第10話 フロンティア


「変化?」


 ジェームズからの問いに頷いたミリアは静かに語り始める。


「この世界は大きな“停滞状況”にあります」


 本来、各々の世界は――それこそ魔法という技術があっても独自に発展を続け、ある程度の文明水準までは自然に進んでいくものだという。


 ところが、“魔族”と呼ばれる存在がその流れを変えてしまった。


「実のところ、この世界は一度文明をやり直しています」


「――マジかよ、超古代文明か」


「わかりやすく言えばそうですね」


 “魔族”という名称も人類がそう呼んでいるだけで、正確には古代人の末裔である。

 元々は地球以上に進んだ科学文明が、真に才能を持つ者を開花させるため生み出した技術が魔法だった。

 この惑星の大気に含まれる“マナ”を触媒に物理現象を発生させ、時には因果律すら捻じ曲げる神の領域に踏み込む夢の技術かに思われた。


 しかし――彼らはそれを操る者が神ではないことを失念していた。


 魔法に愛された者が戯れに発動させた戦略級魔法により文明は崩壊。土地も重度の魔力と化学的な汚染により生物の住めるものではなくなり、古代人の栄華は瞬く間に風前の灯となった。


 それから数千年が過ぎ、古代人の末裔はかつての栄華など忘れ、原始農耕と魔法以外で生き延びる術はなくなっていた。

 また隆盛を極めた魔法も最早概念だけが伝わるだけの争いの道具に成り果て、本来の目的や理念も失伝していた。


 これが魔族のルーツである。


 そして彼らの支配する大陸と、人類が住む大陸との間で数百年もの争いに明け暮れるあまり、新たな技術革新が起きにくい状況になってしまっているのだ。


「まぁなんていうか……見事なまでに文明崩壊後にありそうなルートだな……」


「地球と違うのはミュータントがいないことですか」


 エルンストが笑う。

 その代わりに危険な野生生物――魔物がいるらしいが。


「大陸間で繰り返された争いにより、この星の資源は無意味に浪費されている状態です。いえ、すでに警戒すべき水準にまで近付いてきています。なるべく穏やかな形で産業革命が必要なほどに」


 深刻な表情を浮かべてミリアは語る。


「今後もし再び文明が崩壊すれば、元に戻るまで数千年の期間を要するばかりか高次文明に至ること自体が困難になります」


 石油なしに二十一世紀相当の文明レベルを達成できるだろうか?という話だな。将斗はそう解釈した。


「これでは文明が生まれた惑星の緩慢な自殺にも等しい。そこで事態の解決を図るべく、新たな管理者が派遣されました」


「それが召喚魔法に繋がるのか?」


「ええ。『強大な個の力を使い、失敗に終わった先代文明の遺物魔族を駆逐すべき』と主張したです」


 ミリアの口調から将斗たちは理解した。結局はそれも失敗したのだと。


「人類には“勇者”と呼ばれる決戦的存在の召喚技術が与えられました。“マナ”なしで生命を維持できる生物は、この世界ではマナにより身体能力が大きく向上します。先ほどみなさんが覚えられた違和感の原因がそれです」


 昼間のチンピラとの戦いで発揮された身体能力のことだと気付く。

 つまり同じように“マナ”とやらを吸収していけば強くなれるということか。


「しかし、“マナ”との親和性を最高クラスに高めた“勇者”であっても、過去に魔族の完全撃破に成功した例はありません。もちろん、一定の効果があることは証明されており、一時的な勢力図を書き換える戦果を残してはいます。言ってもそこまでですが」


 力技だけの外部要因では人類の発展はついぞ起こらなかったらしい。

 “勇者”が魔王討伐に向かっている中でも、各国の水面下における争いが止まることはなく、時間や人命、そして資源を消費するだけに終わったというのだ。

 そして、それを何度か繰り返した末、懲りずにまた今代の“勇者”召喚に至ったらしい。


「こうして統括者から新たな管理者が派遣されました。それがみなさんの“雇い主”となります」


 管理者の交代により新たな介入方法が考えられ、選ばれたのがこの五人だったというわけだ。


「……出来の悪い神話かSF小説のあらすじでも聞かされているみたいだな。だが、おかげさまで概要は把握できた。それで?」


 ロバートはミリアに続きを促そした。

 ただ、言ってからあまりにも抽象的な言い回しだと思ったのか、彼女の返事を待たず続けて口を開く。


「俺たちは剣や槍を振り回して戦う訓練は受けていない。あくまでも21世紀地球の軍隊の諸々があって真価が発揮される。それを理解した上でこの世界に連れてきたんだな?」


 ミリアから受けた説明や、実際に街を歩いてみて目にした人間の武装は剣や槍が主だった。

 魔法使いもいるらしいが、今の時点では将斗たちにその見分けはつかない。

 街中に武器を持った衛兵以外の人間が闊歩している光景には違和感を覚えないでもなかったが、それはカルチャーギャップというものだろう。


 とはいえ、彼らと同じことをやれと言われれば話は変わってくる。


 たしかに五人とも特殊部隊に選抜されるほどの能力を持っており、さらにエキシビションの“賑やかし要員”も任されている。技能だけでなく身体能力も一般兵より格段に上だ。

 また、先ほど説明を受けた“マナ”との親和性とやらで身体能力はさらに上がっているようにも感じられる。


 しかし、だからと言って剣や槍を振るうのは非効率としかいいようがない。


「はい。現状、皆さんには自動拳銃をお渡ししております。これはいわゆる初期装備であり“非常用の切り札”ではありません。今後は目的を達成するため、より高度な地球の武器・兵器を運用していただきます」


 そう言ってミリアはテーブルの上に携帯端末を置くと、五人の視線もそこへ向けられる。


「一見すると高耐久型の大型スマートフォンですが、これがみなさんの生命線となります。──“イグニッション”」


 軽くディスプレイを操作してミリアが起動ワードを口にするとプログラムが起動。

 作戦支援機能Operation Support Systemと黒抜きの背景画面に灰色で表示され、前面には青字で様々な項目が並んでいた。


 『銃火器』、『対物火器』、『車両』、『ヘリコプター』、『航空機』、『艦船』、『支援人員』、『支援物資』、『基地機能』などなど……。

 一部が明るく表示されているのを除けば大半は暗くなっている。


「これは……まさかこの端末も“召喚機能”を持っているのか……?」


 将斗は、今までに提示された断片的な情報だけで予測され得る答えを導き出した。


「マサトさんは理解が早くて助かります。さすがサブカルの国出身」


 ミリアは将斗に向けて小さく微笑んだ。

 間違いなく褒められているのだろうが、オタク認定されているようで当の本人は素直に喜べない。


「ふたりで通じ合っているところ悪いが、みんなにもわかるように説明してくれないか。不確定要素は好ましくない」


 その手の会話に疎いスコットが言葉を挟んでくる。


「……失礼しました。要するに制限や制約はあるものの、地球の各種武器・兵器を扱えると思っていただいて結構です」


「無茶苦茶だな。どう考えても個人には過ぎた力だろ。……いや、世界に変化を与えるならこれくらい必要ってことか」


 スコットが大きく息を吐き出した。もはや考えが追いつかなくなっているのだ。


「最初に妙な選択肢を突きつけられたのもそうか?」


 ロバートが問う。わずかではあるが不快感が滲んでいた。


「あれは「そういう選択肢もあった」と思っていただければ。極論を申し上げれば、あなたがたが魔王となり、人類を殲滅するシナリオも“管理者”は想定していたようです。わかりやすく言えばあれはターニングポイントでした」


 善悪もない――いや、正義なんて曖昧な表現を超越した存在か。

 言葉には出さなかったが、五人とも背中にイヤな汗が浮かび上がっていた。


「ちなみに、それはミリア嬢も使えるのかい?」


 気分が悪くなる話題を変えるべくジェームズが問いかけた。

 ミリアが限りなく人間に近いとしても、細かなところで判断が食い違えば戦術・戦略兵器の使用を躊躇わない可能性もある。「助けてくれ」と頼んで大量破壊兵器を使われては堪らない。


「各端末は所有者を登録しているため、本人以外は原則使えません。わたしもオペレーターとして使用できますが、権限は限定され戦術攻撃以上の支援項目については独断での使用は不可能です」


 万が一、彼女が暴走した場合に備えた安全装置なのだろう。


 五人もそれを神経質とは思わなかった。

 戦いは人を容易に変えてしまう。こちらをサポートするためにミリアへ感情が与えられている以上、今後の出来事が彼女の精神に影響を与える可能性もゼロではない。


「あくまで俺たちが考えて使えってことか」


 将斗は納得したようにつぶやく。他のメンバーも差はあれど似た表情となっていた。


「そうなりますね。……さて、話を戻します」


「新たな“管理者”が導き出した結論は、『国家規模ではなく特殊技能を持つ個人に限定し内側から変革を図る』でした。あまり長々と話すのも疲れますので結論だけ言います。みなさんは本端末の機能を駆使し、世界に何らかの変化をもたらしてください」


「待った。答えを出す前にひとつ訊いておきたい。なぜ俺たちなんだ? あのVR演習に参加する者は数万人いたはずだ」


 新たに生まれた疑問をもってロバートは核心に迫る。


 自分たちが選ばれた理由を知っておかねば相手の要望通りに動くこともできない。

 今後にも直接かかわってくることだ。これだけは先に聞いておきたかった。


「これまで勇者が何も果たせなかったように、個人の武勇だけで世界はどうにもなりません」


「地球でもそうだな」


「そう。経験や知識といった最低限の裏付けがあって初めて戦いの土俵に立てます。高等教育を受け、戦闘力および特殊技能に優れた人間。我々が必要とする存在こそが、あなたがた五人だったのです」


 特殊な例では国家規模で転移させることもあるようだ。

 しかし、転送元となる世界に与える影響が大きすぎるため、天災で滅亡が定まっているといったケースでもない限り“統括者”からの許可が下りないのだという。

 それゆえ状況的に行方不明として片付けられる個人の転移が主流になっているらしい。


「オーケー。これ以上細かいことを聞いても仕方ない。そこまでうちのチームを買ってくれてるんじゃ、ご期待添えるようにするしかないな」


 ロバートはひと区切りがついたと小さく頷き、周りを見渡す。

 他の四人もそれぞれの反応で同意を示した。


 未知の世界への漠然とした不安は依然として存在する。

 だが、悩んでも意味がない。それどころかまだ始まってもいないのだ。


 元の世界への未練は当然ある。

 それでも、地球人の誰も知らない世界フロンティアに心が躍らないほど、人間としての好奇心は失っていなかった。




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