第17話 こうするのが一番早い


 突然の音に全員の視線が扉へ向く。


 次いで部屋に雪崩れ込んで来たのは漆黒の衣装に身を包み、頭部も目と鼻と口以外を覆い隠した五人の人影だった。

 前の三人は片膝立ちに、後ろの二人はわずかに背中を丸めて“黒い何か”をこちらへ向けてた。


「なんだ貴様らは!」

「ここが聖剣騎士団と知っての狼藉かっ!!」

「盗賊が来ていいような場所ではないわ!」


 クリスティーナを包囲しかけていた騎士の半分近くが吠え、剣を構えるや否や問答無用と斬りかかっていく。

 熟練の剣技を持った上に、元上司のクリスティーナが相手ともなればいささか気後れする。

 だが、何の関係もない邪魔者なら迷いなど一切生まれてこない。


 押し寄せる男たちを前にした黒ずくめの集団は「誰何すいかの声を投げておきながら、返事も待たずに斬りかかるのはどうなんだ?」と内心で呆れ返った。


 一方、絶対正義を信じる騎士たちにはそのような無作法をしている意識は微塵も存在しなかった。

 あるとすれば、元上司を手にかけなければいけない罪悪感から、無意識ながら逃れようとしているくらいだろうか。


「「「神罰!!」」」


 剣を振りかぶって雄叫びを上げる騎士たちはすでに勝利を疑わない。

 何やらいしゆみにも似た不格好な杖を構えていたが、仮に相手が魔法使いでも騎士団の鎧には低位魔法を打ち消す祝福が施されている。


 魔法防御力に裏打ちされたこの突進力が、竜騎士ドラグナイツには及ばずとも対魔族最前線で人類が戦えている一因なのだ。

 鎧も着ていない不心得者へ聖剣教会騎士団の名に恥じぬ戦いを見せつけられるはずだった。


 しかし――


 騎士たちの覇気に満ちた空気も揺るぎない勝利の未来げんそうも、無機質に重なり合う乾いた音がすべて破壊していった。


 最初に異変を知らせたのは、もんどりうって倒れ込んだ先頭の騎士だった。


「なんだ! なにが起こった!」


 それまで悠然と構えていたベリザリオが吼えた。


 都合五つのMP5短機関銃サブマシンガンから一斉に迸った9×19mmパラベラム弾の群れは吸い込まれるように鎧を貫き、その向こう側にある肉体へと次々に突き刺さっていた。

 当たりどころが悪く即死した騎士もいれば、致命傷を受け悶え苦しんでいる騎士もいる。

 悲鳴に苦鳴に怒号が重なり、残る騎士たちも理解できない状況にざわめき出す。


 繰り返しになるが、このフランシス王国は魔族との最前線からはほど遠い場所に位置している。

 騎士の役目も大規模な魔物の討伐でもないかぎり、市街地での小規模犯罪を相手にするくらいだ。そんな任務を念頭に機動性を重視した板金鎧プレートメイルの厚みでは拳銃弾ですら止めることができなかった。


「野蛮だねぇ……。せめて斬りかかる前に用件くらい確認したらどうなんだ」


 動けなくなった騎士たちを前に黒ずくめのひとりが口を開く。

 ひとまず場の空気を支配したと判断しての行動だった。


「おのれ、顔も晒せぬ匹夫ひっぷごときが舐めた口を……! 怯むな! 一斉にかかれ!」


 侮辱されたと思ったベリザリオが顔を朱に染めて叫び、我に返った騎士たちが覚悟を決めて動き出す。

 さすがに訓練を受けた者たちだけにその切り替えは速かった。

 飛び道具らしきものを持った相手ならば、こちらの剣を届けなければ生き延びられない。

 せめて誰かの剣が敵に一撃浴びせられさえすれば――


 その目論見は正しい。ただ、相手が悪すぎた。


「「「おおおおおおっ!!」」」


 彼らが生き残る唯一の道は降伏しかなかったが、そこまで冷静になれた者はひとりもいなかった。

 集団の熱気に衝き動かされたゆえの悲劇かもしれない。


 黒ずくめの男たちも止めはしなかった。


 ふたたび銃火が重なり、騎士たちはなす術もなく撃ち倒されていく。

 今度は轟音も混じり、ひとりの騎士の頭半分が血の霧に変わった。それを目の当たりにしたベリザリオは驚愕に目を見開く。


 ――こいつらはまさか!


 襲撃者の正体に気付いたベリザリオが声を上げようとするも、時を同じくして飛んできた流れ弾が運悪く左足を撃ち抜き、激痛に呻いた青年は床へ倒される。


「ぐぅ……! だ、誰か――」


 地を這いながらベリザリオは首と視線を動かし仲間に助けを求めようとした。

 しかし返事はおろか呻き声すら聞こえてこない。部屋に漂う重たいほどの沈黙が、すでに騎士の生き残りは自分以外にいないという現実を突きつけてくる。


「“策士策に溺れる”ってのはこういうのを言うのかねぇ」


 鼻を鳴らしながら進み出てきたひとりが目出し帽を外して素顔を見せた。


「貴様は昼間の……! 何故ここに……!」


 床に倒れながら相手を見上げたベリザリオが呻くような声を上げた。


 声はもう覚えていなかったが、その顔だけははっきりと記憶に残っていた。紛れもなく昼間に放逐し、“その手の連中”に始末させようとした召喚された者のひとりだ。


 となれば残る四人も――


「その理由は自分が一番よく知っているんじゃないか。なぁみんな?」


 金髪の男――ロバートが仲間の方を向く。


「まさかその日のうちに刺客を放ってくるとは思いもしませんでしたよ」

「イヤな目で見てくると思っていたが、殺したいほど嫌われてるなんてな」

「得体の知れない相手には極力関わらず様子を探るのがセオリーですけどね」

「おかげでやることがシンプルになった。迂遠なのは性に合わん」


 それぞれに目出し帽バラクラバを脱いで将斗、エルンスト、ジェームズにスコットが順々に言葉を漏らした。


「き、貴様ら……」


 声を上げようとしてベリザリオは足に走った痛みに顔を顰めた。

 立ち上がろうにも立ち上がれない。弾丸に脹脛の骨を砕かれていた。

 

 何よりもまずいのは、我が身を守るはずの部下をすべて倒されたことだ。

 まさかこの状況で、自分だけは見逃されると楽観的な想像ができるほど間抜けではない。


「何の目的でこのような……」


 どの顔にも見覚えはあった。

 しかし、昼に漂っていたどこか間の抜けた空気など今は微塵も感じられない。

 錯覚かもしれないが、血の匂い漂う禍々しさをそれぞれが身に纏っているようで、ベリザリオは痛み以外の寒気を覚える。


「さて。実に半日ぶりかな、騎士殿に聖女候補殿」


 軽く手を叩いてロバートは口を開いた。


 社交辞令的な笑みを浮かべながらも、ベリザリオに向けた双眸には紛れもない嫌悪感が、次いでクリスティーナに向けたそれには憐憫れんびんに近い感情があった。


「こんなことになってるんじゃないかと思って来たらまさかその通り――いや、それ以下のクソみたいな状態で涙が出そうだよ」


「ロ、ロバート殿でしたか……。なぜあなたがたがここに……」


 クリスティーナの問いはベリザリオが先ほど放ったものと同じだった。

 ロバートは少しだけ困惑したように眉を傾け、ややあってから口を開いた。


「ウチのメンバーは存外優秀でしてね。あなたの部下が上司に妙な視線を向けていると気付いていたんですよ。その上で我々の宿が襲撃されればもしやと思いましてね」


 盗聴器の話はしない。ひとつでも情報が欲しかったゆえに取った強行策だ。

 相手がベリザリオだけなら種明かしをしたかもしれないが、今はそうではない。クリスティーナにまで疑われる真似は避けておきたかった。


「ベリザリオ、あなたまさか襲わせたのですか……」


「や、やはり貴様らは魔族――」


「悪いが俺たちは人間だ。あいにくとひとりじゃ魔法も使えやしない、戦ったりするのが人様より少し得意なだけのな」


 抗弁するベリザリオの憎悪の籠った言葉を打ち消してロバートは首を振る。


「世迷い事を……。その魔女をどうするつもりだ……!」


「おいおい。罠に嵌めたとはいえ仮にも上司だろ。せめて表面上でも敬ったりできないのか?」


 化けの皮が剥がれ、聞く耳を持たないベリザリオを見下ろしながらロバートは溜め息を吐いた。


「黙れ! 神の地上代理人たる教会の崇高な意志を解さぬ野蛮人どもが!」


「あ、これはダメですね。会話が成り立たなくなってる」

「いちいち名前を出される神の身にもなってみろよ。鬱陶しい」

「酸素が足りないか血液が足りないか……」

「知性と品性では?」


 後ろで見ていた面々から呆れの声が上がった。意識してではないだろうが完全に茶化しにいっている。ロバートは軽く手を掲げて仲間を静かにさせる。


「なんとでも言ってくれ。熱心に想像を働かせているところ悪いが、俺たちはおまえみたいなヤツに殺されずに済んだ恩を返しに来ただけだ」


 そちらの話などどうでもいいと手を振る。


「このままで済むと思っているのか! 貴様らは教会を敵に回すのだぞ! それで生きていられると思うか!」


「だとしても、おまえが後のことを心配する必要はない」


 心底うんざりとした表情でロバートは無造作にHK45Tを向けた。

 それまでの結果から自身がどうなるか本能で理解したベリザリオは恐怖に双眸を見開き、傍にいたクリスティーナは思わず突き出された銃へ手を伸ばそうとする。


「待ちなさ――」


 しかしすべては遅く、ロバートは何の躊躇いもなく引き金を絞った。

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