第9話 理由
「……ところで
将斗の姿を見て幾分か冷静さを取り戻したロバートがミリアに問いかけた。
彼はサブカル日本人のように、“もうひとりの自分”にまで想像が追いついていなかった。
「地球の皆さんでしたら、今頃VR演習の
ミリアは淡々と告げたつもりだったが、声と表情には隠しきれない心苦しさが滲んでいた。
“オペレーター”と名乗っていたこともあり、彼女の意思で自分たちを選んでいないのかもしれない。
「なるほどな……。それどころじゃなくて言及してこなかったが、だから演習前にいじったアバターのままこの世界にいるのか……」
スコットが自分の両手両腕を見ながら困惑混じりに笑った。
将斗たちはVRでの余興を行うため、姿を実際とは異なるもの――二十歳くらいまで若くしているのだ。
まさしく技術実証および非公式の余興としてのみ許されたことだが、「豊富な経験を持ちながら最高のパフォーマンスを発揮できる若さの特殊部隊がいたらどのような動きをするのか」をシミュレートするために五人は選抜されていた。
誰がどう考えても「ぼくのかんがえたさいきょうのとくしゅぶたい」である。
本来であれば多国籍軍相手の
いや、“本物”は本物で無事に演習を終わらせたらしいが。どうにも頭が混乱する。
それでも……と将斗は考える。
おそらくミリアの背後にいる存在はあの瞬間を狙っていたに違いない。
「自分でもあるし自分じゃないとも言えそうな状況か。哲学は好きじゃないんですがね……」
エルンストはベッドに身体を倒して声を上げた。こちらは周りに判断を委ねるといった様子だ。やけっぱちになっていないだけマシだと将斗は思った。
建付けの悪い窓が風を受けガタガタと揺れた。
「マッキンガー少佐」
ジェームズが声を上げた。
「なんだ、タウンゼント大尉」
「先に申し上げておきますが、私はこの世界で生きていくつもりです。向こうのことは向こうの自分に任せるしかなさそうですから」
一瞬だけ将斗を見たジェームズは立ち上がるとそう宣言した。どうやら彼も同じ考えに至ったらしい。
「……わかった。どうやらやけっぱちになりそうなヤツはいないようだな」
気を持ち直したロバートが大きく息を吐き出した。
「不本意だがこうなったら仕方ない。第二の人生とやらを歩いてみるかぁ……」
いつしか彼が進行役として振舞っているが、同階級のスコットは何も言わず完全に役目を委ねている。
自分よりもずっと適任だと判断したのだ。あるいは面倒だから丸投げしたのかもしれないが。
「仲間が取り乱してすまなかった、ミリア嬢」
「いえ……。わたしは人間ではありませんが、皆様の気持ちを察することくらいはできますので……」
ミリアは申し訳なさそうな表情を浮かべるしかない。彼女はあくまでオペレーターとして派遣されたに過ぎないのだ。
「そんな顔をするな。美人が台無しだ」
ロバートが困ったように声をかけた。
べつに美人だからと
彼女がたとえ人間ではないとしても、こうした反応を見せられれば毒気は失せる。
もっと言えば彼女自身が責任者ではないのだ。責めたところで何も解決しない。
「……さて、話を続けよう。俺たちが“君ら”に呼ばれたところまではいい」
――あまり良くないけどな。
奇しくも皆そう思っていたが、そこに言及すると話が進まないのでひとまず強引に自分を納得させた。
「だが、詳しい説明を何も受けていない。それはこの世界の情報も含めてだ」
「だな。少しでいいから、説明してくれないか。これからのプランが組立てられない」
ロバート、そして彼の言葉を補足する形でスコットが続けた。
残る将斗にエルンスト、ジェームズから反対の声は上がらない。
軍人としての経歴に文句はなく、階級も彼らが上だ。まさしく一蓮托生の身となった以上、地球時代の国家・人種といった習慣を持ち込む愚を無意識に避けていた。
これからはひとつのチームで事に当たらねばならないのだ。
「承知しました。では、まずこの世界について述べていきます。全体的な文明レベルは地球の時代区分に換算すると中世中期――大航海時代の手前あたりです。ただ、歴史で学んだ知識は参考にならないと思ってください」
やっぱり時代劇時代か。将斗はそう思った。
「大きく異なるんだな?」
「はい。特筆すべき技術としては地球では空想とされている“魔法”が存在します」
“魔法”という言葉を受け、五人の顔にバラバラの感情が宿る。
将斗には「やっぱりあるんだな、魔法。そもそも召喚魔法で転移してきたんだっけか」というサブカルチャーに慣れ親しんだ日本人的な納得が含まれていたし、エルンストは「もしかしてドラゴンとかいるのか? どんな戦いができるんだ?」と物騒な期待をするもの。
また、ロバートとスコットは「未確認の生物や軍団と戦う上での対策を考えなければならない」という指揮官の視点から、一方のジェームズは「自分も魔法使えたりしないかな……」と
「科学的観点から見れば不可思議な魔法技術により、一部においては二十一世紀の地球さえも上回っている部分があります」
「その技術ってのは?」
手を上げたエルンストが問いかける。純粋な興味からのものだった。
「……浄化魔法石によるトイレです」
すこしだけ頬を赤らめたミリアが答えるのを見て、「なぜ最初にトイレに触れた……?」と五人は内心で同じ突っ込みを入れていた。
「外を歩いていてやけに清潔だと思いませんでしたか?」
「そういえば……」
「この宿のトイレにも設置されていますが、最悪水がなくても浄化槽に流れ込んだ排泄物を肥料として再利用可能な沈殿物に分解することが可能です。ここ百年ほどで最大の発明ですね。その他にも冒険者や傭兵の登録における個人認証機能などがあります」
どうにも理解が追い付かない。
しかし、衛生状況が思った以上にマシとわかったことは大きい。
外を歩けば窓から汚物をブチ撒けられたり、歩くにしても足元に注意しなければいけない上にそこら辺から異臭が漂うのでは堪らない。
いくら各員が過酷な訓練や実際に特殊作戦へ従事した経験があるとは言っても、そこは御免被りたかった。
耐性があるのと、何とも思わないでいられるのはまた別問題なのだ。
「そして、魔法を戦闘に行使することで、部分的には銃火器から砲弾クラスの攻撃力を個人が有することになります。各魔法には属性があり――」
そこからミリアが説明した内容は、おおむね地球の
地・水・火・風と錬金術の範疇であった
そして、その副産物とでもいうべきかマナと呼ばれる元素により、生物も影響を多分に受けているという情報も得られた。
「それで? その魔法というのは、誰にでも使えるものなのか?」
不意にスコットが問う。
その目つきは、魔法の対抗手段を今の内から想定しようとする軍人のものとなっていた。
将斗やエルンスト、ジェームズはそれほどでもないが、ロバートとスコットは米軍として紛争地帯にてテロリスト相手の戦闘経験を多く積んでいる。
ちょっとした武装でも脅威となり得るテロリストの恐ろしさを熟知していたため、武器を持っていないように見える戦闘員の存在には敏感になってしまうのだ。
「いえ、あくまでも人間の場合ですが、魔法の行使には適性が必要となります。一般的な魔法でも数十人にひとり、軍の戦力として数えられる攻撃魔法を行使できる存在ともなればさらに数百人にひとりくらいまで絞られますね」
「いいところ本当に脅威なのは千人に一人か。農業革命で人口爆発を経ていない世界なら相当に希少な存在だな」
「戦術兵器クラスの魔法もありますが、高位魔法使いが数人がかりで、しかも相当な時間をかけて発動させなければいけないため、これは各国の切り札となっています。年に数回くらいしか使えませんし使い勝手も悪いです」
用意している間に状況が変わりかねない。弾道ミサイルの照準のようにはいかないだろう。
「なるほど。それだけ大掛かりなら会戦を避ければ大丈夫そうだな。どう思うハンセン少佐?」
「侮るべきではないが、過度に不安がるものでもないな。一部大口径の銃や無反動砲を持った兵士がいるくらいの感覚か」
ロバートとスコットの言葉は、外部から来た者だからこそ瞬時に見抜けた部分だった。
行使できれば有用だが、誰でも使える汎用性のない攻撃手段など不確実に過ぎる。
「おふたりの感想はまさにその通りです」
「と言うと?」
「実際、各国でもそうした認識は持っており、なんとか新技術を編み出せないかと日夜研究を繰り返しています」
「その感じだと上手くいってないのか」
「ええ。彼らの努力も空しく、一般兵士の攻撃力向上を目的とした魔道具は未だに実用化されてはおりません。だからこそ魔力量の多い
魔物から取れる魔石に攻撃魔法の発動キーを刻み込むことで、一定の魔力を持ちながら魔法が行使できない兵士を有効活用しようと目論む国もあるらしい。
だが、術者個々の魔力で発動する魔法は再現性に乏しく、試作品では戦場のような精神状態が乱高下する環境でないにもかかわらず、発動率は5%を切る有り様だという。
ちなみに、例の浄化魔法石だけはなぜかきっちりと100%の役目を果たすらしく、この研究の副産物にして予想外の大発明といえた。
「となると余計にわからないな。魔法なんてモノがあるなら、なおさら僕たちになにをさせたいんだ?」
ジェームズが率直にして核心を突いた疑問を挟んだ。
「そうですね……」
ミリアは少しだけ逡巡する素振りを見せてからゆっくりと口を開く。
「わたしの主人――みなさんにとっての“雇い主”は、世界に“新たな変化”をもたらすことを望んでおります」
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