第18話 旅は道連れ 世はなんとやら


「――さて、これからどうされるおつもりかな殿は」


 しばしの沈黙を経て、ロバートはクリスティーナへと声をかけた。

 沈黙したかつての副官ベリザリオに視線を向けていた少女は意識を現実に引き戻される。


「決まっています。ベリザリオが仕組んだことは明らかな人類に対する背信行為です。彼をそう仕向けた人間も許してはおけません。かくなる上は――」


「言っておくが、教会本部とやらに戻るのはやめておいたほうがいい」


 決意の言葉に割り込む声があった。

 覚悟を決めた発言を遮られたクリスティーナは、控えめではあるが不快と言いたげな視線を発言主であるスコットに向けた。


「そんな目で見るなよ。ここまで用意周到に仕掛けてきたコイツベリザリオが何の手も回していないと思うか? とっくに本部とやらには報せが行ってるさ。待ち構えているところにノコノコ出向くなんて間抜けのすることだ」


 答えながらスコットは仲間にフォローしてくれと視線で救援を求めるが、ロバートは巨漢の無遠慮な物言いが悪いと首を振った。

 他の面々も「ひとりで言い過ぎ」「傷心気味の相手に無遠慮」「女性に優しくない」と呆れと非難混じりの苦い笑みを向けている。援軍はない。孤立無援だった。


「ならばどうすれば良いと言うのです」


 やり場のない憤りを滲ませた表情が将斗たちに向く。「何かあるなら教えて欲しい」と縋るようにも見えた。


「アンタは貴族だったな? 故郷くにはどこにある。あー、俺たちにはこの世界の地理がわからないから、ここと比べて教会本部から遠いか近いかだけでいい」


 ――こうなったら自分が気の利かない悪役になりきろう。


 覚悟を決めたスコットが遠慮なく問いかけていく。


「遠くです」


 対するクリスティーナも目の前の巨漢が“そういう人間”だと諦めたらしく素直に答えていく。

 窮地を救ったのも影響しているのだろう。けして弱みに付け込んでいるわけではない。


「わたしはこの国からさらに東方にある国の……」


 ふとクリスティーナは何故かそこで言いにくそうに言葉を切った。


「なんだ? 騎士団の先頭に立っておいて、まさか今更お姫様とでも言うのか?」


 ロバートが冗談めかして笑いかけた。

 発言した本人的には少しでも元気づけるための冗談だった。


 ――そこでツッコミ入れます普通?


 将斗は呆れた。

 周りから見れば完全に地雷を踏みに行っている。こういうところに限っては慎重派ではないらしい。


「……これでも、第一王女です」


 お転婆で悪かったなと言いたげな目で顔を真っ赤にして、クリスティーナはぷるぷると全身を震わせながらロバートを睨みつけてきた。


「マジか……」


 目を丸くしたロバートは天を仰いでから「余計なことを言っちまった」と額に手を当てた。




「話を戻しましょう。ひとまず教会本部とやらへ行くのはナシで。クリスティーナ殿が死んでしまわれては何の意味もありません」


 微妙な空気になったところで、見かねた将斗が話に入った。


 ロバートもスコットも、アメリカンなジョークが異世界で通じると思っているあたり、危なっかしくてとても見ていられない。


 他の仲間を頼ろうにも、ジェームズのブリティッシュ・ジョークも同じかもっとタチが悪いし、エルンストに至ってはジャーマン・ジョークかもわからないほどブラックさマシマシだ。


 こうなっては時に「クソ真面目で面白くもない」と揶揄される日本人ジャパニーズがなんとか調整を試みるしかない。

 無論、ジョークはナシだ。サブカルジョークは難易度が高過ぎてミリアくらいしかわからないし、肝心の彼女は今ここにはいない。


「しかし……! それでは疑いを認めたようなものではありませんか……!」


 生真面目な性格らしいクリスティーナは反発を示したが、織り込み済みだった将斗はゆっくりと言葉を続けていく。


「だとしてもですよ」


「……何か腹案がおありなのですか」


 返ってきた言葉は先ほどよりも幾分か穏やかだった。将斗の口にした「殿下」が効いたのか。

 権力をかさに着るタイプには見えないが、こちらが貴人に配慮できるだけの教養があると知れば自然と信頼感も変わってくるのだろう。


「いくつかは。ただ、殿下が「死んでも疑いを晴らしたい」とおっしゃるなら我々には止められません。ですが、そうしたところで結局未来は変わらないと思います」


 クリスティーナが息を呑んで固まった。

 将斗の言わんとするところに思い至ったのだ。


「僕も同意見ですね。あなたが一国の王族に連なるというのなら、今回の一件は個人の責任だけでは済まされない。恣意的に捻じ曲げられた情報が伝われば祖国おくにはどのような状況になり得ます?」


 さすがは英国貴族の出。敢えて言葉にして現実を突きつけるジェームズの言葉には強い説得力があった。


「王族の責任が問われ、異端審問の名のもとに無理難題を申し付けられた挙句、教会軍の侵攻を受ける……」


 残酷な事実に気付いた少女の顔は青白くなっていた。

 いかに自身が無実であろうと、仕組まれた陰謀が自分を取り巻くすべてを巻き込もうとしている。

 世界に潜む悪意を初めてまざまざと見せつけられたのだ。


「だったら備えるしかない。一日でも早く故郷に戻り対策を練るべきだ」


 ロバートがそう結論付けた。そこへ誘導したとも言える。


 ――まだ気は抜けないが仕込みはできたかな。


 ひと段落ついたと思いつつも依然ロバートは気を抜かない。


 クリスティーナを無事に送り届けたとしても、彼女の身内が国を存続させるため“罪人”を売らない保証などない。

 かといって、その可能性を口にすれば彼女はより意固地になってしまうだろう。

 それはロバートたちの望むところではなかった。


「異世界人の俺たちには他に行くアテもない。故郷までの護衛が必要なら引き受ける。身の振り方を考えるのはそれからでもいい。騒ぎも起こしてしまったしな」


 わざとらしいかと内心で思いつつ、ロバートは手を差し伸べて申し出る。


 自分たち“寄る辺のなき異邦人転移者”には、地球時代に属していた国家同様、権力の後ろ盾が必要だ。


 どれだけ圧倒的な武力があろうと、現地の仕組みを無視して裸一貫で成り上がるなど無謀でしかない。ある程度の通るべき道筋を意識しなければ、主体性を持って生き残ることなど到底不可能だ。

 そういう意味ではクリスティーナがかけられた魔女疑惑は、口には出せないがまさに“渡りに船”だった。


「モタモタしていると面倒なことになる。不審に思ったフランシスの連中が来るかもしれない」


 実際悠長にしている暇はないのだが、ここぞとばかりに逃げ場を封じておく。


 せっかく手中に収めた“ぎょく”だ。ミリアが否定したどこかの傭兵団で成り上がるプランよりずっと確度は高いと思う。


 無論、未だ希望的観測の域は出ておらず、平民も同然の自分たちがクリスティーナの故郷で歓迎されるかは未知数だ。

 しかし同時に、ここで恩を売っておけば最低限の面倒くらいは見てくれるとも踏んでいる。


 根底にあるのは打算だが、逆に言えばクリスティーナが庇護してくれる限り協力を惜しむつもりはなかった。


「わかりました。後のことは何もお約束できませんが、祖国までの護衛をお願いします。すぐに支度をしますので」


 クリスティーナは差し出された手を取る。


「決まりだな」




 その夜、「これまで聞いたことのない異音を上げて駆け抜ける何か妙なものを見た」という報告が相次いで寄せられ、動きを見せない聖剣騎士団の代わりにフランシス王国王立騎士団が出動する事態となった。

 

 さらにはしばらくの日数が経ったのち、聖剣教会騎士団のフランシス支部が魔族の夜襲に遭い、聖女候補のクリスティーナは行方不明、副支部長を含む騎士十数名が殺害されたとの報せが大陸全土を駆け巡る。

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