第11話 時はまさに世紀末


 その後も五人はミリアからこの世界の情報などのレクチャーを受けていく。


 主には常識であったり、宗教関係や社会構造など――言ってしまえば地球にいた頃、海外派兵の際に現地の情報を事前にひと通り叩き込まれるようなものだ。

 だからだろうか、五人とも特にそれを苦と思うこともなくミリアが語る知識を素早く吸収していった。


「聞けば聞くほど難儀な世界だな。……まぁ、こうして来てしまった以上、潔く諦めて生きてくしかないか」


 ある程度話を聞き終えたところで、スコットは大きく息を吐き出し、気持ちを切り替えようと宣言する。

 ともすれば、それは自分自身に言い聞かせているようにも見えた。


「今さら現実を受け入れられないと喚いて、HK45Tコイツで頭ぶち抜いて死ぬのもイヤですしねぇ」


「笑えん冗談だ」


 場を和ませようとしたのだろうが、相変わらずエルンストが口にする冗談はブラック度が高い。

 しかし、誰もが微塵も考えなかったと言えば嘘になる。他のメンバーは苦い笑いを浮かべるしかない。


「一番困るのはそれで死んだと思ったら再登場リスポーンすることですよ」


 さすがにそうなると精神の均衡を保てるか怪しくなる。


「まぁ、それは後で考えよう。死ぬ時は何してたって死ぬしな」


 ロバートの冗談に軍人たちが揃って笑う。

 今度は真っ当な笑みだった。多少は仕事中毒ワーカーホリックの気配はあるが。


「晴れて自由の身、と言えば聞こえはいいが……。国家どこかに属していないと落ち着かないもんだな」


「それよりもまずは先立つものが必要だ。あのお姫様にもらった金だって早晩尽きるぞ」


 間を延ばしていたロバートに向けて、スコットが急に現実的なことを口にした。


「ファンタジーな異世界に来てもマネーの話か。イヤになるぜ。酒くらい好きに飲ませて欲しいな」


 計算した日数にしてもあくまで宿に泊まって普通に食事をして過ごした場合で、他にかかる経費は考えられていない。たぶん交際費とか遊行費が欲しいのだ。

 接点のあったロバートは彼が酒飲みだったと思い出す。


「稼ぐにしたって考えてから動かないと面倒事になるぞ。気軽に銃は使えん」


「個人的には早々に目立たないところへ行きたいですがね。でもその情報すらない。方針を決めないまま動きたくはないな」


 ジェームズが「何か案とかない?」とミリアに視線を向けるが、そこは曖昧に微笑むだけでオペレーターは答えてくれなかった。


 チュートリアルは終わったのでフィールドに出て動き回れということらしい。RPGならクレームものだが現実なのだから仕方ない。


「しかし、身分がないと金すら稼げないのでは?」


 将斗が疑問を口にした。


 身元がはっきりしない平民に仕事など任せられないはずだ。

 これまでミリアからこの世界の説明を受けた上で、住所不定無職でもできそうなものを考える。


 ――とりあえず定番から訊いてみるか。なんかそんな世界っぽいし。


「ミリア、俺たちみたいな根無し草でもできる何でも屋みたいな仕事はあるかい? ゲームで言うところの冒険者みたいなヤツ」


「ありますよ冒険者。元軍人なら一番やりやすいかもしれませんね」


 ――これは遠回しに勧められているな。


 将斗はそう感じた。


 こういう具体的な質問をすればミリアとしても答えるのは問題ないらしい。しばらく前に流行ったチャット型のAIを思い出す。


「冒険者かぁ……」


 どうしたものかと将斗はわざとらしく悩む声を上げた。周りに判断を仰ぐ目的もあるが。


「この手の世界じゃ定番ですが、どこまでも自己責任のカタギじゃない職業なんですよねぇ。我々は銃火器が使えるだけマシなんでしょうけど。……ミリア、説明してくれないか?」


「はい。冒険者とはまさしく何でも屋みたいなもので――」


 ひと通り聞いたところでロバートたちは概要を理解した。

 どうやらこの世界では身元の保証がない限り、とてつもない幸運にでも見舞われなければ平民はまともな職には就けないらしい。

 当然だ。税を納めていなければ市民としての権利など与えられない。


「うーん、思った通り殺伐としているなぁ……」


 創作物での知識があり、またそれがこの世界でも大差ないことを確認した将斗がぼやく。

 地球ではなかったヤクザまがいの職業だが、危険な野生生物――魔物の脅威があればこうもなるのだろうか。


「そうなのか? いまいち冒険者ってヤツが理解できていないんだが」


「他には傭兵なんてどうなんだ? 俺らにはおあつらえ向きかと思うが。存在しないってことはないんだろう?」


 今度はスコットがミリアに疑問を投げた。質問のコツを掴んだらしい。


 地球でも最古の職業のひとつと言われていただけに、世界が変わっただけでそれが存在しないとは思えない。

 巨漢が口にしたのはそんな考えからだった。


「ええ。おっしゃる通りこの世界には冒険者ギルドだけでなく傭兵ギルドも存在しています」


 話題が定まるとミリアも個別の質問にはしっかりと答えてくれる。


 でもそのわりには? ここで将斗は違和感を覚えた。


「だったら――」


「ですが、新規参加、しかも五人ではギルドの規定上傭兵団を結成することは認められないでしょう。すでに結成されている団に入ることもできますが、正直それもオススメできません」


 わずかに身を乗り出したスコットを遮ってミリアが首を振った。

 五人を意図的に誘導しようとしているわけではなく、あくまでも忠告を述べておかねばならないという使命感からだった。


「なんとなく想像はつくけれど、理由を訊いてもいいかな?」


 率直なミリアの物言いが他のメンバーの反感を買わないよう、将斗はさりげなくフォローに出る。


「あ、すみません。説明不足でした」


 ミリアもまた将斗の意図に気付き、恥ずかしそうに口調をあらためる。

 人と話した経験が将斗たちだけでまるで足りていないのだろう。それが皆と共有できるだけでも意味がある。


「この世界での傭兵の位置づけは、端的に言えば“戦場の数合わせ”です。大規模な戦いの際は面倒な場所に送り込まれて潰されるだけです」


「「「Oh......」」」


 声とともに表情が引き攣った。


「そもそも彼らは略奪くらい平気でやってのけます。身内意識が強い分、新参はコキ使われますし、仮に現代兵器を使うのであれば、それらの供出は絶対に求められるでしょう。そういう嗅覚だけは優れた人種です」


「……ダメですね。文化が違い過ぎる」


「ああ。いくら文民たちの好き勝手を受けていたシビリアンコントロールの反動があるからってヒャッハーしたいわけじゃないんだ」


 傭兵を民間軍事会社PMCくらいに思っていた五人からすれば、自分たちの認識が甘いと思い知らされた形だ。

 すでに傭兵の選択肢は完全に消滅していた。


「言葉は悪いがバカに刃物を与えるようなものか。魔王ルートとやらを外れた以上、そういう変化は求めちゃいないんだよな?」


 肩を竦めてエルンストがミリアに問いかける。


「どうしてもやりたいなら、わたしには止められません。歴史を紐解けば野盗の親玉が国を興して今に至るなんて表には出せない話はあります。ですが、それも数百年も昔のこと。偏見抜きの“蛮族国家”を作って運営されたいですか?」


「……やめておこう。自分たちを安売りするのもガラじゃない」


 バカなことを言ったとエルンストは首を振った。


「ご理解いただけたようでなによりです」


 ミリアは微笑んだ。


「あと、これも忠告ですが、地球での常識はなるべく捨ててください。傭兵だけでなく、この世界で下手に出ると相手に舐めてかかられます。強い者が微笑む悪魔の世界なのです」


 それはなにか別の世紀末思想ではなかろうか。

 将斗はどうにも微妙なところで波長の合うミリアにちょっとした親近感を感じていた。


「わかったわかった、オペレーター殿の意見に従うよ。その冒険者ってヤツになればいいんだろう?」


 両手を掲げて言葉を返すロバート。

 それはまるで、まったく異なる人種を前にどう振る舞っていいかわからないようにも見えた。


「その前に少し片づけておきたいことがあるのですが」


 そこでおもむろにジェームズが手を挙げた。


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