第27話 ある日森の中


 ひっそりと静まり返った深い森の中では鳥たちも息を潜めている。

 そんな場所に空気の抜けるような音が立て続けに響き渡った。


「撃ち漏らすなよ!」


 視線は正面の敵に向けたまま、ロバートが注意を促した。


「「「Rog!」」」


 互いの射撃範囲をカバーするように散開した四人は一切動じない。

 高速で飛翔したつぶて――5.56×45mmNATO弾は、木々の間を縫って迫るフォレストウルフの群れへと吸い込まれるように着弾。

 肉体を貫通せず内部で暴れ回った弾丸は、血肉に飢えた獣を物言わぬ屍へと変えていく。


「クリア」


 瞬く間に、十匹が自身が致命傷を受けたと理解する間もなく大地へ沈んでいった。


「……意外と他愛ないもんだな」


 虚空に漂うは硝煙の残滓。次第に薄れていくそれを鼻腔に感じながら、銃口を下ろしたスコットがつぶやく。


「そりゃな。初心者向けの狩場で手こずるようなら、もう引きこもりになるしかない」


 いくら初心者といえどもこれだけの数で襲われたら危ないのだが、冒険者歴二日目の彼らは気付かない。


「ははは、違いないですね。それで、コイツらはどこを切り取ればいいんです?」


 将斗が胸元からタクティカルナイフを抜いてロバートに訊ねる。


「たしか……尻尾を切って持っていけば討伐代は出るらしいが、毛皮まで剥がないと素材代は出ない。たしか後者の方が金にはなったよな」


「そりゃ尻尾だけじゃ大した役には立たないでしょうしね。それを捨てて来られちゃギルドの商売もあがったりってことでしょう。……て、肝心の解体はどうします?」


 獲物が完全に息絶えていると確認したジェームズが、周囲の警戒を続けながら問いかけた。

 狩りはお貴族様の嗜みだが解体はその内に入ってはいないのだ。


「言っとくが俺はできないぞ。あいにくと狩猟経験はない。これでも都会育ちニューヨーカーでね」


「これまたご冗談を。全米ライフル協会が泣いてますよ」


 肩を竦めるロバートやエルンストたち。

 その姿を見て、狼たちの死体を一カ所にまとめていたスコットがそっと手を挙げた。

 彼にしてはずいぶんと遠慮がちだった。全員の視線が集まる。


「解体なら任せてくれ。狼をバラしたことはないが、狩猟自体は田舎でよくやっていた」


 出身州まで口しようとはしない。訊かない方がいいのだろう。


「それは構わないが……ここでやるのか?」


 ロバートは問いを返す。むしろ「おまえが? 本当に大丈夫か?」と言いたげに見えた。


「そんな顔をされるから言いたくなかったんだ」


 答えたスコットの表情はやや不満げだった。


「血の臭いが広がると別の獣を呼びかねない。こいつらは帰りがけに回収して森の外で解体すればいい。目印をつけておこう」


 気持ちを切り替えるように溜め息と共に言葉を続けると、慣れた手つきで木の枝へと白い紐を結びつけていく。


「頼りになるなぁ……。ちなみにそれは?」


 作業を始めたスコットに向けてエルンストが訊ねる。


「ああ、説明していなかったな」


 どうやらスコットは、メンバーが討伐冒険者の登録作業をしている間に、他のギルド職員から狩場についての情報や、仕留めた獲物の優先権を主張する方法を教えてもらっていたらしい。


 基本的に個々の善意に期待する部分だが、討伐証明部位と素材部位が揃わない――特に素材部位だけの持ち込みは忌避される。

 もっとも、他者の狩った獲物を横取りしたと疑われる可能性もあるため、よほどのことがなければ手を出す人間はいないらしい。

 そう考えればよくできたシステムでもある。


「それにしても、5.56mm弾じゃ交戦距離を考えても過剰殺傷オーバーキル気味だな。取り回しを考えると、これなら短機関銃サブマシンガンのほうがいいかもしれん」


「そうですね。人間に向けて撃つならともかく、狩りなら軟弾頭を使ってみては?」


「それも手だな。ショットガンだと音がうるさいし」


 通常の弾丸はコアとなる鉛の弾頭に銅の被膜を被せ貫通力を重視したもの――フルメタルジャケットFMJが主流となっている。


 それとは別に弾頭に切り込みなどを入れることで、異なる効果を持たせた弾丸も存在していた。


 “ホローポイント弾”だ。


 これが着弾すると弾頭が膨張炸裂――簡単に言えば弾が潰れると接触面積が変わり、貫通力の高いフルメタルジャケット弾では伝わりきらない運動エネルギーを被弾対象に余すことなく与えられる。

 この効果によって対象の肉体や内臓などへ大きなダメージを与えるばかりか、弾丸が標的を貫通して周囲に飛んで行ってしまう二次被害を防ぐ効果もある。


「人間に向けたら結構えぐいことになりますよ?」


「撃たれるようなことしなきゃ俺たちは撃たんよ」


「それはそうなんですが……」


 微妙に噛み合わない会話を繰り返していると、斥候役スカウトとして一番前を歩いていた将斗が片手を掲げる。


「どうした?」


 会話を止めたロバートたちが素早く近付く。

 将斗は空いている方の手で森の奥を示しながら口を開く。


「たぶんですが、女性の声らしきものが……」


「聞き間違えとかは? あるいは魔物の鳴き声とか」


「そりゃあ可能性はゼロじゃありませんが……。他に複数の動物か何かの鳴き声もあったので」


 ――コイツ、いったいどんな耳をしているんだ?


 平静を装ってはいるがエルンストは驚きを隠しきれなかった。

 聴覚の鋭さは状況認識能力に直結する。狙撃手として欠かせないものだが、自分にはわからなかった。


「……早速トラブルの匂いか。人間がいるかはさておき、付近に脅威が存在する可能性もある。確認しに行くぞ」


 周囲への警戒を続けながら五人は極力足音を殺して先へ進んで行く。


 距離を置いて先頭を進む役はふたたび将斗が務める。

 彼の足の運びは信じられないほど静かで、先程の耳の良さも含めてエルンストからのニンジャ疑惑は深まる一方だ。


『もうすぐです』


 インカムを通して予告が入り、しばらく進んだところで将斗の足が止まった。

 その場にしゃがみ込んで片腕を上げる。警戒しろという合図だった。


 数メートル先からは生い茂る木々がぱたっと途切れていた。

 たまたまその場所だけ広間のように開けた空間となっているらしい。


「ビンゴか……」


 そっと覗き込んだロバートがつぶやく。

 五人の目に飛び込んできたのは冒険者どうぎょうしゃらしき人間が、何か生物らしきものに囲まれている光景だった。


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