第15話 まちぶせ


 雲間から覗いた月はすぐに流れて来た次の雲に隠され、漂う夜の闇はより一層深まっていく。

 そんな中、突如として人々の眠りを吹き飛ばすような轟音が鳴り響いた。


 しばらくすると元の静けさが周囲に戻って――いや、ひとたび打ち破られた以上、もう元には戻らない。


 遅れて慌ただしい音が周囲の建物の中に生まれ、開けられた窓から蝋燭の灯りが見え始める。

 眠りを妨げられた住人たちが何事かとにわかに騒ぎだしていた。


 一方、爆発の生じた場所からは続く音は聞こえてこない。


 舞い上がった粉塵が次第に晴れていく中、廊下の床板を静かに踏みしめ暗闇の中を進む影が浮かび上がった。


「あーあ、かわいそうに。


 暗視装置ナイトビジョンでクリアになった視界の中で、壁や床に散らばった人体の“なれの果て”を眺めがら巨漢の形をした影がつぶやいた。

 前方に向けて構えたH&K MP5A5短機関銃サブマシンガンの銃口が舐めるように左右へと動いている。


「また思ってもいないこと言って……」


 常人であれば吐き気を催す光景を見据えながら、後に続く将斗は溜め息を吐いた。

 目の前に広がる惨状は、仕掛けられたクレイモア対人地雷が己の役割に従ったために作り出された地獄だった。


「いやぁ、だってなぁ……。こんな仕事を引き受けなければ人間の形をしたまま死ねたんだろうなって。それくらいは思っちまうぞ」


 襲撃を仕掛けてきた者たちの末路はそれはそれはひどいものだった。

 荒れ狂う鉄と爆薬のクレイモア嵐を受け、今は挽肉同然となって辺りに散らばっている。


「ああそっちですか……」


 将斗の呆れ声が虚空へ消えていった。


 廊下に漂う、爆薬と鼻を刺すような臓物の臭いに顔を顰めたのが馬鹿らしくなる。こうなれば話は単純だ。さっさとこの場を離れるにかぎる。


『こちらクリューガー、屋根に出た。周囲を索敵中。騒がしくなってきたぞ、急いでくれ』


 そこでインカムにエルンストの声が入ってくる。

 外の安全を確保した彼は真っ先に屋根へ上り、狙撃兵らしくバックアップについていた。


「タウンゼント了解。敵に増援がないかだけ注意しておいてくれ」


 ジェームズが少ないながらも証拠となる荷物を纏め、端末操作を担当するミリアを守る形で部屋から出て来る。


『隠れている監視はどうしますか?』


「面倒だ、消せKill Him


 最後に出て来たロバートが鼻を鳴らすのと同時にマイクに向かって短く告げた。


『Rog.』


 通信機越しに空気の抜けるような音が二度ほど聞こえてきた。メンバーにはそれだけで何の音か理解できる。


『――排除完了。これで時間は稼げました』


よく殺ったNice Kill。こっちも残りを片付けちまおう」


 見張りが“眠り”についたと報告を受けたロバートはハンドサインを出して「先に進め」と指示を出す。それを受けた将斗たちは前衛役として廊下を進んでいく。


「…………?」


 将斗はふと違和感を覚えた。


 廊下の向こう側、もっと言えば階段の下から何かが空気を通して伝わってくる。


 怯え。殺意。混乱。緊張。


 不思議なことに、そういった人間の感情だとはっきりわかる何かが流れてくるのだ。 


 直感で理解した。これは人の気配なのだと。まだ襲撃者が何人か階下に潜んでいることまで。


『こちらクリューガー。なぁ、辺りからイヤな感じが漂ってくるんだがこれって……』


「たぶん……思っている通りかな」


 エルンストから疑問の無線が入り、ジェームズが神妙な声で答えた。

 どうやら自分だけではない。皆も同じような困惑を浮かべている。


「ここまでくるとオカルトだな。だが、疑問は後だ。今は駆け抜けるしかない」


「そうそう。細かいことを気にしなきゃ前よりずっと便利だ。よし行くぞ」


 ロバートにスコット、混乱を無理矢理封じ込めた少佐組が率先して動き始めた。

 残る者たちもその後を追う。


「ちょっと……! まさか正面から行くんですか?」


 階段へ差し掛かる前に将斗はロバートを止めた。

 振り返った指揮官殿は「何を躊躇う必要がある」とばかりだ。

 すでに長年使い慣れた暗視装置の安心感よりも頼りにしている節がある。元より自分の感覚を信じる方だから猶更なのかもしれない。


「後から襲われる可能性がある以上、敵はできるだけ減らしておく。こういう時は勢いに乗って攻める方がいい」


「さーて近接戦だな。拳銃じゃ不安だからショットガンで行こう。ミリア、出してくれ」


 流れるようにミリアに武器SPAS-12を取り出させるスコット。この男が細かいことを気にせず果断に振る舞う分、もっともタチが悪いかもしれない。


『うへぇ、お気の毒。俺なら近接戦闘で剣持たされてショットガンとなんて戦いたくないぜ……』


 無線の向こうからエルンストの渇いた笑いが聞こえる。


「どうせ金を積まれて殺しに来たような連中だ、容赦は要らん」


 ロバートが短く告げる。


「じゃあ遠慮なく!」


 


「「『「えっ?」』」」


 皆が驚く間もない。すぐに階下から野太い銃声と怒号と悲鳴が聞こえてくる。


「嘘だろあのおっさん! 何がエアコンの効いた部屋で勤務したいだよ……!」


 将斗が本音ダダ漏れで後を追いかける。

 もちろん誤射されないよう慎重に壁に沿って進む。階段を降りるとそこには襲撃者の骸が複数転がっていた。


「ハンセン少佐! いくらなんでも先行し過ぎですって!」


 周囲の安全を確保した上で将斗が遠慮がちに声をかけた。間違ってもアレに撃たれたくない。


「キリシマ中尉か。敵の残りが向こうの部屋に立てこもった。ちょうど弾切れだ」


 元々は店主の部屋だろうか。やけに頑丈そうな扉が鎮座していた。


「いやいや。どうせ雇われた人間なんですから無理に始末しなくても……」


「ミリア! 追加のオーダーだ。7.62mmのライフルを出せるか!?」


「はい、ハンセン少佐! SCAR-Hでよろしいですか!」


 スコットの勢いに当てられてしまったか。初めての実戦にミリアはノリノリで武器を取り出してくる。

 もはやふたりを止められない。


 ――そりゃあ戦術兵器以上の使用には安全装置が必要になるわこれ……。


 傍で見ているしかない将斗は会ったこともない“管理者”に少しだけ感謝した。ほんの少しだけだが。


「よろしい! おおいによろしい! 気が利くな!」


 渡されたSCAR-Hを構えたスコットは、狙いを人の胸の高さあたりに定めるとマガジンを空にする勢いでぶっ放しながら横に薙いだ。

 7.62×51mmNATO弾の破壊力で壁や木の板ごと立て篭もった敵を撃ち抜いていく。

 哀れな相手は何が起きたか理解する間もなく致命傷を受け、悲鳴を最後に沈黙させらせた。

 そのまま鍵まで吹き飛ばしてスコットは内部に突入する。


「ひとり生きているな。運がいい」


 生き残った男は、痛みと恐怖で声も出ない。

 ただただ目の前の巨漢が浮かべる笑みと突き付けられた銃口を見て、自分の運のなさを呪うしかなかった。


「依頼主の名前を言えたら殺さないでやるが……どうする?」


 この状況で「否」と言えるはずもない。


 男からすればあまりにも理不尽だった。

 宿屋の客を攫ってこいなんて依頼を受け、このような目に遭うなどと想像できるわけもない。


「た、頼まれたのは騎士団の連中だ! 不法入国者かもしれないから連れて来いって言われただけだ! 前金だってくれてやる! だから――!」


「わかった。俺たちが行ったら好きにしていい」


 どう見ても失血死は免れないのだが、懇切丁寧にそれを教えてやる義理はなかった。


 結局、朝になって通報を受けた衛兵がやって来た時、宿屋に残されていたのは身元が判別できないほどバラバラになった肉片か穴だらけの死体だけだった。


 他に生存者がいないか探したところ、店主は倉庫の中で眠りこけているのを発見された。

 睡眠薬か何かで眠らされたようで命に別条はなかった。

 これは他の客も同じで、周囲があれだけ騒いだにもかかわらず、衛兵に起こされるまで眠ったままだった。

 事情を聞くと夕食の際に他の宿泊者が皆に酒を振舞ったようだが、そこから先の記憶が皆曖昧だった。


 重要参考人として人相書きを用意して手配しようと思ったが、「ひとりは黒髪で珍しかったが、あとは商人というにはヒネた感じがあったし、冒険者というには品があったようでイマイチ特徴が掴めない」といったものでまるで参考にならなかった。


 尚、半日程度で解放された宿泊客と異なり、店主は自身の“城”とも呼ぶべき商売道具を半壊状態にされ危うく心臓が限界を迎えかけた。

 しかし、彼はなんとか一命をとりとめる。

 目立たぬ場所に置かれた革袋を発見したからだ。「迷惑料」と書かれた袋に詰まったそれなりの金貨と大量の銀貨によって、なんとか宿の再建費用は捻出できそうだと主人は胸を撫で下ろしたのだった。


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