第28話 そんなのカッコワルイ!


 襲われていたのは少女がふたり。大きな木を背にして魔物らしき存在と対峙している。


「どう見てもヤバい感じだな」

「それよりもなんだあの生き物は……?」


 ACOGの倍率スコープ越しに様子を窺うロバート。その横でスコットが巨体を屈めて小さく声を上げた。


 彼女たちを取り囲んでいるのは、十数体の緑色の肌に毛のない猿のような顔をした子供サイズの生物だった。

 地球には存在しないその生物を前に、ロバートは不思議と嫌悪感を覚えずにはいられない。


「あれは――ゴブリン、か……?」


 将斗から驚きが声となって漏れた。

 知識はあっても現物を見れば、それとはまた別で驚くのだ。


『おっしゃる通りです。あれはゴブリンです』


「なぁ、俺の知ってる妖精には見えないんだが」


 ヨーロッパの民間伝承にあるゴブリンとは到底似つかない姿に、ドイツ出身のエルンストは何とも言えない顔をしていた。


『ええ、残念ながらこの世界では魔物に分類されています』


 ミリアから通信が入る。

 インカムのカメラ経由でしっかりモニタリングしているらしい。


「あの見た目じゃ無理もないな」


『冒険者も積極的には相手にしない低位の存在ですが、社会性を有し高い繁殖力をもって集団を構成。群れが大きくなれば、その危険性は格段に跳ね上がる厄介な存在です』


 体毛のない禿げ上がった頭部に爬虫類のような不気味な目。

 醜く突き出た鼻と大きく曲がった背中に、日本に伝わる妖怪“餓鬼”のように膨らんだ腹が醜悪さを際立てている。


 それぞれが木の棒や刃の欠けた短槍、錆びた短剣に手斧などを持っていた。

 あれらで傷など負わされた日には、間違いなく楽な死に方はできないだろう。


「あいつら――」


 見せつけるように放つ下卑げびた笑みを見たロバートは直感的に理解する。

 彼らが浮かべているのは、捕食を目的に獲物を狩ろうとする獣の表情ではないと。


 実際、少女の片方は足に矢を受けているが、あれでは毒でも塗っていないかぎり致命傷にはならない。

 ただし、行動力は大きく削がれている。


 杖を持った少女ではなく、剣を持った前衛を真っ先に狙って機動力を奪おうとしたあたり、あのゴブリンなる生物には低くない知性がある。


「ありゃあ“狩り”を楽しんでいやがる……。襲うのはいつでもいいって感じだな……」


 同じものを感じたのか、傍らにいたスコットは湧き上がる不快感を隠そうともせず小さく吐き捨てた。


 ゴブリンと呼ばれた生物の顔に浮かぶモノは、盗賊まがいの略奪行為を行うゲリラが“暇つぶしに撮った動画”の中で見せた笑みとそっくりだった。


『おそらく、獲物の精神を折るためかと思われます。この世界のゴブリンは99%以上がオスとなっており、メスは滅多に存在しません。そのため、


「んなんっ……!?」


 エルンストが声を上げかけ、慌てて口を閉じる。

 表情には耐えがたいほどの不快感が滲み出ていた。


『そして、彼らがもっとも好む対象は――人間です』


 ミリアの言葉が一瞬だけ途切れ、それに続いて感情の発露を抑え込んだような声が続く。

 五人とも言葉の意味するところを理解するのに時間を要した。

 声は出ない。いや、出れば怒りの言葉となるため開かないのだ。


「畜生どもが……!」


 眼の据わったロバートの口から震えの混じった声が漏れた。

 同時に武装勢力がやりたい放題だった派遣先を思い出す。あれはこの世の地獄だった。


 そんな中、視線の先でじわりじわりと包囲網が狭まり始めた。

 いい加減獲物を嬲るのにも飽きたのだろう。


 少女ふたりの表情は、これから自らの身に起こるであろう未来を想像してか恐怖で歪んでいた。

 それでも武器だけは手放そうとしない。


「どうする? あまり時間はないぞ」


 いつでも撃てる状況でスコットは問いかけた。


「どうするって――」

「言うまでもなく見知らぬ他人だ。はっきり言って俺たちには関係ない」


 あくまでも冷静なスコットの発言に、すでに助けるつもりでいたロバートは目を見開く。

 彼には少女たちを見捨てる発想など微塵もなかった。


 将斗たちもその意思が伝わっていただけに驚きを隠せない。


 ライフルをゴブリンの群れに向けたまま、将斗とエルンストにジェームズも事の成り行きを見守るように視線だけをふたりに向ける。

 ミリアもまた無線越しに会話を聞くだけに留めていた。


 こういう時こそ彼女は介入してこない。


「スコット、おまえ……」


「忘れるな。俺たちは“異物”なんだぞ? 彼女らを助けるのはいい。だが、そうすればこちらが有り得ない存在だと発覚するのはわかっているのか?」


 怒りで頭に血が昇っているロバートに向け、スコットは「安易な行動をとるな」と遠回しに警告した。

 普段は粗野な巨漢の予期せぬ言葉に、怒りに歪んでいたロバートの表情は指揮官の冷静さを取り戻していく。


「それはわかっているが――」


 一度だけわずかに瞑目した上で、ロバートは覚悟を決め、スコットを見据えて口を開く。


「却下だ。安心安全が確保されるまでコソコソ動きましょうってか? それこそ性に合わない。ここであの子らも助けられない根性で、世界なんて回せるわけがない。第一……そんなのカッコ悪いだろうが?」


「……そうか。そこまでの覚悟があるなら、俺が言うことは何もない」


 それまでの表情からは一転。スコットはニヤリと剛毅な笑みを浮かべた。

 ロバートは一瞬だけ虚を突かれた表情を浮かべたものの、すぐに今の会話の意図を察して表情を崩す。


「まったく……。試すような真似をするなよ」


「チームを乗っ取ろうなんて野心はさらさらないがね。ただ、イヤになったらいつでも指揮官役は変わって差し上げるぞ、“ロブ”」


 口ではそう言ったものの、スコットはどこまでも副官役に徹してくれている。

 こんなことをしたのも「すべてをひとりで抱え込まず相談しろ」と彼なりに気遣ってくれているのだとロバートにはわかった。


 ひとたびリーダーを務める以上、他のメンバーから侮られてはチームはまとまらない。

 あえて反対意見を表明してロバートの意向が通りやすくなるよう、あえてこのような言い回しをしたのだ。


「フン、言ってろ。脳みそからニコチンとアルコールを抜いたら考えてやる。……時間がない。やるぞ。例のクロスボウを用意しろ」


 ロバートの指示を得て、五人はそれぞれが持つライフルのアンダーマウントへ取り付けてあった改造型クロスボウに手を伸ばす。


 このクロスボウは、グリップに二輪車のブレーキのようなレバーが付いていて、ライフルを構えたまま発射することが可能な優れモノである。

 それと同時に、M320グレネードランチャーと同じ感覚で使えるため操作もしやすい。


 弓矢と聞くと銃器の登場で姿を消した武器に思われがちだ。

 しかし、地球においては11世紀と古くに登場しながら銃の消音装備が実用的になる1970年代まで使われ続けていた長い歴史もある。


 銃の存在を誤魔化すため、とりあえずこの世界にもあるらしきいしゆみ風の外観に近づけ、実際に矢を撃てる準備だけはしてあったのだ。


 矢はつがえてある。あとは割り振られた標的を仕留めるだけだ。


「ホント、ファンタジーの世界を満喫してるよなぁ。ロビンフッドでも気取ってるみたいだ」


「そんなに本格派が好きなら弓矢でも用意したらどうです? ヘリだって撃ち落とせるかもですよ」


 雰囲気を和らげようと嘯いたエルンスト。将斗もそれに乗っかる。ジェームズは苦笑いに留めていた。


「怒りのアフガンってか? その役は隊長殿に譲るよ」


「バカ言うな、俺はそんな齢じゃねぇ。いくぞ。まずはあの子らを助けるぞ。Ready……Go!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る