第12話 スパイ大作戦


「なんだ、あらたまって」


 ジェームズは問いに答えず、代わりに軽く手を振って疑問を挟んだスコットを止める。

 少し待てということらしい。


「ミリア嬢、この部屋に盗聴器の類があるかわかるかい?」


 絵に描いたようなイケメン仕草でジェームズがミリアへ微笑みかけた。


 白い歯が光った気がする。

 すでに魔法でも会得しているのか。並みの女性ならこれだけで心拍数の上昇は避けられないかもしれない。


「それらしき魔力反応はありませんので大丈夫かと。なにか聞かれたくないことがおありで?」


 ミリアは動じない。

 ジェームズは予想していたようだが、少し残念そうに首をわずかに傾けて笑みを深めた。


「……実はクリスティーナ嬢のそばにいた騎士――ベリザリオのことが気になっていまして」


 気を取り直すように表情を変えてジェームズが切り出す。


「理由は?」


 スコットよりも早くロバートが問いかけた。

 まったく予想していなかった話ではないがゆえの反応だった。


「正直に言って“勘”です」


。続けてくれ」


 先を促すロバートの目は鋭さを帯びていた。


 彼は異世界に飛ばされ神経質になっているだけだとジェームズの意見を一蹴しない。

 熟練の兵士は数々の経験と、それに基づく勘を重要視する。そのセオリーに従ったのだ。


「一連の会話から判断するに、彼ら聖剣教会騎士団はこの国の人間ではないようです」


「フランシスとかいう国だったか。明らかに見下していたな」


 スコットが引っ張り出した記憶を口にして鼻を鳴らす。

 国家の名を背負った軍人として見るなら、ベリザリオの態度は明らかに落第点だった。


「はい。同盟国でも他国にいれば外交官も同然、慎重な対応が求められるはずです」


「道理だな」


 相槌を挟むロバート。


「地球と諸々が異なっても、そこはさして変わらないと思います。そんな聖女候補の側近が上司の意向に沿わない態度をとったことが気にいりません。あれでは方々ほうぼうで外交的なリスクを抱えてしまう」


 ジェームズも頷いて同意の言葉を並べた。


「だけど、俺たちは連中がずっとドンパチ繰り広げていた魔族とやらをさっくり殺っちまったわけだろ? そんな力を見たら危機感を抱くのも当然じゃないのか」


 いまいち納得していないのかエルンストの顔には疑問が生じていた。


「それに向こうは貴族みたいですし。我々を下賤な者と侮ったからでは? そりゃあ、あそこまで悪し様に言われたら俺だっていい気分はしないですけど」


 将斗も続く。スコットも声は上げないが小さく頷いていた。

 少なくとも三人は強い身分制度が存在する世界に地球の常識は通用しないと疑念を持っているのだ。


「うん。僕にもその理屈はわかる。でも、それ以上に。あれは何か別の目的がある感じだ」


 そこまで断言されてしまうと反論すべきか迷う。

 付き合いの長さはそれほどでもないものの、誰もがジェームズの勘の鋭さにはこれまで何度か唸らされていた。


「で? 仮にそうだとして、華麗なるスパイ大尉ダブルオーセブン殿はどうするべきだと言うんだ?」


 面倒臭くなったエルンストが質問ごと思考を放り投げた。ふたたびベッドに倒れ込んで気の抜けた声を上げ始める。


「とりあえず――


「今夜?」


 答えになっていない。エルンストが首だけを動かし怪訝な表情を向ける。


「うん。彼らが僕たちに襲撃を仕掛けてくるのと、それとは別に何らかの行動に出るまで」


 皆が息を呑む。それと同時にジェームズの眼鏡が鋭く光ったように見えた。

 衝撃的な言葉だったが、彼はすでに何らかの確信を得ているのだろう。


「……そりゃまた物騒な見込みだな。タウンゼント大尉はなんでそう思った?」


 黙って話を聞いていたロバートが訊ねた。


「マッキンガー少佐も見ておられたと思いますが、ベリザリオは最後までずっと僕たちを危険視していました」


「ああ。イヤな目付きだった。治安維持作戦で顔を合わせたどこぞの国の役人を思い出す。他人の財布に手を突っ込んで来やがってとでも言いたげな目だ」


 ロバートの顔にわずかだが苦いものが宿る。思い出したくもない記憶らしい。


「おそらく彼は気に障ったものを迷わず消しにきます。放逐した後のことは聖女様も関わらないでしょうから、僕らの警戒が薄れてくる頃を狙ってくると思いました」


「フーム。妙な武器は取り上げて、数打ちの剣しか持たない“暫定人間”が相手なら、やってやれないことはないと考えるか……」


 スコットが唸る。


 客観的に分析すれば奇襲を仕掛ければ倒せると考えても不思議ではなかった。リスクが少なければ猶更のこと躊躇する理由はない。


「この世界──いや、付近の土地勘がないから万が一取り逃がしても追跡しやすいですし。それに、相手は我々が訓練を受けた軍人だとは知りませんからね」


 たしかに迷彩服など、彼らの文化からすれば蛮族以外には見えないだろう。

 そこに油断が生じるとしても、逆にそれが原因となって殺しに来るのは勘弁してほしい話だった。


「なるほどなぁ。だからあの時も名前だけ名乗るよう警告したのか」


 エルンストが感心の声を上げた。


 向こうは貴族らしく姓まで名乗っていたが、こちらは名前だけに留めておいた。この世界でも平民に姓はないようで問われもしなかった。


「ああ。こちらの出す情報ひとつで向こうの対応も変わる。それを見極めたかったのさ」


 まったくこの男は……。軍人よりもスパイをやっている方が似合いそうだ。

 本人以外が顔を見合わせて笑った。


「さて。議論もある程度済んだところで、“答え合わせ”をしてみたいと思います」


 ジェームズは慣れた手つきで携帯端末を操作していく。

 彼が召喚機能で取り出したのはひと抱えほどの機械だった。両端にはスピーカーが取り付けられている。そこで面々も装置の正体とジェームズの狙いに気付く。


「まさかそれって……」


 ジェームズが頷いた。机の上に置かれたのは盗聴用の受信機だった。


「僕もマサト君ほどのファンタジー知識はないけど、演習前にシミュレーターはかなりいじってみたクチでね? 召喚されたばかりの時点ではドッキリだと思って何があってもいいよう保管ストレージ機能を確認していたんだよ」


「あ! だからジェームズさんはあんなことを!?」


 そこでミリアが驚きの声を上げた。


「うん。ミリア嬢が僕らのHK45Tを持って行ったところで、もしかすると自分でも使えるかなってやってみてね」


「データ上の存在だった皆さんをこの世界に固定化するための最終調整段階でしたが、よくそこまで思い切ったことができましたね……。武器を取り出そうとしなかったからわたしも見過ごしていましたが……」


 そういえば……。


 将斗は今になって気が付いた。


 今はVRではあった“メニュー画面”が出てこない。つまりあそこがギリギリのタイミングだったのだろう。ジェームズの一瞬の機転による仕込みが事態を大きく変えようとしている。


「なんだよ、どういうことだよ?」


 さっぱりわからないとエルンストが視線を向けた。


「強いて言うなら“裏技”ってところかな? 武装解除の時、君の│ショットガン《SPAS-12》を一瞬だけ預かっただろう?」


「ああ」


 エルンストは頷く。そこは記憶に新しい。


「あそこでスリングに盗聴器を仕掛けておいたんだ」


「はぁ!? よくそんなことを思いついたな!」


「言っても偶然だよ。余興演習エキシビションに備えてインベントリに入れておいたものが取り出せただけだからね。使わないままでも相手にはなんだかわからないから大丈夫だと思って」


「おいおいマジかよ……。怖いくらい抜け目がないな……」


 普段は軽口を叩きにいくはずのエルンストも、今回ばかりは乾いた笑いが出るだけだった。


「ではでは皆さま? ここで現在のベリザリオ君の様子を見てみましょうか」


 ジェームズは喜々として受信機のスイッチを入れる。

 周りの誰もが「この男だけは敵に回したくない」と心の中で思っていた。


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