第21話 こてこてじゅうじゅう


 ひと通りの会話を終えた面々は冒険者登録をするべく宿を出る。


 出て来たのは五人だけ、残るふたりは留守番だ。ミリアにはクリスティーナに将斗たちの世界について教える役目を頼んできた。


「見られてるな」


 目立たないようマント代わりのポンチョに身を包んでいるのだが、生育環境の違いから地球組は高身長扱いで、ただ歩いているだけにもかかわらず奇異の視線が飛んでくる有様だ。


「身長を小さくするなんて発想はなかったからなぁ……」


 将斗が呟く。

 まさか異世界に来るなんて思っていなかったため、アバターでいじったのは若さと髪型くらいだ。

 クルーカットやそれに近いものでは「せっかくの余興が面白くない!」と面白半分で変えにいったのだが、今となってはそれがありがたい。

 一日千秋の思いで髪が生えてくるのを待つのはどうにも締まらなかった。


「べつに悪さしているわけじゃない。堂々としていればいいのさ。軍人なんてそんなもんだったろ?」


 一番視線を集めているスコットはまるで意に介さず悠然と歩いていた。

 ただ人目を惹くだけなら職業上よくあることだ。奇異の視線とはいうものの、地球時代のようにマスコミのネタにされるわけでもない。

 そう割り切れば、向けられる視線もすぐに気にはならなくなった。




「――はい。それではしばらくお待ちください」


 平民街の端――街の出口にも近い場所に建てられた冒険者ギルドに入った五人は、思っていたよりもスムーズに登録を終えられた。


 意外なことに内部にはギルド職員くらいしかおらず、普段は依頼が張り出されていると思しきエリアにも今は羊皮紙で書かれた依頼票はほとんど貼られていない。


 それを見た将斗は首を傾げる。


「はて。こういう時は大概たむろしている中堅冒険者に絡まれるものでは……」


「なんだそりゃ」


 横合いからエルンストが怪訝な顔を向ける。


「いや、お約束というかなんというか」


『……マサトさん、さすがにネット小説の読み過ぎじゃないですか? コッテコテの展開ですよそれ』


 将斗が神妙な表情でつぶやくと、耳にはめたインカムから呆れたようなミリアの声が聞こえてきた。


 小型カメラが搭載されているだけに、同じく呆れ顔のエルスントの表情までモニターしているのだろう。

 彼女はクリスティーナの指導役と同時に五人のサポート役にも回っている。

 聞くところによれば、ミリアにも戦闘能力や兵士としての各種技能は備わっているらしい。


 もっとも、彼女にも冒険者登録してはどうかと言ったが、当初の役割通り本業オペレーターに徹するとして譲らなかった。

 あくまでも主体は将斗たちであり、ここでミリアの力が必要なようでは、“管理者やといぬし”が期待する役割など果たせないと言外に言いたいのだろう。正論ではある。


 尚、ミリアとクリスティーナは簡素な格好をしても隠せない美しさのせいか、宿を出る時に従業員からの視線が妙に痛かった。

 まるで“男どもに稼がせている品の良さそうな女”と思われていそうな気配があったが、それを口にしないだけの分別が彼ら五人には備わっていた。


「ギルド内でそんなことする人間なんていませんよ。みんな朝早く来て依頼を受けたら夕方までは帰って来ませんし。というか、どこでそんな話を聞いたんです?」


 将斗の独り言を聞きとがめたらしい受付の青年が、登録用の書類に羽ペンを走らせながら訝しげな顔を浮かべて口を開いた。


「んー、どっかの街の酒場だったかな。俺たちの国には冒険者なんて職業はなかったからな」


 咄嗟に機転を利かせたロバートが将斗の代わりに答えた。


「なるほど、行政のしっかりした国から来られたんですねぇ。……あぁでも、僻地にある出張所なんかだとそういうことがあるとは聞きますね」


 特に不信感を抱かれることもなかったらしく、青年は作業を続けながら言葉を重ねていく。


 彼の様子を見るに、ここではクレーマーじみた冒険者は見られないらしい。

 もっとも建物の外ではわからないが。


「出張所?」


 エルンストがオウム返しに訊ねると、作業が終わったらしい青年はふたたび顔を上げた。


 五人の目から見ても実直そうな青年だった。

 この世界では珍しい眼鏡をかけていることから比較的裕福な家の出なのか。


「ええ。ギルドも人手が足りていませんからね。この国だけじゃなく、他国でも地方の小さな街や村なんかになると、出張所と称して試験に合格した住人にギルドの業務を委託しています。現金収入や娯楽の少ない場所ですから、地方ギルドには酒場が併設されていたりします。そうなると酔漢との、ね……」


「ああ、なるほど」


 酒を飲む場所ともなれば、人間のサガとでもいうべきかトラブルとは無縁ではいられないようだ。


 冒険者なんて荒っぽい職業をしていて、地方ではそこそこに扱われる地位ともなれば気が大きくなってしまうのだろう。

 早めにクリスティーナを送り届けたい五人としてはその情報を記憶へしっかりと刻み込んでおく。


「当ギルドとしては比較的安全なこの辺で活動するよりも、外に出て行ってくれるのなら多少粗暴なくらいでも歓迎なんですけどね。魔族との戦いで軍の人手も足りませんから、どうしても治安維持は冒険者が担わないといけないですし……」


「何をするにも人が要ると」


 そもそも、なぜ冒険者などという半端な職業が成立するのか。

 それは青年の嘆きにも含まれていたように、この世界が長年に渡り魔族との戦いを繰り返しているからだ。


 国および領主の擁する軍は、魔族・魔物と戦うべく前線方面に駆り出されており、残った兵力も領土の守備が主任務となる。

 そのため、魔族軍に比べて脅威度の低い魔物や盗賊の討伐に割く余力はなく、苦肉の策として生まれたのが冒険者という職業だった。


 各国に支部を置く冒険者ギルドが、最低限の身分を保証させることで、兵士になれるだけの戸籍も学もない平民を労働力に変える画期的な手法として設立され、今でも登録者が後を絶たない。


「辺境で強力な魔物を倒したり、迷宮で財宝でも見つけられれば一攫千金もあり得ます。成り上がりの手段として人気はありますが……」


 たとえ途方もない夢と希望でも、人々を惹きつけて止まないのだ。


 そんな職員のぼやきを聞きながら、五人は登録証の交付を終える。


「じゃあ、早速ですが地方へ向かうための最短ルートを教えてくれませんかね。ちょっと頑張ってみようと思っているので」


 将斗が人の良い顔で問いかけると、それを受けた青年職員はすこしだけ呆れたような表情を浮かべる。


「僕から言っておいてあれですが、物好きな人たちですねぇ。普通に暮らすだけなら周辺の依頼をそこそこ真面目にやれば十分なのに……」


「いいトシこいてロマンを追い求めているとでも思ってくれ」


 若干投げやりなロバートの返事を聞いた青年は理解したと相好を崩す。


「ははは、そういうの嫌いじゃないです。……では、お望みどおり最短ルートを紹介いたしましょう」

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