第29話 ふたりの冒険者


「GO!!」


 ロバートの発した鋭い掛け声が合図となった。


 同時に発射された鋭い矢が、少女たちとの距離を詰めつつあったゴブリンの頭蓋や胴体に深々と突き刺さる。


 急所に刺さり悲鳴を上げる間もなく、少女たちとの距離を詰めていた五体が短い痙攣を残して地面へと沈んだ。


 目下の脅威を仕留めたと確認した瞬間、五人は各自銃の引き金に人差し指をかけて前進を開始。


「ギギィ!?」


 奇襲を受けたことで、ゴブリンたちは甲高い鳴き声を上げて周囲を見回しながら恐慌状態に陥っていた。


「ギッ!!」


 残る集団の一体が、森の奥から進み出てくる闖入者の姿を見つけて大声を上げるが、それはあまりにも遅かった。

 粗末な小弓を持った個体が慌てて矢をつがえるが――


「遅いな」


 その時にはすでに、残るゴブリンの息の根を止めるには十分過ぎる時間を稼ぎ出していた。


 控えめな音が迸ると同時に、緑色の肌にいくつもの穴が穿たれていく。

 セミオートで発射されたライフル弾は亜音速でゴブリンたちの身体に突き刺さり、致命傷を負わせるとともに生命活動を強制的に終了させた。


「ギィ!?」


 何が起こっているかゴブリンたちにはわからない。

 魔法だとしたら詠唱があるため備えることもできる。


 銃弾を叩き込みながら、将斗たちは抑音器サプレッサーの有用性を強く体感していた。


 ちなみに、しばしば銃声を消せる万能アイテムと思われがちなサプレッサーだが、通常のSS109弾を使用していては弾速が700m/sにも達し、抑音効果はほとんど得られない。そのため今回は亜音速弾サブソニックを選んでいる。

 想定される交戦距離ならば威力をある程度犠牲にしても問題がないこと、なによりも目立たないことを重視していた。


 派手な戦いも命の駆け引きもなにもない。

 ただ一方的な殺戮がほんのわずかな間に始まり――そして終わっていた。







「片付いたか?」


「――おそらく」


 ロバートが声を上げた。

 自分たちの周りに動くゴブリンがいないことを確認して、ジェームズが短く答えた。


「まだ気は抜くなよ」


 周囲に動く生物の気配は感じられないが、すでに地球での常識は捨てていた。


 なにしろ相手は人間でもなければ獣でもない。

 ハリウッド映画よろしく終わったと思った瞬間、何が起こるかわからないのだ。

 これまでの知識が通じない世界にいるとあらためて実感する。


「おい、無事か?」


 ゆっくりと歩み寄ったロバートが声をかけると、ふたりの少女はその場にへたり込んでしまう。


「あ、え、ああ……」

「た、たすかった……?」


 極度の緊張下にあった反動か、声さえもうまく出せない様子だった。

 それでもひとまず危機が過ぎ去ったと理解して場の空気がわずかに和らぐ。


「安心しろ、同業者ぼうけんしゃだ」

「まずは深呼吸、気を落ち着けろ。周囲はこちらで警戒しておくから」


 ロバートに続いて巨漢のスコットが語りかけるのは逆効果気味だったが、それでもDランクの冒険者証を見せると少女たちの警戒は薄まった。


 そんな中、将斗が弾かれたように動く。


「グギッ!!」


 目にもとまらぬ速さで投擲したナイフは、茂みから立ち上がって駆け出そうとしたゴブリンの首へ深々と突き刺さった。

 ゴブリンは何かを掴むように両腕をばたつかせるが、すぐに地面へ崩れ落ちて動かなくなった。


「……ケダモノは気配を殺すのが上手い」


 周囲を警戒しつつ、倒れたゴブリンに近寄ってナイフを捻じりながら引き抜く将斗。

 仮に死んだふりをしていても今の動作でショック死させられる。念の入れ方が尋常ではなかった。


「なぁ、マサト。やっぱりお前サムライじゃなくてニンジャなんじゃ……」


「どっちも違います」


 エルンストの問いにきっぱりと答える将斗。

 その否定がますますメンバーからの疑念を深めていくとも知らず。


「それよりもコイツ、気配を殺して逃げようとしていました。この場をやり過ごすわけでもなくです」


「つまり?」


 考えるのが面倒なのかエルンストが丸投げで問い返す。


「……付近に群れが存在すると考えられます」


 図らずも「少しは自分でも考えてくれ」と言うか迷った部分が間となってしまった。


「理由は? まさか“例の知識”なんて言わないよな?」


 スコットもライフルを肩に担いで疑問を挟んだ。


 脅威から逃げるのは生物としてごく自然の行為といえる。

 それだけで付近に群れがいると断ずるのは弱く感じられた。


「繁殖力が強いと情報があったのもそうですが、この場で獲物を殺す気がなかった。それと逃げる方向に迷いが見られない。これらはそれなりの根拠になるかと思いますが」


 絶命したゴブリンが逃走しようとした方向を見据えながら、将斗は前半部分は声を潜めて答える。

 さすがに「獲物」と呼ばれて喜ぶ女性はいない。


「あ、あの――!」


 そんな中、少女の片方――ローブを被り桃色の髪の毛を覗かせた少女が声を上げた。

 勇気を絞り出すように口を開いたのは、目の前に現れた謎の男たちへの警戒感と恐怖心を払拭するためでもあった。


 予期せぬところからの発言に、全員の視線が桃髪の少女へ向く。

 屈強な男たちから一斉に注目されたことで、少女は一瞬だけビクッと身体を震わせるが気を強く保ち口を開いていく。


「えっと、ゴブリンの巣があるのは間違いないと思います。わたしたちはその調査でこの森にやって来たんです」


「もしかして討伐依頼か?」


 少女の言葉に将斗は驚きを覚えるが、その反応はさすがに失礼だと表情を抑え込む。


「いえ、討伐依頼ではなく調査依頼です。一応、わたしも彼女もDランクの討伐冒険者なのですが、さすがにふたりだけでゴブリンの巣をどうにかするのは……」


 この少女はともかく、もうひとりの赤髪の勝気そうな少女なら突撃していても驚かなかったように思う。いや、それこそ失礼か。


「すまない。遅くなったけど礼を言うよ。あの数はあたしたちだけじゃ無理だった」


 視線に気付いた赤髪の少女が口を開いた。


 日焼けした褐色の肌に、細身ではあるがそれなりの筋力があると思われる手足。

 今は地面に置きっぱなしになっているが、片手でも難なく振るえそうな細身の剣が彼女の武器なのだろう。


「簡単な手当ならこちらでもできますが――」


「……サシェ、悪いけど頼むね。――うぐっ!」


 ジェームズが止める間もない。

 赤髪の少女が苦鳴とともに刺さった矢を抜いた瞬間、将斗たちは思わず声を上げそうになった。


 普通は軽く切開して返しの付いたやじりを除去するものだ。無理に抜いては傷口を広げるだけ。その程度の知識がないとは思えない。


 止めたいのを堪えた将斗たちが事態を見守る中、サシェと呼ばれた桃色髪の少女が杖を掲げて何やら言葉を発した。

 すると、傷口部分が青く輝き出しみるみるうちに塞がっていく。


 五人とも驚愕の感情を表情に出さないよう努めていたが、代わりに言葉が出なくなっていた。

 男たちの驚きに赤髪の少女は気付かなかったのか、痛みが落ち着いたところで口を開く。


「ふぅ……。あたしも剣士の端くれ。すこしは減らしたんだけどね……」


 よくよく見れば、銃弾で仕留められたゴブリン以外にも三匹ほどが剣による裂傷を受けた格好で倒れていた。

 どうやらこの少女剣士が倒した個体のようだ。


 いかに相手が低位の魔物とはいえ、多数相手の戦いでは普段の実力を発揮するのは途端に困難となる。

 そんな状況下でそれなりに戦果を上げられた彼女には素質があるのかもしれない。


「なるほど、たいしたもんだ」


 たとえ実力があっても、このように弓を足に受ければ剣を満足に振るえなくなる。

 そこからは先ほど将斗たちが目撃したままだったのだろう。


「でも、助けてくれなかったら今頃は……」


 目を伏せた赤髪の少女から発せられる声はわずかだが震えていた。

 剣士としてゴブリン相手に後れを取った悔しさと、あのままでは抗えなかったであろう悲惨な末路の双方への感情だった。


「終わったことだ、あまり気にするな」


 ともすれば冷淡に聞こえるほど、ロバートは簡潔な言葉だけに留めた。


 彼女たちを心配していないからではない。

 このような場合、必要以上に慰めるとかえって無力感を強めてしまうためだ。


「生きてさえいれば次がある。その時に負けなければいい」


 スコットが続けて足りない言葉を補う。


「あぁ、そうだよな……」


 ロバートとスコットの言葉を噛み締めるように赤髪の少女はほんの少し上気した顔で頷いた。


 真っすぐないい目だ。


 そう将斗は思った。

 あれだけの恐怖を味わっていながら未だ折れていない。こういう人間は上手くいけば大成する。


「そういえば名乗ってなかったな! あたしはマリナ。こっちはサシェ。あんたらは?」


 すこしは落ち着いたらしい赤髪の少女――マリナの自己紹介を受けて、将斗たちもそれぞれに相好を崩した。

 存在が露見する葛藤こそあったものの、やはりこうして無事な姿と笑みを見られたのは満更でもない。

 自分の選択は間違っていなかったと確信してロバートは口を開く。


「あぁ、俺たちは――」

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