第22話 期待の新人


「そんで、おたくらが新しく登録したって連中かい」


 数分後、ギルドの隣に併設された訓練場に将斗たち五人の姿があった。


 同行した受付の青年から討伐試験の依頼票を受け取った男――訓練教官が、将斗たちを値踏みするように鋭い視線を送る。


「ったく、ギルドに就職できたはいいが討伐登録の連中くらいしか来やがらない」


 訓練場の内部はかなり余裕をもった広さに作られていたが、周りに人はほとんど見られない。

 聞く限りでは冒険者という職業は“自由業”みたいなものだ。地味で金にならない訓練などしたくないのだろう。


「だったら、あっちが先客か?」


 唯一、十代と思しき若者が数名、興味深げな様子で将斗たちを遠巻きに眺めていた。


「いや、あっちは後で指導をする予定の連中さ。珍しく真面目な連中でね」


 街で見かけた冒険者たちのような使い古した装備を身に着けていないことから、まさしく登録して日が浅い新人たちなのだろう。

 それでも、今の時点では将斗たち五人よりも先輩だ。無用なトラブルを避けるため失礼な視線は送らないでおく。


「なら、こちらが先か。それで? 依頼票を渡せばすぐに試験をしてくれるとそこの兄さんから聞いていたんだが……。違うのか?」


 リーダー役のロバートは構わず堂々と訊ねる。

 受付の青年に「ほら、ちゃんとしてください」と肘で突かれた教官はどこか困ったような表情を浮かべる。


「いや、間違っちゃいねぇよ。ただ、おたくらはそこまで若くは見えないから、ちょいと気になってな。……おっと、名乗るのが遅れたな。俺が試験教官のリゲルだ」


「俺はロバート。一応この連中のリーダーをやっている」

「スコットだ」

「エルンスト」

「ジェームズと申します」

「将斗です」


 教官の男――リゲルからの名乗りを受けたため、それぞれが名前だけを伝える。


 以前ジェームズの機転で危機を回避したように、やはり姓を持つのは貴族などの特権階級がほとんどだとミリアからも説明を受けた。

 素性に興味を持たれるとボロが出る可能性があるため、登録証も名前のみに留めてある。


「なんだかいやにバラバ――ごほん! 個性的な感じだな……。しかし、本当に討伐冒険者なんてやるつもりなのか? しかも最短ルートでなんて。これは元兵士とか傭兵とか向けのものだが……」


 リゲルの言葉はどれだけ好奇的な解釈をしようとしても、遠回しに諦めろと言っているようにしか聞こえなかった。


 教官とはいうものの、彼の年齢は将斗ちきゅうじんたちの基準ではそれほど高くは見えず、おおよそではあるが三十歳半ばから四十歳くらいに見える。

 この世界の平均寿命が地球よりも短いことを考量するに、実年齢はもっと若いのかもしれないが、見た目通りなら本来のロバートやスコットよりもやや上といったところだ。

 見た目がそれぞれに若返ってしまった将斗たちに対して胡乱うろんな視線を送るのも当然かもしれない。


「なんだ、面接があるとは聞いてはいなかったな。いや、別に侮っているとかじゃないんだが……」


「面接じゃねぇさ。俺は見ての通り、十五で成人してから二十年以上討伐をメインに冒険者をやってきた」


 誇張ではなかろう。未だにゴツゴツとした身体つきを見れば一目瞭然だ。


「いいかげん身体にガタがきたと感じていたところで、ギルドが教官役で引き抜いてくれた。そのおかげで、今は新人冒険者の若造どもを死なないように送り出すのが俺の仕事だ」


 自身の仕事に矜持を持っているのだろう。リゲルはどこか自信を漂わせる。


「いいねぇ、叩き上げだ」


 リゲルへ視線を送るエルンストは軽口を叩きながら口唇の端を不敵な形に歪ませていた。

 これから始まる試験たたかいに期待しているに違いない。

 そんなバトルジャンキーっぷりを見咎めたジェームズは小さく溜め息を漏らす。


「なるほど、教官殿は歴戦の強者つわものってことですか。頼りになるなぁ」


 心底感心したように将斗が口にすると、その言葉に気をよくしたのかリゲルの表情がすこしだけ緩む。


「よせよ、おだてるな。……話を戻すが、育ちも悪くなさそうなおたくらが、無理してまで稼ごうとする必要なんてあるのかと思ったんだよ」


 ここまで来てもなかなか首を縦に振らない。リゲルの言葉には憂慮の色があった。


「なにも討伐ばかりが冒険者じゃねぇ。言うまでもないがこの街は人もそれなりにいる。いろんな依頼だってある。生き急がなくたって、コツコツ働けば暮らしていくには困らねぇもんさ」


 向こう見ずな将斗たちを馬鹿にしているわけではない。

 ただただ純粋に気遣ってくれているのだ。


 おそらく意気揚々と討伐に出かけ、そのまま戻って来なかった冒険者もひとりやふたりでは済まないのだろう。

 世界は違えど、ともに戦った戦友が帰らぬ人となった経験は五人にもそれぞれにあった。


「ご忠告感謝する。だが、俺たちは無茶な稼ぎで成り上がろうと思っているわけじゃない。世界を見て回るために国から出て来たんでね。そのためには討伐冒険者の資格が必要なんだ」


 まるっきり嘘でもない。

 さすがは海兵隊特殊部隊MARSOCの高級士官だと、ロバートに任せて傍観者に徹していた四人は彼の返し方に感心していた。


「……なるほど。物好きな連中ってことか。そういう気概のあるヤツは嫌いじゃない」


 小さく笑った。そう思うと同時にリゲルから威圧が放たれる。

 受付の青年が気圧されたように一歩下がる。遠巻きにしている新人たちも何事かとざわついていた。


「リゲルさん、あまり威圧をするのは……」


「手加減はしないぞ。与えられた役目をきっちり果たすのが元冒険者としての矜持だ」


 青年が語り掛けるがリゲルは答えない。

 彼はスコットを超えるほどの大男ではないものの、タンクトップにも似た服の下には鍛え上げられた筋肉が鎧のように備わっている。

 これで一線を退いたというのであれば、本職時代はいったいどれほどのものだったのか。


「そうか。なら、可能な限りお手柔らかに……と頼んでおこうか」


 答えるロバートは威圧に動じない。

 残るメンバーも、中位以上の冒険者がボディビル選手権会場のような暑苦しい世界でないよう、それぞれの信仰対象へ真剣に祈っていた。


「そいつは無理な相談だな。俺の威圧に動じない胆力は新人とは思えん。褒めてはやるが、それとこれとは話が別だ。無謀な冒険を諦めさせるのも先達の役目でね」


 リゲルは「どうする?」とばかりに軽く肩を回す。どうも最初から無理だと決めてかかられているようだ。


「だったら“期待の新人”とでも認識を改めてもらうしかなさそうだな」


「ほぅ、やれるものなら……やってみろ……!」


 リゲルが更に気迫を増す。

 スコットのような巨漢相手にも堂々としているのだから、体格がもたらす優位性はこの世界ではそれほど高くないのかもしれない。


尚、「これくらいなら教練指導官ドリルインストラクター殿の恐ろしさには程遠いな」と思っている四人とは異なり、「さすがはファンタジー世界。筋肉だけじゃすべては解決しないのか……」と将斗はひとりだけ別のことで唸っていた。


「まぁ、年長者として――」

「では、せっかくなので自分から。これでも白兵戦には通じているつもりですし」


 ロバートが出て行こうとするのを遮ったのは、意外にも将斗だった。

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