頭部から内容物を伴って後方へと抜け、崖の壁面を赤黒く染め上げた。
「……?」
一瞬にして予想外の出来事に、もう片方のゴブリンは事態を理解できず棒立ち状態となる。
「
その時にはすでに二発目が放たれていた。
仲間と同様の死に方を晒し、心臓から送り出された血を噴出させてゴブリンの身体が地面に崩れ落ちる。
しばらく待っても気付かれた様子はない。
「
あっという間に片付いたと告げると、ちょうどそのタイミングで将斗とスコットが崖の上から戻ってきた。
エルンストが油断なく銃口を洞窟の奥へと向ける中、ふたりは手慣れた手つきでゴブリンの死骸を退けると、その近くで背嚢から取り出した何かで作業を始める。
「……うわぁ、アイツらダメ押しどころかエゲつないことしやがる」
「本当に。ハンセン少佐は爆発物のエキスパートと聞いていますが、どちらかというとあれは
M27を構えて様子を窺っていたロバートのつぶやきに、ジェームズが苦笑い気味に答えた。
「なぁ、ロバート……。これはいったい……?」
問いが投げかけられた。
なにが起こるか理解した者たちとは異なり、マリナとサシェは目の前で起きている事態がまるでわからないでいた。
当然と言えば当然だが、ロバートは彼女たちにどう説明するべきか悩む。
「ちょっとした余興だよ。説明するより見た方が早い。このまま帰ったら負けて悔しいし、明日から元気に冒険できないだろ?」
「だから、巣ごと潰してやろうと思ってですね」
あっさりと告げたロバートとジェームズに、少女ふたりは言葉を失う。
たしかにゴブリンは雑魚扱いされる低位の魔物だが、それはあくまで単体や十匹以下の小規模な群れを相手にした場合だけだ。
大型化した巣を潰すとなれば、そんな簡単な話では済まされない。ゴブリン狩りに慣れた討伐冒険者の集団が必要になる。
「まさか本当に……?」
サシェの言葉は溜め息にも似ていた。
驚きを隠せなかったのだ。
ロバートたちははっきり「巣を潰す」と口にした。
彼らに大規模な群れと化したゴブリンの脅威を理解していない様子はない。
むしろやってしまいそうな雰囲気があった。
自分たちを助け、また先ほどから一瞬にして遠距離のゴブリンを仕留めてのけた謎の
しかも、自分の知る冒険者の戦い方ではない。
――そもそも、Dランクになったばかりの冒険者がこれほど強力な武器を持っているはずがないのだ。
「まぁ見てろって」
剛毅な笑みだった。
不思議と不安にはならない。――いや、違う。不安は不安でも命の危機ではない方だ。
ゴブリンは倒す。
だけど同時に何かとんでもないことをしでかすのではないか。そんな感覚だ。
「そういう意味で言ってるんじゃ――」
続くマリナの問いも
はっきり言えばマリナとしても、謎の男たち――将斗たちのことはとても気になる。
彼らの持つ武器は何なのか、そもそも彼らは何者なのか。
――今訊くのはマズいよね……。
疑問を言葉にはしないでおく。躊躇させるだけの勘は働いていた。
マリナは多少の読み書きを除けば、その他に学と呼べるものを持っていない。
隣国の辺境に近い町で生まれ、女だてらに筋が良かったからか、物好きな元冒険者に剣の稽古をつけてもらえた幸運とも呼べる身の上だ。
一方、相棒のサシェはマリナとは幼馴染だが、彼女の家は比較的裕福で教育もしっかりつけてもらえていた。
それこそ、彼女に魔法の才能があるとわかり、そちらの教育さえ受けられたほどに。
それほど境遇の違うふたりが
サシェが路銀を持ち、マリナが上手いこと入手した推薦状のおかげで、あれよあれよという間に国を出てヴェストファーレン王国のギルド支部へと辿り着いた。
もしお互いがいなければ、今頃どうなっていたか。
旅の途中でタチの悪いヤツに捕まって奴隷にでもされていたかもしれない。
そんなふたりにはわかっていた。
目の前でこれから何かやってのけようとしている五人は、明らかに異質な存在であると。
「ショウサ」だの「タイイ」だのが何を意味するかまではわからないが、彼らは互いを姓か肩書きのようなもので呼んでいる。
貴族?それにしてはやけに腰が軽い。ますますわからなくなる。
「よーし、待たせたな。パーティグッズを設置したぞ」
少女たちが思考に沈み込んでいる中、聞こえてきたスコットの低い声が彼女の意識を現実へと引き戻した。
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