第30話 楽しいBBQ
「さてさて、これからどうしたものかねぇ」
ひと通り自己紹介を終えたところでロバートはメンバーたちに意見を求める。
「他に逃げたヤツもいない。すぐに増援が来る心配はないだろうが……」
「ただ、このまま放っておくと、遠からず別の被害が出そうですね。あまりよろしくないかと愚考します」
スコットとジェームズが順番に懸念を示した。
少なくない数の
「逃げるなら早い方がいいと思うよ。巣穴まではそんなに遠くないだろうから。仲間が戻って来ないことを不審に思われたらマズいもの」
マリナがさりげなく撤退したいと匂わせる言葉を挟む。
気丈そうに振る舞ってはいるが、やはり今は一刻も早く
「巣穴? ってことは結構な数がいるのか?」
「ええ。農村からの依頼は「ゴブリンが巣穴を作っているかもしれないから調査してくれ」程度でした。ただ、あれだけの数を一度に送り出せるのだとしたら、すくなくとも五十以上の群れではないかと……」
マリナに代わって推論を述べるサシェの表情にはありありと不安の色が浮かんでいた。
元々大人しい性格なのもあるが、彼女のように後衛を務める冒険者としてはやはり群れで襲い来る
殺されるだけなら冒険者稼業では
だが、ミリア情報ではゴブリンの場合それだけでは済まされない。
「ふーむ。思った以上に大きな群れですね。やってやれないことはないかもしれませんが……」
ジェームズが腕を組む。
状況次第ではしばらくヴェンネンティアが活動の拠点となる。寝覚めが悪くなる話はできれば聞きたくない。
「まぁ待て」
どうするかと悩んでいるとスコットが声を上げた。皆の視線がそちらを向く。
「それだけの巣穴が今まで見落とされてたんなら、小さなものじゃなくそれなりの穴を掘ってるだろうな。ふーむ……」
何か引っかかることでもあったのかスコットが口を開いた。
「そりゃあるかもしれませんが……」
意図を掴み切れないジェームズは困惑を浮かべる。
「となると、入り口とは別で換気口があるだろうから……。よし、いい案がある」
スコットはしばらく腕を組んでいたが、不意に思い付いたとばかりに大きく手を叩いた。
「いったいなにを? まさか、そこから潜入されるつもりですか?」
問いかけた将斗の表情には少なくない不安が浮かんでいた。
――何をやらかすつもりなんだこの人。
いかにこの五人が現代装備を有していても、五十体以上の敵が待ち受ける場所に飛び込むのは危険を通り越して無謀と言わざるを得ない。
ましてや暗くて狭い洞窟に入っていくなど、小柄な体躯をした
今後を見据えると、どう転んでもいいよう冒険者としてのキャリアは稼いでおくべきだ。
とはいえ、必要以上のリスクを冒すのは下策にしか思えなかった。
「キリシマ中尉、ちょっとこちらへ。――ミリア、ガソリンだけ召喚することはできるか?」
質問には答えず、スコットは将斗の肩に手を回すとマリナたちから離れ、仲間と会話するような仕草でインカムに語りかける。
『可能です。召喚した車輛には必要になりますから。タンク入りのものがありますがそれでよろしいでしょうか』
「Good、そいつは好都合だ」
『ショートカットをスコットさんの端末に飛ばします。ですが、ガソリンなんていったい何に使われるつもりですか?』
怪訝に思ったのかミリアが問いかける。
「んー、ちょっと景気づけにな。まぁ見てなって」
口元を歪めて通信を切り上げるスコット。
その顔は、まるでタチの悪い悪戯を思いついた子供のように見えた。
「さて……。悪いがちょっとばかり手伝ってもらおうかね、マサト君」
水を向けられた将斗はどこまでもイヤな予感しかしなかった。
帰りたそうなマリナとサシェを意図的に無視した将斗たちはゴブリンの巣穴へと向かう。
程なくしてそれは見つかった。
「――あれか」
森が終わって山となる境目――崖となった場所の根本に大人が腰を曲げれば入れそうな穴があった。
穴の入口には二匹のゴブリンが見張りに立っている。不用意に近づけばたちまち中へ通報されるだろう。
「たしかに狭い。あんなところに入っていくなんて
双眼鏡を覗き込みながらロバートが顔を顰めた。
中に入って潰すのは無理だと判断せざるを得ない。そうなるとやはりスコットのプランが良さそうだが……。
「決まりだな。ちょっと行ってくる。見張りは頼んだぞ」
「今さら止めはしないが……。気を付けろよ」
「アイ・サー」
スコットと無理矢理同行させられた将斗は、風下まで迂回しながら崖を登って巣穴の真上あたりまで回り込む。
周辺に見張りがいないか、また換気口が出入口も兼ねていないか警戒しつつ進んでいくと、“目当てのもの”はすぐに見つかった。
「コイツだな」
存外あっさり事が進んだからか、スコットは小さく安堵の溜め息を吐き出した。自身の常識が異世界でも通じるかの不安は持っていたようだ。
「蟻塚みたいっていうか……」
「さすがにもうちっと上手く偽装する知性までは持っちゃいないか」
視線の先には石が積み上げられ、周囲よりも高い場所に煙突のような形で設置されている。
石同士の隙間を埋めるために土壁のようなものがしっかりと塗りたくられていたが、それが何でできているか将斗たちは意図的に無視した。
いずれにせよ、これがスコットの探していたもの――ゴブリンの巣に設けられた“換気口”らしい。
「雨水が入り込まないように工夫されていますね」
「ああ。群れを統率する個体は知能が高いと見てよさそうだ。……始めるぞ」
指示された通りに携帯端末を操作して、スコットと将斗でガソリンの入ったポリタンクを数個召喚していく。
すべてのキャップを開けると揮発したガソリン特有の臭いがほのかに漂ってくる。
ここにきて将斗はスコットの狙いを理解した。
「もしかしてですけど……」
「ああ。これで巣ごと丸焼きに出来るとは思っちゃいないが……いぶり出すくらいには使えそうだろ?」
ニヤリと笑ったスコットは積み上げられた石の蓋を蹴り飛ばし、今度はポリタンクを換気口の中へと次々に放り投げていく。
最後のひとつだけを残し、それを横倒しにすると穴の壁を伝ってガソリンが流れ込む。
「見張りを置いてない時点で、換気口から攻め込まれるなんて考えてもいないんだろうな。こちらにとっては都合がいい」
ある程度まで減ったところでスコットは横倒しになったタンクを掴み、穴の周辺の土染み渡るようにしながら引っ張っていく。
数メートルほど歩いたところでタンクの中身が空になった。
「さぁ、あとは点火するだけだ」
「いや、バーベキューじゃないんですから……」
将斗の言葉に笑いながら、スコットは取り出したタバコにオイルライターで火を点ける。
いつの間に取り寄せていたのか知らないが、どうも一部の嗜好品はこうして召喚が可能なようだ。
例えばヒルのような生き物に噛まれた際、無理に剥がして傷口を広げないようにするには、タバコの火を当ててやるのが有効な手段というニッチな事例もある。
厳密な分類まではわからないが、ざっくり小道具に分類されている可能性が高い。
さも美味そうに煙を吸い込んだスコットはしばらくしてからゆっくりと煙を吐き出す。
満足気な表情とは裏腹に瞳に浮かぶ輝きは餓狼のそれだ。
「そっちの準備はどうだ?」
無線機に向かって語り掛ける。
『こちらクリューガー、配置完了。見張りはいつでも殺れますよ』
「了解、“火起こし”に移る。こちらからの指示を待て。……さて、続きは連中を片付けてからか」
名残惜しそうにつぶやくと、スコットは元来た道を戻りながらまだほとんど残っているタバコを指で弾き飛ばした。ガソリンの染み込んだ地面へと。
放物線を描いたタバコの火が地面へと落ちる――その寸前で、気化していたガソリンに引火。
小さな音を立てて火が上がり、地面に染み込んだガソリンで敷かれた道を辿って穴の中へと一気に侵攻していく。
しばらくの後、換気口の奥から爆音が響き、換気口からせり上がってきた火が噴出した。この様子では中はいったいどうなっていることか。
「さぁ、仕上げだ。急いで戻るぞ」
――この人、宿の時からそうだったけど本当に容赦ってものがないな……
燃え上がる炎を背景に笑みを浮かべるスコットに、将斗は小さく身震いを覚えた。
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