第23話 ニンジャ!?


「マサト?」


 さすがのロバートも一瞬だけ固まってしまったが、当の将斗は構わず前に進み出て行く。


「いや、ここはまず俺が……」


「リーダーはどっしり構えとけよ、保護者じゃないんだから」


 出番を取られたとばかりの表情を浮かべるロバートを見てスコットは腕を組んで笑っていた。

 一番手を取られたことと、年長者を気取ったところがおかしかったのだろう。

 ちなみにこのふたりの年齢差だが、誕生日でいえばほんの二週間くらいしか差はない。今は五人の肉体年齢がほぼ同じなので意味はないが。


「俺は木剣を使わせてもらうが……それは曲刀か?」


 リゲルは怪訝な表情を浮かべた。


「ええ、使い慣れている武器に似ていたもので。その方がやりやすいですしね」


 緩く曲がった棒を軽く振りながら将斗は淡々と答える。


 壁にかけられた模造武器の中から彼が手にした――ように見せてこっそりミリアに転送してもらったのは、彼が地球時代に習得していた剣術で使われる木刀だった。


「普通はロングソードを使う冒険者が多いのに、そんな身幅の狭い曲刀を敢えて使うとはな……。というか、あんな形の模擬武器なんてここに置いてあったか……?」


 リゲルはよほど「舐めているのか?」と口に出したかったに違いない。

 しかし、せっかく彼が手に入れた教官職リタイアコースを守ろうとする意識と、将斗の浮かべる表情を見て婉曲的な言い回しに留めたのだろう。


 あるいは、見慣れない武器への疑問が先行したせいでその辺りが有耶無耶になったのか。

 実際、明らかに使われた形跡のない武器がいくつか散見された。不人気武器として記憶に残らないものもあるのだろう。だから上手く誤魔化せた。


「油断を誘うつもりかもしれないが、そう簡単にはいかん。俺はこれでもBランク内定までいっていたんだ。……いくぞ!」


 かけ声とともに、教官がゆっくりと将斗へ向けて距離を詰めてくる。

 対する将斗は軽く腰を落としただけでその場からは動かず、相手の出方をまず窺っていた。

 

 考えなしのチンピラを相手にした状況とは異なり、相手は元熟練の冒険者。

 格下の相手に完全な本気で来るとも思えないが、役目上簡単に勝たせてくれることはないはずだ。


 となれば、まずは相手の動きからおおよその実力を推し量り、武器の間合いに入り込んだ上でチャンスを狙うしかない。


 相手を熟練の剣士と見立てても、攻撃の間合いは木剣の九十センチから腕を入れた一メートルと数十センチ。

 鋭い踏み込みと無茶苦茶な身体能力を発揮されてはどうしようもないが、ハナからそれではそもそも合格者を出せるはずもない。


 ある一定以上の技量があれば試験は突破できるものと将斗は判断する。


 ――だが、そんなギリギリを狙うのは面白くない。


 一見穏やかな将斗の闘争心へと静かに火が点いた。

 相手の斬撃が繰り出されるタイミングで前進を選択。滑るような身体の移動だった。

 本気であればまだしも、明らかに手加減がされたであろう正面からの一撃は空を斬る。


「!?」


 仕留めたと思ったリゲルから驚愕の声が上がった。

 誘いの気に引き込まれての攻撃ゆえに間合いが甘かったのだ。将斗は構えた木刀をわずかに引いただけで掠ってさえもいない。


 そう理解した時にはすでに将斗は距離をさらに詰めている。


「小癪!」


 ――捨て身の構えか!


 腕の内側に潜り込もうとする気配を察知したリゲルは腕を交差して切り返しにいく。

 仮に身体をぶつけて来るとしても、リゲルなら相手の華奢な肉体など跳ね返せると踏んでいた。

 反転して下から掬い上げる一撃が将斗へ襲い掛かる。


 この時点で、すでに新人冒険者に課す試験の域を超えていた。

 冷静に考えられるならここで止めるべきだろう。

 将斗はリゲルの一撃を見切っており、実力を示すには十分なはずだった。


 しかし、双方共にやる気になっていた。両者から漲る気迫に、誰も制止の声を上げられない。


 将斗は右足を引いた半身で迫る切っ先を躱す。

 ギリギリだが本人に焦りはない。むしろ想定通りの位置に相手の刃を招いたのだ。


「おおっ!!」


 ――これでは拙い!


 そう判断したリゲルは身体と腕を同時に引いて上段から振り降ろしを仕掛ける。


 将斗はその動きも読んでいた。


 いかに本物ではないとはいえ、両手剣の重みを駆使して放たれる斬撃の隙は存外に大きい。

 咄嗟に連撃を繰り出そうとしても力は乗り切らず、刀身に当てられた木刀が横への力をかけると切っ先はあっさりと当初の軌道から外される。


「なっ――」


 呻きにも似た驚愕がリゲルの口から漏れた。


 ロングソードのような武器と戦ったことのない将斗でも、地球時代から身に着けた剣術・武術の修行の中で長物を持つ相手を想定した訓練は積んでいた。


 その経験の差が、勝敗を分けた。


 迫る青年は上体に微塵も揺れのない重心移動を為し得ていた。

 高速で翻り、腕のわずか下を縫うように一閃された木刀は教官の脇の下を軽く撫でて抜けていく。

 これが訓練でなければ、将斗の刃はリゲルの腋の下を深々と切り裂いていたことは誰の目にも明らかだった。


「なぁ、あれってニンジャのワザマエか……!?」

「いやいや、どう考えてもサムライのチャドーでしょ。しかしすごいな……」


 エルンストとジェームズがそれぞれ別の意味で感嘆していた。


「どうですかね、教官殿?」


 ふたりのボケにも反応せず、鋭い視線のままで将斗は問いかける。

 相手が誰だろうと怯まぬ、武芸者の峻厳しゅんげんな眼だった。


「……ご、合格だ。俺の権限では不可能だが、その腕ならすぐにCランクでも通じるようになるだろう……」


 いかに手加減していたとはいえ、今の動きだけを見ても青年の技量を認めないわけにはいかなかった。

 なにより、リゲルの額に浮き上がった汗が頬を伝って流れ落ちていく光景が彼の実力を雄弁に物語っていた。

 それこそ本気であったとしても果たして勝てただろうかと疑念を抱かせるほどに。


「なぁ、おたく、本当に今日冒険者になったばかりなのか?」


 未だに信じられないといった様子を見せるリゲル。

 同時に、これだけの実力があれば自分が気を当てにいっても平然としていられるわけだと納得してもいた。


「あぁ、言い忘れていました。我々は故郷では兵士だったんですよ。その時の経験が役立っただけかと」


 これくらいの意趣返しはしてもいいだろう。


 将斗は構えを解きながら悪戯っぽくそう答えた。

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