第13話 埋伏の毒


『――――リオ様。――告があ――す。』


「お、聞こえてきた! もしかしてめっちゃいいタイミングじゃねぇの?」

「ちょっと静かに……!」


 歓声を上げたエルンストをジェームズが軽く睨んで黙らせた。

 皆が近寄ってくるので受信機のボリュームをわずかに上げる。


『例の者たちの件です。一度は危うく見失いかけましたが、その後の聞き込みでなんとか宿の特定ができました』


 宿を見張る監視班とは別に動ける人間もいるのだろう。それだけ人員も割いているため、もうベリザリオにまで報告が行っているらしい。

 あのままミリアの話チュートリアルを続けていたら重要な情報を逃すところだった。


『そうか。最初から専門の連中に頼むべきだったな。……ではすぐに金で雇える荒事慣れした者に声をかけろ。なるべく腕利きがいい』


『は? どうされるおつもりですか?』


 ベリザリオはほとんど即答で次の指示を出した。報告した側が意図を把握しかねるほどに。


『決まっている。寝込みを襲わせ捕縛させる。可能なら生かして連れて来い。難しければひとりだけでもいい。そこまで伝えておけ』


 声色ひとつ変えず、ベリザリオは淡々と強行策を口にした。

 盗み聞きしている将斗たちにも、直ちに危機はないながら緊張が生まれる。


『! しかしそれでは……。クリスティーナ様があの者たちに構うことはないとおっしゃって――』


『甘い』


 上司クリスティーナの意向を無視するのか。遠回しに非難しようとした男の言葉をベリザリオは切り捨てた。


『ガレウスの鑑定魔法がどうであれ、ヤツらは魔族が召喚したのだ。ならば魔族も同然と見ておくべきだ。それをああも簡単に逃したということは、クリスティーナ様とて何らかの形で関わっているのやもしれん』


『そんなまさか……』


 思考が追いつかない男はそう返すのが精一杯だった。

 ベリザリオはこの機会を逃さず畳みかける。


『慌てるな。あくまでも“そう誘い込まれた”など数ある可能性の話をしている。断じているわけではない』


 ベリザリオの補足に安堵の息を漏らすのが聞こえた。彼はどちらかと言えばクリスティーナ派なのだろう。


『しかし――貴様も騎士だろう。なれば教会の剣も同じ。常に最悪の状況まで想定ができんようではまだまだ未熟と言える』


 過激な意見を口にしているとベリザリオは自覚しつつ、部下が反感を抱かないよう巧妙に職業意識に訴えかけている。

 厄介な手合いだとジェームズは思った。


『されど聖女候補筆頭のクリスティーナ様が……。にわかには信じられません……』


『貴様の気持ちは私にもよくわかる。されど聖女は教会の象徴だ。それを目前に控える身ともなれば重圧に耐えかねることとてある。単に判断を誤っただけならばいい。お疲れなら本国からのご指示で休んでいただくことも必要だ』


 緩急をつけたベリザリオの言い回しが部下の判断力を徐々に奪っていく。

 あくまでも騎士当人の責任を問わないかわりに、周りの流れに身を任せるようさりげなく誘導していた。


『私はフランシス支部の副支部長だが、同時に監査役として教会本部から派遣されてもいる。それだけの権限がある。それに――』


 ベリザリオはわざとらしく言葉を切る。


『対魔族戦線は列強国が投入した竜騎士団ドラグナイツにより我ら人類が優位となった。せっかく押し上げたこの戦いを、後方から搔き乱されるわけにはいかんのだ。貴様にもわかるだろう?』


『はっ、浅慮でありました』


 踵を打ちつける音がした。納得した――いや、させられたのだろう。


『わかればいい。必要に応じて指示は出す。まずは先ほどの内容を確実に遂行しろ。下がっていい』


 しばらくして扉の閉まる音が聞こえた。


『ふっ、“監視役”として派遣されて一年ばかり、瑕疵かしもなくこのまま本物の聖女になってしまうかと危惧していたが……。私も抜けていた。そもそも傷がなければつければいいだけの話だったな』


 ベリザリオがそっと漏らした言葉がスピーカーを通し、将斗たちのいる空間にまで不穏な空気を送り届けた。

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